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第1話 それは突然に。
「――――― しまった、」
それは、連打されたチャイムの音に仕方なくドアを開けて、目の前の奴を見た俺の第一声だった。
「よおっ、開けてくれてサンキュッ、な。」
「........はぁ、...........今、俺の声が聞こえなかったか?俺は(しまった。)と云ったんだ。もう後悔してるっていうのに.....。」
俺がドアノブを離さないので中に入れないのだろう、コイツはグイグイと狭い隙間に身体を押し込んで入ろうとして来る。
「ちょ、頼む、中に入れて。寒くて死ぬぅ。」
「死んでしまえ!!」
「ひでぇな、おい!.....それが一年ぶりに会った親友に言う言葉?頼むってぇ~~~~。」
「............................」
親友と言われて、仕方なく身体をずらすと一人分の通り道を作ってやった。
「サンキューッ、ハルミちゃん、大好き!」
そう言うと、ずかずかと靴を脱ぎ散らし、首に巻いたマフラーを引っ張りながら部屋にあがって行く。
俺は、その後ろ姿を恨めしそうに眺めながら、(ハルミちゃんっていうな!ハルヨシ、だからな!晴美!)と、喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。
一時間前、久々に鳴ったコイツからのラインメール。
『家を追い出されたから今からそっちに行く』
『なぜ?』という俺のメールは既読されなかった。
それなのに.....。
「なーんか部屋の雰囲気変わった?」
ぐるりと12帖のワンルームを見廻すと、元、親友の正臣(マサオミ)が俺に向かって訊く。
身長180センチ超えの大きな身体をして、そのくせやたらと顔が小さくて、鼻筋の通った顔は人気のアイドルの様で。切れ長の目で見られると、俺も言葉を失ってしまう。
悔しいけれど、相変わらずの美男子っぷりは一年経っても父親になっても変わる事はなかった。
「俺の部屋の事はどうでもいいんだよ。それより、なに?なんで家を追い出される羽目になったんだよ。デキ婚してからまだ一年と半年、だったよな?!嫁は?子供は?親は?実家に帰れよ!」
俺は、思いついた事を全て言葉にしてコイツに投げつける。でないと、顔が見られて嬉しいとか、声が聞けて耳が悦んでるとか、とんでもない錯覚を呼び起こしてしまいそうだから。
「実は、浮気がバレて追い出された。流石に5度目は許せないってさ!ははは」
「.....................ご、............5度目?]
「そ、5度目。ああ、見つかったのがな。ホントは8度目ぐらいなんだけどさ。」
――――― やっぱりコイツを上げるんじゃなかった。
心の深い所で、後悔の念に苛まれる。でも、それはなんとなく分かっていた事で..................。
武田 正臣(タケダ マサオミ)にとって、恋愛は子供が缶蹴りをして楽しむぐらいのもので。
蹴った缶がどこへ転がっていくのか、それを追いかけては、又飽きたら別の缶を探す。
昔からそう。コイツには’良識’なんて言葉は存在しない。
「デキ婚で、ミキの親がマンション買ってくれただろ?!だから、オレに住む権利はないってさ。荷物まとめとくから、取り敢えず出て行けって言われてさぁ。明日も仕事あるんですけど、って言ったらさ、スーツケースに一週間分の着替えを詰め込まれて、スーツも2着を着まわせって言われて.....。あ、ハルミのスーツ貸して?!」
「あ?...........なんで俺が!俺は美容師、スーツなんて着ねぇっての。バカか!」
「あー、そうだった。.........ま、いいや、Yシャツとネクタイでなんとか着まわすわ。んじゃ、一週間よろしく、ね?!」
「..............はあ?一週間、って.............。」
思い切り拳でどついてやろかと思ったが、自分の手が可哀そうでヤメタ。
この節操なしの顔だけ綺麗な男に、俺は昔恋心を抱いていたのに.................。
親友というポジションを勝手に与えられて、その先に踏み込む事が出来ないまま高校生活を終えた。
それから5年。
時たま出会えば、変わらず俺を笑わせてくれる。そんな正臣に子供が出来たと聞かされたのが一年半前。
その時に、俺の恋心は完全に封印した。
なのに、コイツは何食わぬ顔で俺の前に姿を現すんだ。
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