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scene.EX 扉を開けるな!ーphaze.2ー

 その夜、店舗営業後の後片付けをしている芝崎に声を掛けて、先に自宅に戻った俺は、航太から託された小さなギフトボックスをどうするか考えていた。  芝崎のウィークポイントを初めて聞いた時、正直俺も気にならない訳ではなかったが、実際にそうなった時の芝崎の反応を考えると、自分がどれだけ彼を受け止められるのかどうか…その先が全く想像がつかない。  俺にしてみれば、初めて本気で身体を合わせた相手が芝崎な訳で…あれから幾度か彼とは抱き合ったけれども、いつも彼に抱かれる側で、自分から抱いた事がほとんどない。  この前はたまたま成り行きでそれっぽい感じにはなったけれど、本当の意味で芝崎を受け入れられるかどうかというのは、やはり今の俺には分からない。 「…しまったな…。勢いに負けたとはいえ、もう少し考えれば良かったか…」  言ってしまった事はもう後の祭りなので、このまま何とか彼らの思惑通りになればと、俺はリビングの机の上にその箱をそれとなく置く事にした。   「…ただいま」  その声が聞こえてきて玄関のドアが開き、芝崎が戻ってきた。 俺は自分の部屋に居て、スクーリング用のテキストを読みながらこの先に起こるであろう事態に備えつつ、リビングの方へ移動した。 「お帰りなさい、芝崎さん」 「結真君。…勉強の進み具合はどうですか?」 「昔とはだいぶ内容が変わってて、改めて覚え直すのが大変ですね…」 「…そうですか。でも結真君ならきっと大丈夫ですよ」  防寒用のジャケットを脱ぎ、シャツのボタンを外していた芝崎は自分の視線の先にある小さな箱に気付いたようで、それとなく言った。 「ああ、そういえば…。今日はバレンタインでしたよね」 「それに芝崎さんの誕生日でもある訳ですよね?俺、藤原から聞いてびっくりしましたよ。…何で教えてくれなかったんですか」 「ああ、そうでしたね。…この歳になるとあまり気にもしなくなりますよね。ただ何となく日々を過ごしていて、ふと気が付いたらもう…みたいな感じで」 「でも俺は教えて欲しかったですよ。…去年の俺の誕生日にあんたがしてくれた事に対して、きちんと返さなくちゃ…って、ずっとそう思ったんですから」 「…そうですか?…では来年からは期待しても良いって事ですよね?」 「…いや、それは分からないけど…」 「おや。来年はどんなお酒がもらえるのか楽しみだったんですけどね」 「…酒さえあれば全ての用が足りるのか、あんたは?」 「まあ、無きにしも非ずって感じですかね」  そんな事を言いながら、芝崎は目の前にある箱からチョコレートを一つ取り出してそのまま口へとほおばる。 (…あれ、案外簡単に手を出すんだな…)  思っていたよりも簡単に手を出してきたので、相当の覚悟を決めたつもりの俺は少し拍子抜けしてしまった。とは言え、まだ分からない。本当に恐ろしいのはこの後なのだ。  もしも航太が言っていた事が本当なら、つまりはそこから先の芝崎の身体に起きる変化が恐いわけで…俺は内心冷や冷やしながらも、自分も同じようにチョコレートを拾って自分の口の中に入れた。   「うわ…。これ、意外と洋酒の香りがきついな…」 「…え?…結真君、まさかと思うけど…」 「…みたいですね。…すいません、芝崎さん」 「…航太からですか」  俺が思わずそんな事を言ってしまったので、芝崎はこのチョコレートの正体に気付いたようだった。…だが俺も、航太から託されたものがまさかこれほど洋酒の香りが強いものだとは思っていなかったので、この反応は想定外だった。 「…箱自体は航太君からですけど、真犯人は文子さんらしいですよ。あの人、どうやら俺達の関係に気付いてたみたいですね…」 「…僕と君の関係を、ですか…?…流石ですね、母親の勘と言うものは。…また一枚取られました…。」  