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 僕は顔をあげ声の主を見た。  紺色の制服。制帽。  「おまわりさん、ごめんなさい」  弟はもう一度言葉に出す。  「君のために頭を下げてくれているのはお兄さんか?」  音が、降ってくる。  制帽の、金色の桜花が菊花のように輝いて見える。  「いいお兄さんだな」  僕の胸に、頬に、いつか聞いたクラシックの調べ。  はらはらと、涙が溢れた。  ―――嗚呼。嗚呼。  「ぁぁ…」  「…兄ちゃん?」  弟の声が聞こえる。  潰れたと思っていた喉から溢れる声。  「なぜ泣く」  彼は泣き出した僕に困惑しきりで、  僕はなぜ涙が溢れるのか判らなかった。  当惑した彼は制服の内ポケットから小さな和菓子を取り出す。  それは飴色の水風船のようで、僕はその食べ方を、知っていた。  「泣く子供には敵わないな」  困ったように笑う目元には、小さな傷。  僕の頭を撫でた掌の大きさ。  「君の名前は?」  彼は弟に問う。  「杳!兄ちゃんの名前はね、」  彼は僕を振り返る。  その唇が、弟の声と被さり、僕の名を呼ぶ。  貴方が知らないはずの、僕の名前を。

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