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言い訳*性描写

「っふ、ぅ……ッん……」  赤く腫れたペニスを右手で握り締め、激しく扱き上げる。先端から溢れ続ける先走りを亀頭に塗り込め、つるりとした表面を硬い掌で擦る。どくどくと熱い衝動が込み上げ、色の薄くなった精液をびゅ、びゅ、と不規則に吐き出した。 「はぁ、あ……」  ベッドの上に汗ばんだ身体を横たえながら、射精したというのにいまだ重たい下腹にフリードは辟易して息を吐いた。かび臭いシーツに横顔を擦り付けると、自らの唾液で冷たく濡れている。  もはや何度達したかわからない。ツチラトと激しく交わって一度は引きかけた衝動は、波のように断続的に襲ってくる。その度に自身を慰めては熱を鎮めるが、一度落ち着いたかと思えば時間を置いて身体を苛む。  終わりのない苦痛だった。今までの発情期は、抑制剤を用いていたから症状は抑えることができた。薬がないと、こんなにも苦しいものなのかと知る。  気が狂いそうになる。擦って射精すること以外には何も考えられない。要塞のことも、王都から駆けてくるだろう兄のことも頭になくて、時間が許す限り、頭が馬鹿になってしまったみたいにずっと自慰を繰り返している。  気づけば一夜が明けて朝になっていたのだった。服を着ず自慰をしたまま意識を失うように眠り、覚醒すると下腹の疼きに襲われて再び絶頂を求める。そういえば夜の召集は、と判然としない頭で思い出したのはクセルが今朝方に様子を見に来た時だった。体調が悪いとか、理由をつけて取り繕ってくれたらしかった。 「う、――っ」  びくびくと腰が震え、何度目かわからない絶頂を迎える。もはや吐き出すものがなくなったペニスが、ぬめった手の中で揺れた。  ガーランドの領地では薬が手に入らない。ここにいる限りは、永久にこの苦痛に苛まれなければならないのかと思うと、こればっかりは故郷に帰りたくなる。   「ん、……」  柔らかくなったものを惰性で弄っていると、とろりと眠気が襲ってくる。昨夜から、自慰をするか惰眠を貪るか――自分でも呆れるが、欲求に抗うことはできなかった。まさに獣になったようだった。  わずかに残る理性で、どろどろに汚れた下肢を拭う。でないと目覚めた時に大変なことになるのだと、すでに身をもって学んだ。  掛布の中にくるまりながら、白昼夢のように、眠っているのか覚醒しているのかわからない、ふわふわとした浮遊感の中を揺蕩っていると、不意に扉が叩かれる音で重い瞼を上げることになった。 「う……」  不遜な元部下の男ならば、ノックなどせずにずかずかと踏み込んでくる。フリードは訪問者を無視し、薄い掛布を頭から被ってもう一度瞼を閉じた。  コンコン、と再度。軽やかな音がぼんやりとする頭の中で大きく鳴り響く。 「フリード」  何て律儀な男だ、と意識を漂わせながら思った。部屋主、いやフリードの私室である訳ではないが、主の許可がなければ勝手に立ち入らない。常識を弁えている。 「起きているか?」 「……あー」  ロトの問いかけに、曖昧な音を出して答えた。生真面目な男の声に、じわじわと意識が冴えてくる。それと同時に、目覚めて欲しくない感覚まで頭をもたげ始める。 「フリード、入るぞ」 「ああ……いや、駄目だ、来るな」  咄嗟に出した制止の声は酷く掠れて熱を持っていた。掛布を被った狭い空間の中で、悪寒にしてはむず痒い震えを腕で押さえつけ、身体を丸める。 「きっと後悔するぞ」 「何だって?」 「……話があるなら、そこで」 「まだ調子が戻らないのか? 衛生兵を呼ぶぞ」 「心配どうも。だが、いらん。そこまでじゃない」 「そうか。昨夜飛ばした斥候が戻ってきた。コールマンの旗を掲げた軍勢が南下している。予想より早い。今日の夜には接近するだろう」 「そうか。適当に、追い返しときゃいい」 「会議を召集するからお前にも来て欲しいんだ」 「俺抜きでやってくれ。