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道満丸様をお守りし生きるのが天命
次は額を敷布に擦り付けながら首を横に振った
「母上」
お華の方の背後から甲高い声がして嫡子の道満丸が走り込んできた。
「この者は?」
「御中城様の御側室、お次の方ですよ」
「おつぐ・・・の、かた?」
道満丸は頭を傾げた。幼子には次が、おなごなのか男なのか見分けがつかなかったのだ。お華の方に腹のややに障るからと言われ顔を上げると道満丸が興味深そうに次の顔を覗き込んできた。目が合いしばしの間互いに見詰め合う二人。
この時道満丸は数え年で八つ。次は十四であった。この十年後、次は、西堂と名を変え落ち延びた道満丸の子を身籠る事になろうとは誰が予想しただろうか。
次は、そののちお華の方の侍女に召し抱えられ、景虎の側室としても寵愛を一身に受けるようになった。
下旬になっても景勝軍、景虎軍双方はにらみ合いを続けていた。四月に入り、景虎の兄である北条氏政が動いた。上州上田城に向け進軍を始めたのだった。
景虎は、広間にお華の方や次、道満丸を呼び出すと驚くべき事を口にした。
「道満丸に身代わりを立てる。次と共に上田城に落ち延びよ。次が景勝殿の側室であることは城の外にはもれていない。兄には身籠ったわしの側室を頼むと言ってあるから安心しろ。次、手込めにしてすまなかった」
殿の優しさに触れ次は大粒の涙を流した。
「道満丸を頼みます」
次の肩を抱き寄せたお華の方もまた泣いていた。これが今生の別れになると悟っていたのだ。そしてその日の夜以降、二の曲輪で次の姿を見た者は誰もいなかった。
闇に紛れ、次は道満丸の手を握り、お藤ら近習に守られながら雪深い山奥を越えて一路上州上田城へとひそかに出立したのだ。
上杉謙信、景勝、景虎に愛された次。
傾国の愛妾と揶揄された哀しき半陰陽の少年の行く末に待つものは幸か不幸か。それは誰にも分からない。見えない不安に押し潰されそうになりながらも、次は、腹のややと道満丸を命に変えても守り抜こうそう、はらはらと雪が舞う朝月夜に強く誓った。
完
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