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魅惑のお風呂

   井村と諏訪がひょんなタイミングで告白しあって、付き合い初めて一週間。諏訪が週末に見るDVDを借りに行くというのでレンタルビデオ店周辺でウィンドウショッピングをしながら夕食をどうするか話し合っていた。  そして今日も金曜日の夜。 「井村、き、今日、俺んち来ーへん?」 「そ、それって泊まりってことですよね…?」 「うん、まぁ、そうなるわな」  泊まりって、と井村は一瞬停止する。普通付き合い初めて泊まりとなったらそういう行為を求められてるようなもの。男同士でナニをドウするのかはっきりとは知らない井村でも、体格的なことを考えても自分が下になることだけはわかった。 「俺、その、心の準備とか…」 「……べっ、別にやましいこと考えてへんから! お前は実家通いやからあんまりのんびり喋られへんし、週末にぐらいはゆっくりしたいと思てるだけやから!」 「そ、そんなムキにならんでも……。それなら、泊まらせてもらいます」 「はぁ、こんな家誘うのが緊張するとかないわ……」 「……先週はさらっと誘ってましたよね」 「あれはそんなつもりなかったからやって」 「まぁ、俺もまさか諏訪さんと付き合うとか思ってませんでした」 「俺、男やねんけど、わかってるんやんな?」 「はぁ、どう考えても諏訪さんの方が俺より男らしいし、ちゃんとわかってますよ」  諏訪は何かと臆病なところがあって、もう少し堂々としてくれてもいいのにと思ってしまう。外見は甘いマスクのイケメンでちょっと遊んでそうなのに、このギャップ。これも一種のギャップ萌えなのか、と少し眉尻が下がっている諏訪を見ながら、井村は確かにキュンキュンしていた。 「諏訪さんはその、今まで男の人と付き合ったことあるんですか?」 「あー、ない。好きかなって思ったことがあって、俺ってどっちもいけるんちゃうかなって思ってたぐらい。女とは付き合ったことあるけどな」 「じゃあ、初めてってことっすね」 「そーや。井村で初めて。……これはいっとかなあかんなって。そのぐらい好きやったから」  諏訪の唐突な告白と困ったような笑みに井村は顔が熱くなるのがわかった。 「ストレート過ぎんねん」 「え、なに?」 「なんでもありません! ご飯どうするんですかっ」 「ご飯なぁ、どうしよか。井村が家来てくれるんやったら、鍋でもしよか」 「鍋?!」 「一人暮らしやと野菜が足りひんの。簡単やし。俺料理は無理やし」 「いいですよ。野菜食べましょ。今度は俺が作りますから」  諏訪が急に呆気に取られた顔をする。数秒そのままで、徐々に顔が赤くなってくる。 「そ、それって俺のために作るってこと……? し、しかも作りに来てくれるってことちゃうん…」 「そのつもりですけど、ダメでした?」 「だ、ダメなわけないやんっ。…………くぅ、あかん、ここは我慢やっ……」 「……諏訪さん、駄々もれっす。ほら、材料買ってさっさと諏訪さんち行きましょ」  これ以上ここで話すとなんらかの問題が出てきそうなため、ぶつぶつと言いながら拳を握りしめている諏訪の腕を取って歩き出した。諏訪はイケメンで、目を惹きやすい、とこの一週間で学んだのだ。  食材を買って、諏訪の家についたのはそれから一時間もあとだった。スーパーで買い物中に諏訪の妄想が炸裂し、エプロンまで買うことになったからだった。 「なぁ、ぎゅってしてええ?」 「いいですよ。……俺もしたかったし」 「ぶっ」 「わ、汚なっ」 「ごっ、げほ、ごめん」 「もー」  一番手近にあったティッシュを数枚取り、井村は自分の顔を拭いた。