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第22話
僕は近くに置いてあった毛布に包まって一縷の方を見ないようにした。
「あお?」
一縷の優しい声に心が抉られそうだった。
つい反射的にビクついてしまった。
(一縷の側には僕はいられない…)
そう思うと、思っていることが口からするりと出ていた。
「いち、やっぱり僕はいちと一緒にいるべきじゃないよ…」
「どうして?」
「僕は飯田に体を弄ばれたから汚れてしまったの」
「それで?」
「この体に触れていいのはいちだけだと思ってたからもう…」
「それはあおの考えだよな?」
「そうだけど…」
「んじゃぁ、次は俺の考え言ってもいいか?」
「……うん」
「確かにあおは飯田とセックスしてしまった。それは事実だ」
「………」
「だからってあおの体が汚れたと俺は思ってない」
「………」
「むしろ俺の方が汚れているくらいだしな」
「…どういうこと?いちは汚れてない…」
「いいや。それはあおが知らないだけで俺はすごく汚れている」
「………」
「あおがΩって判ってからあおのこと性的に見てる奴多かったの知ってるか?」
「…知らない」
「だよな。全員俺がボコボコにしてたから」
「…えっ」
「殴り過ぎて相手を流血、病院送りにして警察に呼ばれたこともあるくらいだしな」
「そんなの知らない」
「だって、あおには絶対に教えるなって周りに忠告していたから」
「どうしてそこまでしてくれるの?」
「それだけあおのことを愛してるってことだよ」
「いち…」
「だから飯田に抱かれたあおだとしても俺はそれを含めてあおを愛してるよ」
「………」
「あおの方こそ、こんな血で汚れた俺の側にいていいのか?」
「いちの側にいたい。いちじゃなきゃダメなんだっ!」
大粒の涙でぐしゃぐしゃにした顔で一縷の胸に抱きついた。
「ごめんなさい。ごめんなさい…」
「何に謝ってるんだ?」
「僕の不注意で今回こんなことになったから…」
「それはそうだな。俺が近くにいないとあおは危なっかしいから」
「そうだね。ずっと近くでいてよ、いち」
「死んでも離してやるもんか」
一縷の腕に力が籠った。
それから一縷はキスをしてくると思っていたけど、してこなかった。
多分僕がキス以上の行為に恐怖を覚えているからと思ったのだろう。
そんな優しさが嬉しかった。
忘年会の一連の記憶を取り戻してからというもの、僕の生活は以前のものと同じになった。
朝起きて、夜寝る。
半日以上寝続けているということはなくなった。
今まで通りの当たり前の生活がこんなに幸せに満ちていたなんて思ってもみなかった。
そして、僕は会社を辞めた。
部長からも、部下達からも物凄く引き留められた。
だけど、もうあの会社にはいられない。
怖くて堪らなかった。
いつ飯田に会うかという恐怖が根付いてしまったから。
飯田に暴行された時に言われた妊娠はしていなかった。
一縷も不安に思っていたようで、検査で陰性と言われるまで気が気でなかったと思う。
いらぬ心配をかけてしまって申し訳ない思いでいっぱいだ。
もう心配をかけないために、今は専業主夫をしている。
休日が重なった日よりもずっと一縷の機嫌がいいことに気付くのはもう少し先になってからだった。
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