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ーepirogue.ー それから
――1週間後。
インフルエンザでダウンしていたみわ子さんも復帰して、店舗が通常営業に戻ったその日。
俺と芝崎がサロンで仕事をしていると、店舗入り口の呼び鈴が鳴った。
「いらっしゃいま…なんだ、藤原か。今日はどうした?」
「お久しぶりです、社長。それに結真さんも」
「おや、亜咲君。君が一人で1号店に来るのは珍しいですね。…2号店の方で何かあったんですか?」
「いや、そうじゃなくて。今日は付き添いです。…ほら、入って来い」
藤原は店舗の外で待つ誰かに声を掛けて、その人物を店舗の中に入るように促した。
その先に見えたのは、ついこの前まで一緒に居た彼だった。
「こんにちは、結真さん」
「航太君。…だったら何も遠慮しないで普通に入ってくれば良かったのに」
「お二人とも仕事中なのでどうしようかと思っただけです」
「そういえば…今日が合格発表だったんですよね、高校の」
「え?あ、そうか。もう1週間経つもんね、あれから。…で、結果はどうだった?」
「無事に合格できました。これでオレも春から高校生ですよ」
「おー、良かったね。じゃ本格的に自分の夢を実現していくんだね、これから」
「そうですね。少しずつ頑張っていくつもりです。…今回はありがとうございました」
「あー、お礼なんていいよ。こんな俺でも、何か君の役に立てたのならそれだけで」
「…それから、これを。…受け取ってください、父さん」
「え、僕?」
「他に誰が居るんだよ。自分の誕生日忘れてるのか、あんた?」
「……あ、そうでしたか。…それで亜咲君に」
「えっ、そうなの?」
「そうですよ。2月14日は社長の誕生日なんです。航太が社長にプレゼントを買いたいって言ったから、俺がオーナーに頼まれて。…で、今日が高校の合格発表日だから一緒に行って、1号店にも顔を出してきなさいって…で、イマココ、みたいな?」
「…何だそりゃ。ま、いいけどさ」
状況のつかめていない俺を一人取り残し、付き合いの長い芝崎達3人の会話は異様に弾んでいた。だけどそれが逆に見ていて楽しい。
「結真君!これ『女泣かせ』ですよ。…僕が一番好きな日本酒なんです」
「は?日本酒!?…誕プレで?」
「いや、他にもウイスキーボンボンとかいろいろ考えてはみたけど、最終的にはこれが一番だろうと思っただけで…」
「…だから俺が付いていったって訳ですよ。未成年じゃ酒なんて買えないでしょ?」
「…なるほど。確かに」
「…別にプレゼントって事なら、日本酒以外のものでも良かったんですけど…ウイスキーボンボンだけは駄目です。…あれにはロクな思い出が無い」
「…えー?…オレは面白いと思ったんだけどなぁ」
「…あ!…そういう事か。…さすが息子。…お前冴えてるな、航太!」
「ふふん、そうだろー?」
「…航太ー?…お前ね…」
「…ってぇ!…あっこら!オレの耳を引っ張るなっ」
――こうして過ぎ行くいつもの日常が、今の俺にとっては何よりも大切で…幸せなもの。
そして、俺と芝崎の二人が決して失ってはいけないもの。
またひとつ、芝崎の心の中に閉ざされていた扉を解放した俺は、ただ与えられるだけじゃなくて、時には自分から与えてあげることも彼にとっては必要な事なのだと知った。
俺はもっと、成長できる。…これからも。そして、その先も。
そんな事を思いながら、俺は今日も日々を過ごしている――。
ーFin.ー
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