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scene.EX 扉を開けるな!ーphaze.1ー
―after epilogue.―
俺たちがバックヤードで昼休みの休憩を取っていると、何かに気付いたらしい芝崎から突然声を掛けられた。
「結真君。これから買い出しに行くんですけど、何か必要なものってありますか?」
「このサロンの備品でですか?…今見る限りだと特には無いですね。…あ、でもバックヤードの方のコーヒー豆と洗濯用洗剤が無くなってるかも…」
「分かりました。…では行ってきます」
「あれ、社長。出かけるんですか?」
「はい。少しだけ出かけてきますんで、もしお客様が来られたら待ってもらってください」
「分かりました。気をつけて」
「航太と亜咲君も、時間を見て適当に戻っても構いませんからね」
「はーい。行ってらっしゃい」
芝崎はそう言ってバックヤードに置かれているヘルメットとを鍵を取り出し、外に停めた原付バイクのエンジンをかけて、そのまま買い出しへと出ていった。
「くっそう…またやられた…。あー、痛かったぁ。…ったくあの人、自分の都合が悪くなるといつもああやって耳を引っ張るんだからなー。オレは猫じゃねぇっつの」
「あ、そうだ。藤原がさっき言ったのって、本当?今日が芝崎さんの誕生日だって」
「そうですよ。…あれ、結真さん知らなかったんですか?」
「いや、初耳…」
「なんだ。一緒に居るのに、結真さんに何も教えてなかったんだ…」
「そうだね。…まあ、お互いに歳も歳だし、だから何ってことはないけど…それが分かってたら俺も何かプレゼントになりそうなものを考えれば良かったな」
「ねえ、結真さん。…これあげてみたらどうですか?」
そう言って、航太が俺に小さな箱を渡してきた。それは今の時期ならごく普通に売られているバレンタインギフトのようなものだった。
「これ、バレンタインのギフトじゃない?…いくらバレンタインと芝崎さんの誕生日が重なっているとは言え、これをプレゼントにするのはどうなんだろう…?」
「…それ、実はウイスキーボンボンなんですよ」
「ええっ!?…いやさっき芝崎さん言ってたでしょ、他のものならともかく…とか何とか」
「そう。だから敢えてあげるんですよ。…オレや亜咲が渡すんじゃすぐにバレるけど、結真さんなら別に違和感ないでしょ?例え見つかっても『ゴメン知らなかったから!』って言っちゃえば問題無し。…ね?」
何故かそのギフトを俺に渡せと押し付けてくる航太の顔を見て、これは何か裏があるんじゃないかと思って、それとなく聞いてみる。
「航太君…きみ、何か良からぬ事考えてない…?」
「…分かります…?」
にっ…と笑って、航太がそのままペロッと舌を出す。彼のそういう顔を見ると、やっぱりこの子はまだ15歳の少年なんだと改めて自覚する。
「ごめん。…俺、本当に知らないから良く分からないんだけど…確かあの人、結構な酒豪なんだよな。どんな強い酒でもほぼ飲めるはずなんだけど…なのにウイスキーボンボンだけが苦手な理由って何?」
俺がそう言うと、航太はにこっと笑ってとんでもない地雷を落としてきた。
「あの人にとってはそれが一番危ない媚薬なんですよ」
「…えっ?…び、媚薬!?」
「うん、そう。…甘みの強いチョコレートとアルコール度数の高いウイスキーやブランデーを一緒に摂ると、人によってはそれ自体が強い催淫効果を引き起こす媚薬みたいになるらしいんですよ。…父はその典型ですね」
「へえ、そうなのか…って、いや納得してる場合じゃないな。…つまり芝崎さんは、実際にそういう体験をした…って事か」
「まあ、そうですね。…確か一昨年くらいだったかな?」
「えーと…ああ、ハロウィンパーティの時か!」
