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第24話

一週間後、飯田と飯田側の弁護士、俺と蒼と多田で、有名ホテルのカフェにある半個室のテーブル席で(まみ)えた。 『このような場を設けていただき、感謝致します』 飯田側の弁護士が即座に謝礼を述べてきた。 「とりあえず、お二方ともお座りください」 蒼は冷静に対応していたが、体が小刻みに震えていた。 俺はあくまで蒼の付き添いという形なので、出しゃばりたいのは山々だが、大人しく隣で蒼を支えることに集中する。 「示談に応じるとはまだ決めていません。今回はあくまで話し合いのみの席です」 『承知しております』 「飯田さんにお伺い致します。どうして今回このようなことをされたのでしょう?」 蒼はかなり恐怖を感じていたと思う。 それでも、毅然とした態度で対応していた。 「今の法律をご存知ないとは思いません。極刑も免れないような事案ですよ?」 『分かっています』 「それならどうして…」 『単純にあなたが好きだからです』 「はい?」 『東条さんはΩにもかかわらず、すごい功績を残された。しかも、周りの人の第二の性が何であろうが関係なく、分け隔てなく接している。そんな姿を見て単純に惹かれました』 「誰に対しても分け隔てなく接したりしてないですよ。苦手な人だっていますから」 『そんなことありません。私の家は代々α家系で、家族も私以外皆αです。一族では私のみβです。それ故、周りからは疎まれました。もちろん家での発言権もなければ、立場もありません。それを見返すために、大手製薬会社の営業トップになりました。それでも、彼らを見返すには全然足りなかったのです。ただβだからというだけで、ここまで蔑まれなければならないと思うだけで辛かった。そんな時に、東条さんを見かけました。東条さんは誰に対しても優しく接してくれて、最初僕にも優しく微笑んでくださいました。それだけですごく嬉しかった。くだらないことかもしれないですが、私にとってはすごく嬉しい出来事だったのです。その一瞬で惹かれてしまって、少しでもあなたの意識を引きたくてあのような愚行を犯しました。申し開きもございません。甘んじて刑を受けます。申し訳ございませんでした』 「私に番である主人がいることはご存知なかったのですか?」 『知りませんでした。あの日、あなたを抱いた時に首元の噛み痕を見て初めて知りました』 「そうでしたか…。分かりました」 蒼は目を閉じ、何かを考えているようだった。 「今回は示談に応じましょう」 『……………っ!!』 「条件を提示させていただきます。それを承諾していただけるのでしたら、示談に応じます」 『条件とは…』 「今後一切私の前に現れないことを条件とさせていただきます」 『それだけですか?』 「それだけです」 『ありがとうございます」 「ねぇ、飯田くん」 『はい?』 「君は営業としては、すごい才能の持ち主だと思うよ。実際、君が営業してくれたおかげで、売れ行きはどんどん増加した。これは事実だ。君の巧みな話術と営業スマイルは天性の賜物だから、それを活かして磨きをかけていくと、君は今以上に素敵な人になれると思う。だから、これからも頑張ってください」 『…ありがとう…ございましたっ!』 示談は成立し、解散となった。 「なぁ、あお?」 「なぁに?いち」 「どうして示談に応じた?」 「彼の半生を聞いてて僕と重ねちゃったからかな」 「あおはあんな半生を送ってないだろ?」 「彼の気持ちが分かったんだよ。辛い気持ちが…」 「辛い気持ち…」 「βにはβの、ΩにはΩの、αにはαのそれぞれの辛い気持ちがあるんだよ。それを理解しちゃったから…」 「あおは優しすぎる」 「そうかもしれないね」 「そうかも、じゃなくて、そうなんだ」 「彼、会社も辞めたって言ってたし、これからの方が大変だと思うんだよ」 「そうだな」 「これからの彼に期待して、僕は示談に応じたってのもあるんだ」 「あおがそれでいいなら、俺はそれでいいよ」 「ありがと、いち」 そっと繋いだ蒼の手は緊張していたからか、まだ冷たいままだった。

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