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第37話 恐い人。

 春一番。 頬に当たった風はまだ少し冷たいが、それでも目を凝らせば所どころに花が咲き誇り気持ちは優しくなる。 ガラス窓の向こうでは、薄いコートやジャケットに身を包んだ人が行き来していた。 店の中からぼんやりと眺めては、季節の移り変わりを実感するが、俺の中では変わらない部分もある。 部屋に帰ると余計にぼんやりしてしまうから、なるべく店に残ってカットの練習に励んでいる。 「こんどさ、女の子のカットモデル連れて来るから、ついでにカラーリングもしてあげてよ。」 「はい.......」 店長からそう云われて返事をした。店長の連れて来るモデルは、大抵がどこかの店でナンパした娘。 きっと、タダでカットしてあげるから。とか云ってんだろうな。そういう誘い文句を俺は云えない。 「あの、.......モデルの人とか、その後はどうしてるんですか?連絡先聞きますよねぇ?」 俺はちょっと気になって訊いてみる。店長の好みはバラバラで、独身だし遊ぶのはいいけど.......。一回モデルで来るとその後は来ないんだ。お客さんとして来る事もないし.......。どうなっているんだろう。 「ああ、連絡先は聞くよ。けど、一度カットしてもらったら今度頼むまでひと月は間が空くからね。その間に新たなモデル見つけたらもう連絡するの面倒だし。......あ、ハルヨシ君にもモデルの連絡先教えようか?!」 「え?ああ、いや、いいです。」 慌てて店長にそう云った。 女の子に連絡先を訊いたって、俺にはモデル以外に必要性が無くて。 別に遊ぶ訳でもないし。 「店長、ハルヨシ君は純情なんだから、ナンパの仕方を知らないんですよ。連絡先教えてもきっと電話出来ないでしょ。」 大原先輩は、店の奥にいるかと思ったらひょっこり出て来て俺たちの会話に割って入る。俺を純情とか云いながら笑っているんだ。 「別に、電話くらい出来ますよ。必要があれば、ですけど.......。」 「ははは、可愛いなー。ひょっとして洋介君より経験少なかったりして。」 「................あの、.............そんな事は........。」 アシスタントの洋介くんを引き合いに出されてちょっとムカついた。 俺がゲイだとは知らない店長だけど、大原さんは同じ穴のムジナ。自分だって女の子に興味なんてないくせに。 「俺は気軽に声かけたり出来ないだけなんで。」 大原さんにそう云うと、じろりと見る。 「晩熟(おくて)だよねー、そんなんじゃ好きな人を捕まえておけないよ?!」 「は?...........」 誰の事を................? 「だから云ったじゃん。取っちゃえって。」 「................え?」 店長が離れたすきに、俺に聞こえる様に耳元で云うと、大原さんはニヤリと微笑んだ。 ぼんやりしている俺でも、それが正臣の事を云っているのは分かる。前に、正臣が既婚者だと分かった時、直ぐに云われた言葉。 微笑みを浮べていても、大原さんのその瞳の奥はなんだか恐かった。

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