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特別番外編『チョコレートを君に』2ー完ー

結局、祥悟が気に入ったと言ったチョコレートは全て買い、イベント会場を後にした。 夕食は上の階のレストランに行き、軽く済ませる。 「じゃあな」 店を出ると、そのままあっさり駅に向かおうとする祥悟の腕を、智也は慌てて掴んで 「いや。君にお礼がまだだよ。俺の部屋まで付き合ってくれ。帰りは車で送ってやるから」 「お礼って‍?さっき飯奢ってくれたじゃん」 怪訝な顔をする祥悟をなんとか宥めて、智也は自分のマンションに祥悟を連れて帰った。 あまりスマートな誘い方じゃなかったが、このまま祥悟に帰られたら、折角の計画がおじゃんだ。 「で、お礼ってなに‍?エッチすんの?」 祥悟は心得た様子で、いつものように直接寝室に向かう。 「別にそれが目的じゃない」 智也は祥悟の腕を掴んで、ぐいっと引き寄せると、寝室ではなく、リビングに連れて行った。ソファーに座って寛ぐ祥悟に、珈琲を淹れてテーブルに置き 「どうだった?楽しかったかい?」 「は‍?」 「チョコレートのイベントだよ。君、前に言ってただろう‍? 男1人じゃ行きたくてもなかなか行けないって」 智也の言葉に、祥悟は意表をつかれたような顔をした。祥悟は探るように智也の顔を見てから、にこっと笑顔になり 「あ~言った言った。そういやそんなこと言ってたよな、俺。なに‍? それでおまえ、俺をあそこに誘ってくれたわけ‍?」 祥悟の思いがけない素直な笑顔に、智也の心臓がどきっと跳ねた。いつもの皮肉っぽい斜に構えたような笑顔とは別人だ。 ……ヤバイな。なんだこの無邪気な笑顔。可愛すぎるだろう。 智也は内心の動揺を抑え込み、自分も隣に座って、祥悟の身体をふわっと抱き締めた。 「なんだよ。やっぱりしたいの‍かよ?」 抱き締められて、祥悟はくすくす笑いながら、智也の背中に腕を回す。 「いや。今日は本当にしなくていい。ただ……」 祥悟は顔をあげると、智也の顔を上目遣いに見つめて首を傾げ 「ただ……なに‍?」 「もらってくれ。俺からのチョコレート。あれ全部だ」 祥悟の目が驚きに見開かれた。テーブルの上に置かれた紙袋の山と、智也の顔を見比べる。 「は‍? 意味わかんねえ。だってあれ、おまえの姉貴が……」 「すまない。嘘だ。君にチョコレートを贈ろうと思ったが、どんなものがいいのか分からなくてね」 祥悟は目を見開いたまま、もう1度、紙袋と気まずそうな智也の顔を見比べた。 智也の怒られるのを覚悟しているような顔がなんだか可愛い。 少しの沈黙の後、祥悟がぷっと噴き出した。 「そっか。嘘なのかよ。だよなぁ。なーんかおかしいと思ったんだよね。俺が選んだやつ、おまえ全部買っちゃうし」 「……すまない」 祥悟はふふんっと嬉しそうに笑って、智也の頬を細い指先ですいっと撫でると 「いいよ。貰ってやっても。その代わり……」 「その代わり‍?」 「うん。口移しで食べさせて。あれ、全部」 智也は驚いて 「全部‍?! 今すぐにかい?」 祥悟はくすくすっと笑って 「ばーか。んなわけないじゃん。おまえ、俺を太らせる気かよ。これから俺がここに来た時に、少しずつ、だよ」 ……これから、ここに来た時に少しずつ、か……。 意味深な祥悟の言葉。でも勘違いしてはいけない。この気まぐれな猫は、思ったことをただ口に出しただけだ。その先を期待するのは……まだ早いだろう。智也はほろ苦く微笑んで 「ああ。もちろんだ。じゃあ、今日はどれがいい‍?」 智也は立ち上がるとテーブルに歩いていった。 「シャンパントリュフ」 「わかった」 智也は最初に買った紙袋から、トリュフチョコレートの入った箱を取り出すと、包装を外してチョコを1粒摘んで戻り、祥悟の上にかがみこんだ。チョコを口に咥えて差し出すと、祥悟はくすくす笑いながら顔を近づけて、智也が咥えたチョコに齧り付く。ほろっと口の中でほどけてとろけるトリュフチョコは、少し苦味のある大人の甘さだ。 残り半分も口移しされて、祥悟は幸せそうに口の中で転がしながら、智也の背に腕を回して抱きついた。満足そうな蠱惑的な瞳が、誘うように智也を見つめている。 ……ねえ、祥悟。俺は、君が好きだよ。君の心が、たとえ他に向いていたとしてもね。 智也は、祥悟の唇に優しく口付けた。そのキスはとても甘くて、少しだけ苦い味がした。 ー完ー

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