問題ない、どうせこの要塞は落ちないだろ」 「馬鹿なこと言うな。俺たちは落としたんだ」  ギギ、と鈍い扉の音が鳴り、人間の息遣いが聞こえるようになる。部屋主が許可を出してもいないのに、勘弁してくれ、とフリードは熱に浮かれ始めた頭の中で、こちらの事情を知らない男につい悪態を吐きたくなった。 「声の調子で大丈夫かと思ったんだが、起き上がれないほど悪いのか? 持病でもあるのか」 「そんなもん、ない……頼むから」  来るな、と湿り気のある息を吐く。質の悪い微熱が脳を犯している。  部屋に踏み入られた時点で、気づかれているのではないかと思う。昨日から、起きている間は体力が尽きて睡魔に襲われるまで絶えず自慰に耽っていた訳だから。フリード自身はもう嗅覚が鈍ってしまってわからないが、同じ男であれば察することのできる匂いが部屋に充満しているのではないかと、近づく足音を聞きながら不安になる。 「顔くらい見せろ。ふざけている訳じゃないんだろう」 「……ああ、もう」  敷布を被った身体に手をかけられて、全身の産毛がぶわりと逆立った。がば、と自ら布を剥ぎ取ると一瞬だが相手の丸くなった目が見えた。  驚く相手の腕を掴み、自分の身体が横たわっていた場所に引き倒す。細身の身体に跨がりその肩をシーツへ押し付けると、ロトは呆然とフリードを見上げていた。 「何だ……これは?」 「後悔するって言っただろうが」 「……人狼の発情期か?」  そうだよ、肯定した声は自分で思うより低く、湿っていて、巣に入り込んだ獲物を狙う獣だった。乾いた唇を濡らし、きょとんと見上げてくる男の視線に金色を絡める。  一糸纏わぬ姿だったが、生憎恥じらい戸惑うような繊細な精神は持ち合わせていない。発情を証明するように勃起を兆す下肢が相手の眼前に晒されていようが、発情期なのだから仕方がない。当然のことだ。 「初めて見るな。もしかして俺は今、危険な状況にいるか?」 「やっとわかったか? 犯されたくなきゃ、出てってくれ」  脅かすつもりで押し倒した。もちろん犯すつもりはない。だがこれ以上側にいられると、何をしでかすか自分でもわからない。発情が始まった頃よりも身体は楽に動かせるようになっている。  飢えた獣のような浅い呼吸を故意に殺しながら、フリードは違和感に気づく。その違和感は、平然としているロトの様子にあった。眉を顰め、フリードを見上げている。  クセルも、ツチラトも、人狼の発するフェロモンに抗えなかった。強制的に情欲を煽られ、身体に変化が表れる。ツチラトは、嫌だ、ありえない、と顔を赤くし涙目で繰り返しながら、その身体は従順に欲情を示していた。 「それはいつ治まるんだ?」 「さあ……そろそろ終わるんじゃねえか」 「自分でわからないのか」 「わかんねえよ。だいたいは三日程だが、長引く時もある。今はだいぶマシにはなったが……とにかく、発情期が完全に終わるまでは俺の側に寄るな」 「……わかった。今は立ち去るが、今後の動きについてお前を交えて決めねばならん」  腰を上げようとして、接近する他人の気配に獣の聴覚が勘づいた。ばたばたと駆ける音がして、振り向くと開け放たれたままの戸口に人が立っている。肩で息をしながらこちらを見て、顔を硬直させて青い目の縁をいっぱいに見開く。 「なっ……何、してる……!?」  フリードの下敷きになっているロトが、ツチラト、と名前を呼んだ。 「お前っ、ロトにまで手を出す気か!」 「何だ、お前はフリードの発情のことを知っていたのか、ツチラト」  青年が顔を強張らせて閉口する。 「お前は何しに来たんだよ」 「俺は……いや、その前にロトの上からどけ」  指図されなくても解放するつもりだったのだ、フリードは細い身体の上から退いてシーツの上で胡座を掻いた。入り口に佇んだままのツチラトの視線を感じ、なぜか腰がむず痒くなる。押さえつけるもののなくなったロトが、ベッドから足を下ろした。 「見境なく人を……!」 