周辺がビール臭くなるが、準備していた野菜たちにはかからなくて済んだようだった。諏訪は井村が拭き終わるのを待って、井村を抱き締めた。 「反則やわ。もーかわいすぎ」 「諏訪さんは俺がかわいく見えるんですか。それこそ男ですけど」 「えー、かわいぃよ。めっちゃガッツリ好み」 「これが好みって、諏訪さんの目を疑います」 「いいの。俺がいいんやから。井村だって俺のことイケメンって言うやん」 「それは基準が違いますから」 「井村は俺がキスしたいって思う顔してるねん。……な、キスしてええ?」  井村は少し俯き加減で小さく頷き、目を瞑って上を向いた。諏訪はこの井村の一連の動きが堪らなく気に入っていて、必ずキスしていいか聞くことにしている。少し頬を紅潮させて、恥ずかしそうにキスを待つ顔が素っ気ない普段の井村からは想像できないから。 「……んっ……ぅ………」  啄むようなキスから深い蕩けるようなキスまでして満足そうに頬を撫でながら離れていく諏訪をとろんとした目でみつめながら、なんでこんなにキスが上手いのかと井村はぼんやりと考えた。この顔から察するに、男とは初めて付き合うから頼りなげなだけで、女性経験は豊富なのかもしれない。井村は後から聞くより今聞くべき、と口を開いた。 「何人ぐらい付き合ったことあるんですか?」 「……どっからどうそうなって、今その質問なん……」 「…………キス上手いから……」 「うっ、まじか。うまいんか。…別に4人しか付き合ったことないし、人数多いからとかちゃうよ」 「そうなんですね。よかった」 「でも井村見てるときもちぃポイントがよくわかるってのもあるやろな」 「え、なにそれ」 「ん、まあ、ええやん。ほら、さっさと肉食お」 「野菜たべるんでしょ」 「そやった。そやった」  汗をかきつつ季節外れの鍋をつついて、ふと目が合った瞬間にキスをして、ポン酢味のキスやな、なんて言う、まったりぬるい時間を過ごした。   「明日はどこ行こか」 「俺は基本的に引きこもりです」 「そうなんや、スポーツ苦手やっけ。なんか一緒にせーへん?」 「考えときます」 「……そら、せーへんってことやん……」 「モチベーション低くてすみません」 「いいけどな。明日はぶらぶらしよか」 「はい」 「そんなら、風呂入ってくる。井村、一緒に入るか?」 「お風呂一緒とか何考えてるんですか」 「背中流しっこ、しょうかなって」 「……流しっこ……いいですけど」 「…………え」 「いいですけどって」  また自分で振っときながらその反応するんか、と井村は少し呆れる。井村も諏訪の裸を見てみたかったりするし、それなりに性欲だってある。 「ホンマに? 裸やで、裸のお付き合いやで」 「好きなの、諏訪さんだけと違うんですよ。俺だって好きなんやから、そんなびっくりせんでもいいでしょ」 「……うん。ごめん。何か、どこまでいいんかよく分らんくて」 「たぶん、大抵の事は大丈夫ですから」 「うん。ほな、一緒に入ろか」  広いとは言っても二人いれば狭い脱衣所で、どちらかが先裸になるのが恥ずかしい、などといった会話になり、最終的に二人で同時に服を脱ぎ始めた。そこで井村は初めて実際に、脱いだらすごいんです、を体験した。 「なんすか、この腹筋」 「え、身体動かすん好きやから、ちまちま筋トレしてキープしとるんよ。テニスやってた時はもっと割れとった」 「俺、もう脱ぎません」 「……あかん。男に二言はあかんで」 「う……」  結局、シャツを剥ぎ取られ、ついでにズボンも降ろされ、もう勢いで井村は風呂場に連れ込まれた。 「さき体洗おか」  そういうが早いか、ボディーソープを泡立てて、諏訪が井村の背中を泡で撫でる。 