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第1話

「"千夜"先生、このあと雑誌のインタビューです。十分後に担当者が来ます」 「わかった」  軽く返事をして、もう冷めたコーヒーを一口飲んだ。パソコンに向かって切りのいいところまで文字を打ち込む。そして最後にペンネームである"千夜"の文字を入れた。  小説家、千夜として活動してまだ三ヶ月。あるコンテストに応募した恋愛物の小説が最優秀賞を受賞。"今読みたい胸キュン小説"で堂々一位を獲得。累計500万部を突破。本屋にもずらりと並んでいる。  そんなわけで人生大きく変わった俺は忙しい日々を送っていた。担当者が来る前に軽く身だしなみを整える。決して高くはない身長、跳ねた癖毛。俺の第一印象は"ぱっとしない奴"だろう。 「先生、担当者の方がいらっしゃいました」 「ん、入ってもいいよ」 「失礼します」  扉が開いて、一人の記者がやって来た。小柄な女性。彼女は俺を目にしたとたん、驚いた顔をする。いつものことだ。呆れながら椅子に座った。 「いくつか質問してもいいですか?」 「はい。あ、俺の個人情報などは記事に載せないで貰えますか?俺が男だとか、容姿がどうとか」 「わかりました。では…………。何故第三の性別、つまりΩやα、βなどがない世界を書こうと思ったのですか?」  この世界には第三の性別と呼ばれるものがある。一般人であるβは人口の八割くらいを占めている。αはβとは違い、エリート気質である。人口の一割程度。Ωはβやαとはかけ離れた存在である。三ヶ月に一度、発情期というものがあり、子孫を残すのに発達した性別だ。  性別によって体質や気質が違う。つまり差別が必然的に生まれてしまう。俺は………。 「αだから偉いとか、Ωだから悪いとか、差別のない世界に憧れているんです。そんな世界なら恋愛だって自由でしょう。性別が違うから、と阻まれることもない」  Ωは特集なフェロモンを発していて、無条件でαを惹き付ける。αに項を噛まれれば"番"が成立して、αとΩはどちらかが死ぬまでお互いになくてはならない存在となる。  あの人がαだから。あの人がΩだから。そんなの必要ない世界に憧れているんだ。 「えっと…………千夜先生は…………」 「俺はβですよ」  β。そう答えて苦笑いをした。αに生まれたかったとは思わない。普通のβでよかった。普通に生活して、普通な人生を送れて、幸せならそれでいいと思った。  いや、そう思っていた。

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