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第20話 節操なしの男。
テレビから漏れ聞こえる音を背中で聴きながら、流しに浸けた食器を洗っていると、正臣が風呂から出てくる。
「ハルミも入って来いよ。後はオレが洗っとくから。.....寒い日はしっかり湯船に浸かるのが一番だよなー。」
そんな中年のおっさんの様な事を云うと、俺の横に立つ。
片側にほんのりと湯上りの体温を感じて、俺はチラッと目を向けた。
からだから湯気が立っているようで、なんだか幸せそうな顔で俺の方を見る。
一瞬だったけど、視線が絡み合った様な気がして、慌てて逸らせると「あとは宜しく。」と云ってその場を離れた。
ノンケの、この距離の詰め方はゲイの心臓には悪い。じりじりと胸を焦がしている頃の、やるせない気持ちを思い出しそうになるんだ。とうの本人は無意識だというのに.........。
正臣の言葉通り、湯船に浸かると「ふぅ~~~~~っ」と身体の中から安堵のうめき声が出てしまった。
- 俺もオヤジクサイな.............
水曜の晩に突然やって来た正臣。
あれから四日も経ってしまったのか.....。
殆ど夜しか顔は合わさないんだけど、それでもこういう共同生活の様な真似事で、安心感を感じてはいる。
片方で、早く帰ればいいのにと思う自分もいて、それも本心なんだけど、もう片方の俺が少しだけ楽しんでもいるんだ。
友人、なんて大原さんには言ったけど、本当にそれだけの相手ならこんなに困ったりしない。
近くにいるからって、手の届かない相手もいる訳で.........。
フザケてヌきあったって、所詮は女に乗っかるんだ。俺の出る幕はないよな~。
身体がふやけるかと思う程湯船に浸かっていたが、切り上げて浴室から出ると髪の毛を拭きながら部屋に戻る。
正臣は食器の片付けも済ませていて、ベッドに入って背中に枕を当てると何やら本の様なものを読んでいた。
俺に気付いてそれをパタリと閉じる。
何を読んでいたのか訊けばいいのかもしれない。でも、そういう他愛無い会話を楽しむ気にはなれず、俺は水だけを飲むとすぐにベッドに潜り込んだ。
「もう寝るのか?早くねぇ?」
正臣が俺の肩を揺さぶって訊くが、「俺は明日も仕事だから。お前と違って!」と冷たく云ってしまった。
こういう言い方が悪いんだろうな............。可愛くないんだよ。自分でも分かっている。
でも、こうでも云わないとどんどん深みにはまってしまいそうでイヤなんだ。
「そっか、仕事だもんな。じゃあ、オレも寝るわ、おやすみ。」
「ああ、おやすみ」
ゴソゴソと布団の中に身体を滑り込ませると、横を向く俺の背中に正臣の手が当たった。
「おい、壁の方を向いて寝ろって言っただろ?!こっち向くな。」
なんとなく背中に感じる正臣の視線。背中というのか襟足に、熱の籠った視線を感じると身体がむず痒くなる。
「ハルミの首って、そんなに細かったっけ。」
そう云うと、指先がさわっと当たって思わずゾクリと飛び上がりそうになった。
「ちょ、やめろよ!」
首だけ後ろにやろうとするが、正臣の顔は見れないまま。一々身体の向きを変えるのも面倒で、怒るだけ怒って又寝ようとした。
「人肌恋しくね?..............オレ、もう10日くらいセックスしていないんだよ。この前ハルミとヌいたけどさ........。あれ、またヤんない?」
「....................このヤリチンが。黙って寝ろ!」
俺は、顔から火が出る程恥ずかしくなった。
こんな事を平気で言える正臣が羨ましいよ。俺なんか絶対云えないもん。どうして男だと分かっててこんな事云えちゃうんだろう。
「お前、俺をかまって面白がってない?正臣、そういう趣味だっけ?男もイケる、とか..............、まさかだろ?!」
遂にそんな言葉を出してしまえば、云った傍から後悔が始まるんだ。バカな事を訊いているって。
「...............、イケるって云ったらどうする?」
「........ぇ...............?」
「この前のハルミの姿が目に焼き付いてんだ。オレ、ゲイではないけどさ、でも、ハルミとなら出来そうな気がする。」
「..................................」
訊いた俺がバカだった。
正臣の節操の無さは、充分承知していたはずなのに。
この男がおとなしくしている訳がなかった。
「ハルミ.....」
俺の名を呼ぶと、正臣の手が脇腹を伝って前に伸びて来て、スウェットパンツの中に指をしのばせる。
俺の身体は凍り付いた様に動けなくなって、一気に心臓が跳ね上がってしまうと、息をするのも忘れる程固まった。
意識だけは正臣の指の感触に行くが、心の中で自分自身との葛藤が始まる。
ふざけるなと、一蹴してしまえばそれで済む事かもしれないが、何処か奥の方では受け入れたいと願う気持ちも噴出して来る。
そして、身動きできずにじっとしたままの身体を正臣に包み込まれると、全身の力は一気に抜けていった。
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