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第2話

気が付けば足音は止まっていて、すぐ傍に獣の気配がある。 今、()られるか、もう来るかと目をつぶったまま覚悟を決めているのに、いつまでたっても一撃は振り下ろされない。 もしかすると里の子が慌てて、鹿かカモシカを見間違えたのか? 佐助は倒れたまま、腫れて重い瞼を持ち上げた。 これは……なんという美しさじゃ…… 目の前に立っていたのは、やはり……狼? だが、佐助が今までに見たどんな狼とも違う。 きらきらと光りをまぶしたようなしろがね色の豊かな毛皮を(まと)い、熊のように大きい。狼の王といった圧倒的な存在感を放ちながら、黄金色(こがねいろ)に輝く両目でひたとこちらを見据えている。 ……神様? 今まで一度も神の存在など感じたことなど無いのに、そんな風に思ってしまうほどその獣は神々しく見えた。 あ……この神様はえらく綺麗だけど、ちょっとだけおらと似てらっさるね…… 里の人を気味悪がらせてきた自身の榛色(はしばみいろ)の瞳と真っ白の髪を思い浮かべる。 大きな獣が、つと前足を上げ、こちらを見据えたまま一歩二歩と近づいてきた。やっぱり喰われるのだと思ったが不思議と怖くは無かった。むしろその美しい姿をもっとよく見たくて、体の痛みも忘れて身を起こした。 獣は目と鼻の先までやって来て歩みを止め、小さな佐助をじっと見下ろしている。 ……やっぱり綺麗じゃ…… しろがね色の毛がふさふさと長く、風に緩やかにたなびいているが、ピンと立った耳や長い鼻、その顔つきはやはり狼に似ている。 死の瀬戸際になると却って怖さが麻痺してしまうものなのか。 恐怖よりも、どうしてもふかふかした毛に触れてみたいという欲求が勝り、佐助はゆっくりと獣の方へ手を伸ばした。 噛みつかれるか? だが獣は唸り声をあげることもなく悠然と立っている。 そっと首周りの毛に触れると、想像通りそれは柔らかく滑らかで、きっと絹というのはこんな手触りなのではないかと想像する。 ふふ、おまけにあったかい。こんな美しい獣になら喰われてもいい。 でもその前に一度だけ。 思い切って両手を伸ばして獣にそっと抱きついて、柔らかい毛に顔を埋めた。 あ、なんだか懐かしい匂い… 獣の口が近づいてきて、ゆっくり開かれるのを横目に見た。尖った歯の間から赤く長い舌が覗き、べろりと佐助の頬に触れた。 せっかくなら、おらが美味いといいね。 そこでぶつりと佐助の意識は途切れた。 ※しろがね色……銀色・シルバー

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