「その時に、オレの婆ちゃんがどっかのホストからもらってきたやつを間違って食べちゃって、あの後が散々になったんですよ。急に部屋に逃げ込んだと思ったら、そこからしばらく出てこなくなって。なかなか戻ってこないからおかしいなぁと思って部屋に行ったら、何故かベッドに突っ伏してて、涙流しながらオレに助けてくれって」
「…ごめん。その話聞くだけでも大変そう…」
「婆ちゃんが言うには、けっこう昔からそういう事はあったらしいんだけど…流石にあれは酷かったよね」
「そうだよなぁ…。俺、あんな辛そうな社長の顔、初めて見たもん…」
「でもオレ言ったんですよ。男なんだから自分で抜くぐらい出来るだろって。…だけどあの人、変な所でプライドが高いもんだからそんなの無理だって言って聞かないんですよ」
「…ああ、それは何となく分かる…。」
「ついでに言うと父さんの場合、少しマゾっ気が強い所もあるから、自分で抜いただけじゃ治まらないって思ったらしくて…あろうことか13歳のオレに抜かせたんですよ」
「…そうなの!?」
「その時の弱みがあるから、あの人は今でもオレに頭が上がらないんです」
「…え?じゃあ、前に航太君が言ってた芝崎さんの『弱み』って…」
「…そうですよ」
「…あれ?じゃあ芝崎さんが幼い頃の君に殿崎さんとのそういう関係を見られたってのは…」
「何か変な事やってるなぁとは思ったけど、5歳くらいじゃそんなの覚えてませんよ。…どうしてそういう解釈になったのかは謎ですけど」
言われてみれば、確かにそうだ。5歳といえばまだ物心ついて間もない頃なのに、大人の愛の営みの様子なんて分かる訳がない。それなのに何故、芝崎はずっと気にしていたのか。
「…それはそうと結真さん。これ…マジでお願いしますよ。出来ないとオレら二人の一生がかかってるんですから!」
「…は?」
「…実はこれ、婆ちゃんからの賭けで…これに負けたらオレと亜咲、今後一切付き合えなくなるんですよ。だからお願いしますって!」
「……まさかと思うけど、君ら二人って…そういう関係?」
「……はい」
「…いつから!?」
「…さっき言ったあの出来事がきっかけで…」
「はあ!?…いやちょっと待て。…航太君、この前俺に言ってたよね?…俺みたいなタイプがどうとかこうとか…」
「…いや、それは…」
「航太、お前それどういう事だ!?俺と付き合ってるくせに」
「…ごめんなさい…。」
「…分かった。俺が悪かった」
俺がそれとなく聞いた質問に、航太と藤原の二人は罰が悪そうな声で、揃って返事をした。
それが本当なら何故彼は以前、俺に対してあんな思わせぶりな言葉を掛けて誘うような行動をしてきたんだろうか?…人とは分からないものだという事を、俺はまた一つ思い知らされたような気がした。…しかも今後の二人の人生を左右するようなその賭けの相手が、航太の言う婆ちゃん…つまりは文子さんであるという事も。
ちなみに俺も、かつてあの人には相当な経験をさせられているが、その発想力の破天荒ぶりはいくつになっても、世代を超えても変わらないということなのだろう。
「……そういう事か…。それで、文子さんからはどうしろって言われたの?」
「これを父さんにあげて、その後の様子がどんなだったか教えて欲しいって…」
「…はあ!?何でそうなる!!??」
「いやオレにそう言われても…。婆ちゃんがとにかく気になるから教えろって念押しされたんですよ」
「…つまり、俺と芝崎さんの関係もあの人には筒抜けって事か…相変わらず手厳しいことで」
「…結真さん、何とかお願いできませんか?」
「……分かった。お前らがそこまで本気なら、俺もその賭けに乗ってやる。ただし、どんな結果になっても文句は言うなよ?」
「…はい」
そう言って覚悟を決めた俺は、航太からそのギフトボックスを受け取ったのだった。
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