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第19話
side一縷
あれから蒼の日々は変わらない。
半日以上寝続けている。
だけど、さすがにひと月以上休むには診断書が必要となってくる。
前に蒼が起きた時に、病院に受診するよう促した。
蒼からは了承を得ているので、次起きた時に連れて行こうと思っていた。
それが今日である。
蒼が起きてきたので着替えさせて、タクシーに乗せ、蒼が通院している病院に向かった。
予約せずに受診したので、かなりの待ち時間のようだった。
待合所で順番を待っている間に蒼がたまに体をビクッとさせることがあった。
共通していたのは、飯田のような見た目の男が通った時に体を強張らせるということだった。
記憶がなくても、本能が恐怖を呼び起こしているのかもしれない。
数時間が経ち、蒼は順番が来る前に電池が切れたように眠ってしまった。
ちょうど順番になって呼びに来た看護師に車椅子を用意してもらい、診察室へ入る。
『あれからどうですか?』
「半日以上眠り続けています」
『あの時の記憶は覚えているようですか?』
「いえ、全然覚えていないようで…」
『フラッシュバックのような行動は見られますか?』
「先程待合所で順番を待っている間に何度か体を強張らせていることがありました」
『…PTSDだと思われます』
「PTSD…」
『簡単に言うと、ストレス障害です』
「治療はできますか?」
『東条さんの場合、かなり困難になりますが、受けますか?』
「一緒に治療させてください」
『分かりました。治療プログラムを組んでみましょう』
「よろしくお願いします」
治療はまず忘年会の時の記憶を全部取り戻すことから始まった。
蒼には相当辛い治療だと思う。
俺の一存だけで決めてしまって申し訳ないと思ったが、これからのために乗り越えなくてはならない壁であることに間違いない。
俺たち二人で乗り越えられないとは思わなかった。
別室で待っていたのは、セラピストの本田だった。
かなり有名なセラピストの先生らしい。
『まずは今日は思い出す所まで行ってみましょう』
「よろしくお願いします」
『東条さんにはリラックスしてもらいたいので、旦那さん後ろから抱きしめてあげててください』
「こんな感じでいいですか?」
『いいですよ。では、始めますね』
蒼の場合、特定の日が分かっているので、カレンダー法という方法で記憶を呼び覚ますことになった。
『あなたの目の前に、カレンダーがあります。ページをめくると今日の日付からどんどん日付が戻っていきます。二週間前の十二月半ばに戻りました』
蒼の体が強張り始めた。
俺はギュッと蒼の体を抱きしめることに集中した。
『ここは忘年会の会場の老舗ホテルの大宴会場です。あなたは何をしていますか?』
「料理とお酒を取って食事をしています」
『それだけですか?』
「会社のトップの人たちが来ているので、雑談をしています」
『その後はどうですか?』
「また食事を再開しています」
『会社のトップの人たち以外では誰かと会いましたか?』
「営業課の飯田が近くにいます」
『それで?』
「会長が来たので、会長と雑談をしています」
『食事をしていた場所から離れましたか?』
「はい」
『雑談が終わりました。あなたは何をしていますか?』
「先程まで食事をしていた場所に戻って、食べ残していた食事を食べています」
『飯田さんはまだいますか?』
「隣でニヤニヤしながらいます」
『食事は順調に進んでいますか?』
「いえ、途中で体に力が入らなくなって飯田に支えてもらっています」
『それで?』
「飯田が部屋を取っていると言うので、部屋に連れて行ってもらっています」
『部屋に到着しました。あなたは何をしていますか?』
「飯田に襲われています…」
『日付がどんどん進んで今日のカレンダーまで戻ってきました。今は病院にいます。旦那さんがあなたを抱きしめてくれています。目を開けてみてください』
蒼はふと目を覚ました。
そして、大粒の涙を流し始めた。
次の瞬間、蒼の喉がヒュッと鳴った。
呼吸が浅い。心なしか苦しそうだ。
『過呼吸だわ。少し彼を借りるわ。あなたは少し席を外して』
「でも…」
『これはあなたが原因なの。お願いだから』
「分かりました」
俺はすぐさま部屋から退出した。
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