28 / 50

第28話

side蒼 忘年会から半年が過ぎた。 あの寒さが身に凍みる冬から暑さで身が焼けそうな初夏になっていた。 あれから僕は在宅でできる仕事を始めた。 一縷は仕事なんてしなくていいと言ってくれたけど、さすがに一縷ばかりに経済的な負担をかけさせたくなかった。 一縷の収入からすれば微々たるものではあるけれど…。 それから、出かける時は常に一縷と一緒でないと出かけられなくなった。 一人での外出が怖くなってしまった。 なるべく一人で行動しなくて済むように一縷も気を遣ってくれているようだった。 優しい一縷らしかった。 そんな一縷がキス以上のことをしなくなった。 手を繋ぐことしかしてくれなくなった。 最初のうちは僕が忘年会で傷ついているからなるべく性的な接触をしないようにしてくれているんだと思った。 だけど、気付いた時には全然性的な接触がなくなっていた。 正直一縷に抱かれたかった。 抱かれたくて、いろいろ誘う作戦を取ってみた。 少しエッチなルームウェアを着たり、ベッドに入って隣をポンポン叩いてみたり…。 しかし、一縷は全然乗ってこなかった。 認めたくなかったけど、セックスレスになっていた。 (もう触れてもらえないのかな…) 不安が生まれた。 一度不安が生まれるとどんどん膨らんでいった。 もうすぐ発情期が来る頃だった。 本能に訴えるようなことはしたくなかった。 抗えないのは分かっているから。 だけど、そこまでしてまで抱いてもらいたかった。 四月はじめの暖かな日に僕と一縷宛てに手紙が届いた。 高校時代の友人が結婚するとのこと。 その招待状が届いた。 僕も憧れていたジューンブライド。 乙女チックだと散々周りからは馬鹿にされた。 そんな懐かしい思い出を思い返しているとあっという間に式のある六月になっていた。 朝から着替えたり、準備したりで急いでいると、体中の毛穴がぶわぁっと開くような感じがした。 発情期が来た。 きっと甘い匂いが一縷の鼻にも届いているだろう。 まさか、前から楽しみにしていた今日に来るなんて…。 少し残念に思っていると、部屋のドアがノックされる。 一縷だ。 (さすがに気付くよね…) 「あお、ちょっといいか?」 「いいよ」 一縷が部屋に入ってくる。 今自分がどんな顔をして一縷に見られているのか、それを想像しただけで興奮してくる。 「あお、発情期来てるだろ?」 「突然すぎて、薬飲んだけど間に合わなかった…」 「周期、ずれたのか?」 「うん…いつもより二週間ずれた」 僕のフェロモンは一縷にしか感じ取れない。 だから結婚式に行っても特別何か問題があるわけでもなかった。 「あお、今日の結婚式は欠席した方がいい」 「大丈夫だよ。行くよ」 「そんな顔で行けるのか?」 一縷が鏡を手渡してきた。 そこに映っていたのは、頬を紅潮させて目が潤んでいる僕だった。 そんな僕を見て、一縷も僅かに顔が紅い気がする。 フェロモンのせいではあるけれど、興奮している証拠。 少し嬉しくなった。 (このままいけば、一縷は僕を襲ってくれる!) そう確信していた。 だけど、一縷から出てきた言葉は確信とは異なるものだった。 「奴には俺からあおの分までお祝い伝えておくから、家で待っててくれ」 そう言うと、一縷は足早に部屋から出ようとした。 「…………待って」 一縷の背中にしがみついた。 このまま行かせてなるものか、と一縷を引き留めることに精一杯だった。 「いち、待って」 「ごめん、あお。これ以上あおの部屋にいたら俺何するか分かんないから…」 「何でいちは僕とエッチしてくれなくなったの?」 「それは……」 「忘年会の件で僕が傷ついているから?」 「そうだよ」 「でも、もう半年経ったよ?」 「フラッシュバックとかするかもしれないだろ?そうなったら辛いのはあおだぞ?」 「それでも、キスすらしてくれなくなった…」 「…………そうだな」 「もういちにとって、僕はいらない?」 「そんなことないっ!」 「じゃぁ、何で?」 「あおが傷ついて…」 「そんな理由じゃなくて、ちゃんとした理由言ってよ」 「俺の勝手な欲望であおを傷つけたくなかった。本当はいっぱいギュッてしたいし、キスだってしたいっ!毎日立てなくなるまで、意識吹っ飛ぶまで、声が枯れるまでセックスしたかったっ!でも、それを今したら、あおがまた壊れてしまうんじゃないか。そう思うとあおに触れることすら、怖いと思うようになった。ごめん。俺の勝手な思い込みで、あおを余計に傷つけるようなことにしてしまって……」 やっぱり優しい一縷。 いつも一番に僕のことを考えてくれる。 迷惑かけないようにって思ってても、一縷の方が先に考えてエスコートしてくれる。 僕の自慢の旦那さま。 「それじゃ、次は僕の番ね」 そう言うと、深々と頭を下げた。 「僕も、謝らなきゃいけないの。さっき嘘ついた。周期はずれてない。最近多少ずれることはあったけど、二週間もずれることはないの。薬はわざと飲まなかったの。いちに抱いてもらう口実を作るために…」 さすがに、一縷にばかり真実を話させるわけにはいかない。 僕だって、ちゃんと真実を離さないといけない。 今は本音をぶつけ合わないといつか大変なことが起きる。 そう思った。 だけど、内容が内容だから怖くて、一縷の様子を伺うように恐る恐る頭を上げた。 「ずっと抱かれたかった。いちは僕を愛してるって言ってくれた。その言葉を信じたかったけど、全然抱いてくれなくなって、不安が胸を支配していった。だんだんいちの言葉を信じられなくなってきている自分がいた。それが怖くて、発情期に強制的になら抱いてもらえるんじゃないかって思って薬飲まなかったの。本能に訴えるなんて姑息な手段を選んでしまってごめんなさい」 誠心誠意を見せるために、再び深々と頭を下げた。 「あお、頭上げて?」 優しい一縷の声に、素直に頭を上げた。 「謝るのはお互い様だ。話し合いができてなかったからこんなことになったんだから」 「そうだね」 「本当に抱いても平気なのか?」 「いちに抱かれたいの。お願い」 「分かった。少し待ってろ」 一縷は部屋から出て、携帯を取り出し、どこかに電話をかけ始めた。 気になって、開けたままのドアから顔だけを覗かせて様子を伺った。 「あっ、忙しい所ごめんな。申し訳ないんだが、蒼の体調が良くないから今日の結婚式欠席させてもらえるか?今度飯奢るからさ。突然で本当に申し訳ない。それじゃまたな」 それだけ言って一縷は電話を切った。 「結婚式は二人して欠席。今日は思う存分楽しませてもらうぜ?」 そう言いながら一縷は近づいてきて、腰を抱くと、噛みつくような深いキスをしてきた。

ともだちにシェアしよう!