そう言った芝崎の声には、少し力が無かった。よく見ると、その顔はひどく紅潮していて熱に浮かされたような濡れた瞳が印象的に残り、身体の奥から湧き上がる熱さを堪えるように両腕を抱えて震えている。…やはり、相当な効き目はあったようだ。 「…護さん、大丈夫ですか?」 「…いや…少し…辛いかも知れないです…。…少し横になっても良いですか…?」 「…良いですよ。俺はここに居ますから」 「ありがとう、結真君…」  よほど身体が辛いのか、芝崎は俺の膝枕に頭を乗せたまま、両手で顔を隠して目を閉じる。 それでもまだ治まりきらないようで、震える身体を必死に抑えようとする。  だがその反動で自然とその手が自分の身体の性感帯を探るように動き始めたので、俺はさりげなく声を掛けて、それを制止する。 「…護さん…本当に大丈夫…?」 「…結真君…すみません…。…少し、お願いしたい事があるんですが…」 「…何ですか?」 「…僕を…抱いて…くれませんか…?」 「…俺にそんな事は出来ません。…その事を一番分かってるのは護さんでしょ?」 「…ですが…。」 「俺はあんたの恋人なんですよね?…だったら恋人らしく、お互いに満足できるような事をすればいいだけの話ですよね?」 「…だけど…このままだと、僕はどうにも収拾が付けられなくなりそうなので……」 「…いや、待ってください。俺、初めての相手が護さんなんですよ!?…大体、今まで誰かを抱いた経験すらもないのに、そんな状態のあんたを抱ける自信なんて…俺にはありません…」  芝崎の辛い気持ちは分からなくもないが、残念ながらそれが事実なのだ。 ただでさえ慣れていないのに、しかも正気ではない状態のままの彼を相手にしなければならないから、尚更無理な事はさせられないと思ってしまう。  だが、このまま蛇の生殺しのように芝崎を極限まで追い詰めてしまうのも何だか可哀想だと思った俺は、こんな提案をしてみる。   「……ねえ、護さん。…この前みたいな感じだったら良いですか?」 「…え…?」 「…俺、あんたを抱く事は出来ないけど…でも、受け入れる事は出来ますから…」  そう言った俺は芝崎の膝枕から身体を外し、そのままの状態で彼にキスをする。 チョコレートが媚薬になるとはよく言ったものだ。そのせいでどこかいつもより余裕のなさそうな芝崎の表情が、俺の中に燻る感情を緩やかに目覚めさせていく。 「……っ…ん…」 「……ゆう…ま…」  すると突然、芝崎にその手を掴まれた。俺は一瞬何が起きたのかと思った。 そのままの勢いで引き寄せられた手は芝崎の下肢へと添えられ、無言の誘いを向けられる。 「…嫌なら無理にとは言わないけど…」 「…でも、このままだと護さん辛いんですよね?…俺はどうすればいいですか?」 「……教えて、あげますから……触れてください。僕に」  ――その後の俺たちは…というと。  思わぬ媚薬効果でグロッキー状態になってしまった芝崎が完全に落ち着いて元に戻るまでには、相当な時間と経過を必要としてしまった。その間に幾度となくそれぞれに最絶頂を迎えていたのだけど、いつしか二人とも何も考えられなくなるくらいにはなったと思う。   最終的には俺よりも芝崎の方が先に限界を超えてしまったので、そこで全てが終わった形になった。  後にこの結果を俺が航太に報告した時には、そのあまりの衝撃に驚いていたようだ。 それはこの計画を考えた文子さんにしても同じだったようで、賭けはどうやらご破算になったらしい。そしてその賭けの目的に利用されていたという航太と藤原の関係についても、条件付きではあるけれど許す事にしたのだとか。  ――その結果。  この一件で俺が思い知らされたのは、例えどんな状況になったとしても、自分で対応できないほどの無茶な賭けと行動だけはするな、という事だった。 scene.EX 『扉を開けるな!』 ―fin.―         

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