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第38話
落ち着いたのは、それから数時間後のこと。
午後になっていた。
電車での移動はさすがに困難なので、タクシーを呼んでかかりつけの病院へ直行した。
Ωは内科だろうが、外科だろうが、関係なくΩ専門の総合診療科に受診することとなっている。
多分これはどこの病院も同じことだと思う。
効く薬や症状がαやβとは異なるので、余程の事がない限り、最初はΩ専門の総合診療科に受診する。
受付を済ませ、まずは検査だ。
思い当っているのは一つしかないから、この検査で確定されるはずだ。
諸検査を終え、診察の順番を待合所のソファーで待つ。
さすがにドキドキしてきた。
僕の順番になって呼ばれた診察室に入る。
僕の主治医の先生が待っていた。
『おめでとうございます。ご懐妊されてますよ』
「「えっ!?」」
妊娠の覚悟はしていたけど、やっぱり驚きがあった。
『今は三か月入ったくらいですね。ご出産されますか?』
「はい。もちろんです」
僕は食い気味に回答してしまった。
吐いている間のいろんな考えを払拭する為だ。
大丈夫。
一縷との子供だもの。
産める。
きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせながら、先生のやり取りを終え、病院を後にする。
帰りももちろんタクシーで帰宅した。
体調も朝に比べたら大分よくなってきたから電車で帰ろうと提案したが、心配症な一縷はタクシーで帰ると電車で帰ることを頑なに拒否したのだった。
家に帰ると、さっきまでの威勢のよさはどこへやら、強大な不安が押し寄せてきた。
玄関から足がくっついてしまったように動かなくなってしまった。
「どうした?あお」
「いちは、本当によかった?」
「どういう意味?」
「子供できたけど、産んでいい?」
「もちろんだよ。あおはやっぱり怖い?」
「うん。怖い…」
隠そうと思えば隠せたはず。
だけど、正直に今の気持ちを伝えた。
隠したら隠した分だけ一縷を苦しめることになりそうだったから。
一縷は動けなくなった僕の靴を脱がし、抱きかかえるとリビングのスファーに下ろしてくれた。
話が長くなると予感した一縷は、お茶の用意までしてくれた。
いつの間に用意していたのか分からないけど、ノンカフェインのお茶まで買っていたらしい。
(ちゃっかり者の一縷らしい)
そんなことを思いながら、全部思っている事を一縷にぶつける覚悟を決めた。
セックスの時は覚悟できたけど、いざできてしまって、トイレで吐いている時、どんどん恐怖が膨らんでしまったこと。
先生から妊娠していることを聞かされて、ホッとしている自分とすぐにでも堕ろしてしまいたい衝動に駆られる自分がいたこと。
全然覚悟ができていない自分に嫌悪していること。
そもそも一縷が本当に蒼との子供を欲しがっているのか不安なこと。
途中から自分でもコントロールできない感情が溢れてきてしまって、涙声になりながら話した。
そんな僕を一縷は肩を抱いてちゃんと話を聞いてくれた。
全部ぶつけて、どうしていいか分からなくなった僕は一縷の胸にしがみついた。
「本当にいいのかな?こんな僕だけど、父親になっていいのかな?大丈夫かな?」
自分を肯定することが今はできなくなっていた。
自己否定したくてしているわけではない。
どうしていいか分からない。
こんな感情は初めてだった。
一縷の目を見ることもできなくて、下を向いて泣いた。
すると、一縷が僕の頬を両手で挟み、無理矢理目を合わせてきた。
「あおが産んでくれなきゃ、俺は産む事はできない。俺はあおとの子供だから欲しかったんだ。あお以外の奴との子供はいらない。あおがまだ父親になりたくないなら堕ろしてもいいよ。それを俺が咎める事は絶対にない。あおが産んでもいいって思える時が来たら、また作ればいい。それまで俺、待ってるから」
一縷はαで男。
だから子供は絶対に産めない。
でも、僕はΩで男。
子孫を残す為の種で、産むことができる。
そんな僕を一縷は選んでくれて、子供まで授けてくれた。
僕以外との子供はいらないとまで言ってくれた。
父親になる覚悟ができていないなら今回は堕ろしてもいいとまで言ってくれた。
覚悟ができるまで待つとまでも言ってくれた。
一縷がくれた言葉の全部が僕を救い上げてくれた。
嬉しすぎてボロボロと泣いた。
「いちは、この子のパパになってくれる?」
「もちろん。この子は俺とあおに会うためにあおのお腹に来てくれたんだ」
「こんな僕でもパパになれるかな?いちみたいなしっかりしたパパじゃないけどいいかな?」
「あおが挫けそうな時は俺が支えるから」
「本当に?」
「実際今挫けてるだろ?」
「そうだね。ふふっ。ありがとう。なんだか少し気分が楽になった気がするよ」
「きっとマタニティーブルーって奴だったんだよ」
「男にもそういうのあるのかな?」
「実際今のあおはマタニティーだろ?」
「…そうだね。ありがとう、いち」
心からちゃんと笑えたような気がする。
一縷は僕が欲しいと思っている言葉をいつだってくれる。
そして、僕を救ってくれる。
どんなに辛い所にいても、いつも一縷は助けてくれる。
これからまた同じように落ち込むことが何度もあるはず。
精神的に強くなったつもりだったけど、全然強くなれてなかったみたい。
また落ち込んだりして一縷には迷惑かけてしまうかもしれないけど、お腹の子を産むことができるのは僕しかいないんだから、もっとしっかりしないと。
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