「ひゃっ、こそばっ」 「へ、変な声ださんとって……」 「変な声って……、すみません」  井村も諏訪の真似をして泡立てると振り返って、お返しという風に胸と腹に泡を付けて擦る。 「わわ、あかんて、こっち向いたら…っ」 「……諏訪さん……反応、」 「仕方ないやん! 井村の裸やで」 「…はい。体洗いましょう」 「おう」  井村も意識しないようにしていたのに、諏訪の半分勃ち上がったそれを見てしまうと気になって仕方がなくなる。そんなときに諏訪の手が胸を掠り、「あっ」と声が出てしまうと、浴室内は気まずい空気でいっぱいになった。しかしその状態で何を思ったか諏訪が井村を抱きしめてくる。 「な、井村、少しだけ、キモチイことしよ」  諏訪は井村に顔を見られたくて抱きしめたまま言ったのだが、耳元で囁かれた井村には堪ったものではなかった。首筋にゾクゾクと痺れを感じて、身体がカッと熱くなる。 「……井村?」  井村は諏訪に少し欲で濡れた瞳で返事を求められて、小さく頷いた。井村も諏訪を抱きしめ返し、諏訪にキスを求める。 「……ぁっ……んっ…ぅ……、諏訪、さ……ふっ…」 「………ん、志信、……雅己って呼んで……」 「…まさき……んんっ……」  裸だからか、口の端から唾がたれようが口の周りがどれだけ濡れようが気にならなかった。無性にお互いを欲し、夢中でお互いを貪りあう。井村が耐えられずに膝を折ると、それを諏訪も追い、風呂場に膝立ちになった。 「志信、反応してる。触ってええか」 「俺も雅己のさわりたい……あっ、……それっ…ん……」 「……志信、一緒にさわろな…」 「んっ、あ、きもちっ……あ……」 「…っ…ん……し、のぶ……」  井村は諏訪の肩に額を押し付けていたが、人の手から与えられるあまりの気持ちよさに崩れ落ちそうになり、お互いの熱から手を離して、諏訪の首にしがみついた。  それが良かったのか悪かったのか、肩口に諏訪の荒く熱を持った息が当たるようになってしまい、びくびくと身体がその度に震えた。それを見て諏訪は満足げに笑い、手の動きを一層早くした。 「……ああっ……まさ、き、…んっんっ……も、もうっ……」 「しのぶ…イク? ……ん……はっ…ぁ……おれも、……」 「……い、いっ…イク………っ――――」 「……くっ、………はっはぁ……」  諏訪は井村の濡れた赤い唇に吸い付きながら、井村の息が整うのを待った。ぼんやりとしたまま井村が誘われるように唇を合わせ、舌を絡ませる。何度も角度を変えて、口づけを堪能する。 「……はぁ、これは、あかん…。ハマりそうや……」 「…………はい……」 「…な、志信。また、しよな?」 「…はい」  井村は内心、新たな扉を開いてしまったことに若干後悔をしていた。性的な行為でこんなに感じたことは初めてで、熱に浮かされたように求めるようなことなどなくて、もう戻れないのだと思い知った。 「どーしたん?」 「え、き、気持ちよすぎて、びっくりしたから……」 「俺も、や。……もっと淡泊やと思ってたのに、自分でもびっくりしてる」 「…もう戻れないかも……」 「ノンケに、ってこと? ちゃんと責任取ったるから、安心し」 「そうしてもらえると助かります。……俺、今度はちゃんと心の準備してきますから」 「…………わ、わかった。俺もしっかり勉強しとくわ」 「それと、明日はランニングでもしに行きましょ。この腹筋悔しい」 「ええよー。これからは志信の服、何着か置いとかなな。それも買いに行こっか」 「はい。お願いします。……じゃ、洗いなおしましょっか」 「おうっ」  結局身体を洗いあう際にまた興奮し始めて、もう一度致してしまい、風呂から上がったのは日付が変わってからだった。

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