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第3話

「ん……んー」 ギシギシと軋む体で寝返りを打って、佐助は自分がいつもの小屋の(むしろ)の上で寝ていることに気が付いた。 あれ? おらはあの美しい獣に喰われたんではなかったのか? それともあれは……夢? だが両の手は触れたふさふさとした毛並みの感触をはっきり覚えているし、自分の体のいたるところに残る痣や傷、熱を持って腫れあがっている瞼と唇が、あれが現実だったと教えている。 だが、自分で小屋まで帰って来た記憶が無い。ここまで怪我をしているのなら山を登って来るのも一苦労だったろうに。 殴られるうちに気でも失って、夢を見て……? 混乱しているうちに、ガタガタと音を立て建付けの悪い戸が引かれ老婆が入って来た。そこで初めて、佐助はもう随分と陽が高いことに気が付いた。 「婆様!寝坊してごめん!今から水汲み行ってくるよ」 ちらと佐助を見やった老婆は首を振る。 「そんな怪我じゃ、きつかろ。今日はええ」 ぶっきらぼうな口の利き方だが、決して老婆が冷たい人ではないと佐助は知っている。 「ねえ、婆様。おら夕べどうして帰って来た?どういうわけかさっぱり覚えとらんのよ。あ!おら背負子(しょいこ)はどうした?沢山、茸やら木の実やら入っとったのに」 でも里の子達に遭遇してすぐに背負っていた籠はどこかへ行ってしまったことを思い出した。中身共々、無事なわけはないだろう。 がっかりして肩を落とすと、老婆が意外なことを言った。 「お前が怪我して倒れとるのを通りがかりの人が見つけて、ここまで運んでくれたんじゃ。背負子も一緒にな」 え……信じられない。 「里の人が?」 「いんや、違う」 そうだろうな。里の人がそんなことしてくれる筈がない。じゃあ、誰が? こんな鬱蒼と木々が生い茂り獣道しかないような山を通りがかる旅人など、滅多にいない。それに、どうやってここがおらの家だって分かったのだ? だがそう言われてみれば、誰かに横抱きにされてゆらゆら揺れていたような感覚が体に残っている気がする。 「どんな人だった?まだ近くにいらさるならお礼を言わんと」 だがそこから老婆は口を噤み、何も話してはくれなくなった。 これもいつものことなので、佐助はその先の答えをさっさと諦めた。 老婆は自分が話すと決めたことしか口にしない。いくら佐助が聞きたいと強請ねだってもそれが揺らいだり変わることはない。 どなたか知らんが、お世話かけやした。おらを抱いてこんな山奥まで登って来るの大変だったじゃろ。しかも、こんな気味悪い上に血だらけになっとる小僧を。 佐助は心の内で礼を言った。奇特な方もおられるものだなぁと思いながら。

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