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第6話<鬼婆>
佐助と婆様の住む粗末な小屋は山の奥深くに建っている。
普段は里の人が分け入る事も無く、ふもとからここまで上がって来るための道も無いようなところだ。年に何度か山では手に入らないものを里へ仕入れに行くときにだけ、獣道を辿っていく。
幼い頃、佐助は婆様になんでこんなに山深くに暮らしているのかと、尋ねたことがある。勿論佐助が居る今は、佐助のために里から離れているのかも知れないが、その前から婆様は一人でここで暮らしていたという。たった一人で寂しくはなかったのだろうか。
その問いに婆様は奇妙な笑みを浮かべて答えた。
「わしは鬼じゃからの。人と鬼は一緒には暮らせん」
「鬼?鬼ってなんじゃ?婆様と里の人はどこが違う?」
「くくっ、鬼はな、人に災いをもたらし苦しめ、時にはばりばりとその頭から喰らうのじゃ」
目を見開き絶句する佐助だったが、そこではたと気付く。
「おらも鬼か?だから、こんなに里の人と見かけが違うんか?そんで、みんな怖がって退治しようとするんか?……んん?じゃが、婆様は皆と同じじゃなあ……」
「くくくっ、わしは上手く化けておるのじゃ。本当はここに二本、角が生えておるんじゃが、人からは見えんように化けておる」
そう言って自分の額を指す。
「佐助、お前は鬼ではのうて人じゃ。ほれ、ここに角などなかろ?」
今度は佐助の額をかさついた指で撫でる。
佐助は自分でもそこを何度も触って、角が無い事を確かめた。
「んん?じゃあ婆様は鬼なのに人のおらの世話をしながら一緒に暮らしとるのか?おかしくないね?」
「くくく、お前はまだ小さく痩せておるからの、大きく育ったらいただこうかの」
とんでもないことを言うその時の婆様の目も、佐助の白い髪を撫でる手つきもとても優しかったので、佐助は自分がからかわれたのだと思い、安心した。
「でも……本当におらは人か?なんでおらは皆と違ってこんなに醜い?鬼でないなら物の怪なんではないか?」
「顔が細いもんもおれば丸いもんもおる。背 の高いもんもおれば低いもんもおろうが。お前はただ色が変わっとるだけじゃ。皮の下には皆と同じ赤い血が流れとろうが」
「それは、他の獣でも赤い血が流れとるじゃろ?」
「お前が誰より人らしい心を持っとることは、鬼であるわしにはようわかる」
え?やっぱり婆様は鬼なのか?
混乱する佐助に、婆様は薄く笑ってそこから先は口を閉ざした。
そんな話をしたことも忘れかけていたころ。
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