「おい……、少し脅かしただけだ」 「お前の言葉なんか信じるか」 「違う、ツチラト。俺が悪いんだ。勝手に部屋に入った」  ロトの諌めで、ツチラトは口を閉じる。だが引き結んだ唇はへの字に曲がり、戸口からは動こうとしない。やけに緊張しているように見えて、自分を警戒しているのだと察した。何せクセルに引かれフリードの身体の上に突き飛ばされたツチラトは、すでに人狼の発情に当てられていた。近づこうとしない理由はわかる。 「よくそいつの隣に座ってられますね」 「どういうことだ?」 「どういうって……何も感じないんですか」  訝しみ一重を細めるロトに、呼吸を整えたらしいツチラトが顔を顰める。 「参謀が様子を見に行ったって聞いて、俺慌てて追いかけて……」 「いつ知ったんだ? フリードの発情のこと」 「……それは」  言葉を詰まらせるツチラトの様子にロトは瞬時に悟ったらしく、膝に置いた掌を青年へ向けて広げ、躊躇いなど欠片も見せずに問う。 「寝たのか? フリードと」 「……は、はあ!? ありえない、馬鹿なこと言わないでください」 「ああ、寝たぞ」  明らかな挙動不審。ロトの目と勘を誤魔化すことなどできないだろう。フリードが堂々と言ってのけた瞬間、視線で射殺さんばかりにツチラトが睨みつけてくるが、すぐに視線を落とす。 「不可抗力だ……あの胡散臭い……クセルとかいう男が、無理矢理」 「ツチラト、責めてる訳じゃない」 「そうだ、人狼のフェロモンか何かのせいで……すごく頭がくらくらして、そしたらあの男に無理矢理突き飛ばされて……」 「おいおい、一体何の言い訳だ。人の上で気持ち良さそうに腰振っておいて」 「好きで抱いた訳じゃない! お前が煽らなければ、あんなことには」 「人のせいにするのか。確かに突っ込んでくれって言ったかもしれねえが、それに従ったのはお前の意思だろうが」 「意思なもんか! 誰が好き好んで嫌いな奴の尻を」 「嫌いな奴の尻に二回もぶちまけた」 「ふたりとも、不毛な争いだ」  恥じらいもなく重ねられる明け透けな言葉の応酬にロトは耐えきれなかった。 「ツチラト、不運な事故だったと思えばいい。そして忘れろ。二度目はないだろう」 「もちろんですよ。この男が近づいてこない限りは、絶対」 「俺だってところ構わず盛ってる訳じゃない」  人を細菌か何かだと思っているのではないだろうか、このガキは。抑制剤さえあれば、フェロモンも症状も抑えることができるのだ。発情期を薬なしで過ごす人狼など、ただの馬鹿だ。  掛布を引き寄せ、重たい頭を掻く。中途半端な身体の状態で、不毛な言い合いを続けるつもりはない。 「とりあえずふたりとも出て行ってくれるか。また、間違いが起きる前に」 「そうだな……少しでも落ち着いたら、来てくれ。猶予はない。兵はいつでも出撃できるよう整えておく」 「わかった。……ところで、何故あんたは影響を受けない?」  側にいながらもまったくの平静を保つロトは、フリードの問いに腕を組んで眉を寄せる。 「普通は、発情期の人狼と一緒にいたら、影響を受ける筈だ。さっきまで喚き立ててたそこのガキみたいに」  青年を一瞥すれば、戸口の横の壁に背を預けたまま、不愉快極まりないと示すように口角を下げて顔を顰めているが、反論を返すことはしなかった。 「だがあんたは何も変わらないな。問題が起きることはないから好都合には違いねえが……単に不思議で訊いてる」 「ああ、多分それは、俺の身体の機能に要因がある」 「どういうことだ?」  ロトが口を開く前に、重い金属が駆ける音が近づいて、戸口に目を向ける。ツチラトが身を翻すと兵士がひとり、立ち止まって肩で息をしていた。 「ご報告です。ターイン・コールマンから……使いの兵が来ました」  ツチラトが厳しい顔つきで振り返る。フリードは顔を伏せ、長い息を吐いた。ベッドから這い出る時が来てしまったようだった。

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