11 / 11
第11話
病院のすぐ隣の薬局に入る。Ω専門の薬局だ。そこにはありとあらゆる種類の"首輪"があった。αに項を噛まれないようにする首輪。 棚に並ぶ首輪を眺める。チョーカータイプのシンプルなもの。目立たないよう工夫されたもの。お洒落にデザインされたもの。本当に様々な種類があった。ふと気になった一つの首輪を手に取る。
「それは革でできたものですよ」
「うわ!?」
いきなり隣から聞こえてきた声に驚く。そこにはいつの間にか、笑顔を浮かべる店員さんがいた。若い男性。首もとには首輪が。この人もΩなんだ。
改めて手に取ったものを見る。黒くてしっかりした首輪だ。けどゴツいわけでもない。シンプルでいて、それでも存在感がある。
「これ、いくらですか?」
「一万五千円です」
「高……………」
けどしょうがないか。番ができるまで、もしくは一生着けているものだから。財布からお札を取り出す。
店員はお会計をしながら口を開いた。
「首輪を買うのは初めてですか?」
「ええ」
「ならお目が高い。かなりいい品なんですよ。僕はここで働かせてもらっている月島です。裏の店のΩ専門のバーのバーテンバーをやってます。もしよければ来てください」
「バー、ですか」
「はい。ご相談やカウンセリングなどもサービスで行っております。何かあればどうぞ」
差し出された名刺には"シークレットマインド 月島佐助"と書かれていた。お店の名前だろうか。シークレットマインド…………秘密の私の心。中々のネーミングセンスだ。
「首輪は着けていかれますか?」
「いえ、持って帰ります」
首もとが広く開いた服をみて、そう答える。ここに首輪なんてたまったものじゃない。ふとそこで電話が鳴る。月島さんに頭を下げて、少し離れて通話ボタンを押した。
「はい」
「あ、千夜先生。お時間いいですか?」
「手短に頼むよ」
通話相手は担当の編集者だった。確か名前は四葉さん。実力派のベテラン編集者だ。少しキンキンする声が好きになれないが、堅実で仕事熱心な女性である。
彼女は珍しく興奮していた。
「あのですね、先生の小説に実写化のお話が来ました!」
「…………本当?」
「はい!もしよければ明日、打合せしませんか?そのまま飲みに行きましょう!」
「あー…………ごめん、今週は無理かな」
「え?何か予定でも?」
「…………えっと、俺、Ωになった」
しん、と静まり返る。息づかいも何も聞こえない。ただ機械音だけが流れていた。と、思ったら。ガッターン、バサバサ、パリーンなど凄い音が。
「だ、大丈夫!?」
「ええ…………ちょっと椅子から落ちてしまって。それよりもΩ!?なら今発情期なんですか!?」
「声が大きいよ」
「でも先生がΩだなんて!最高です。この素晴らしい作品を作ったのがΩだなんて、もっと売れますよ!いえ、ニュースなるかも!」
「え………?」
「先生、しっかり休んでくださいね!ではまた一週間後お会いしましょう!」
一方的に切られる電話。スマホが手から滑り落ちた。俺がΩなら、もっと本が売れる………。Ωだから。俺の実力じゃなくて、Ωだから売れるのか。
彼女に悪気がないことはわかっていた。それでも絶望するには十分で。
「あの、お客様」
月島さんがスマホを拾ってくれる。それをなんとか受け取った。包装してくれた首輪も受け取る。どこか虚ろな声でお礼を言って、外に出た。いつの間にか空はどんよりと曇っていて。
雨のせいにできない涙が頬を伝った。お願いだから雨が降ってほしかった。全部ぼやかして欲しかった。ゆっくりと流れる雲がどうしようもなく憎く思えて。ただ行き場のない悲しみと憎悪が腹の中を駆け巡っていた。
ともだちにシェアしよう!