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揺らめく記憶6

夢を見ているんだな……と自覚しながら夢を見ていた。 淡いもやに包まれているような視界。ふわふわとした浮遊感。 場所は暁のアパートの部屋で、目の前にいるのは雅紀だが、自分の感覚に妙に現実味がない。 雅紀の声も自分が話す声も、どこか遠くの方から、うわんうわんと響いてくるような感じで、はっきりとした言葉として認識出来ない。 ただ、不思議と不安や恐怖はなかった。むしろ優しいものに包まれているような安心感に心が和む。 どうやら自分は、雅紀を抱いているらしい。雅紀は息を飲むほど綺麗な顔をしていて、自分の愛撫に可愛らしく淫らに応えている……気がする。はっきりと見えるわけではないが。 ……俺は、夢の中でまで、雅紀を抱いているのか……。 秋音は思わず苦笑した。 雅紀が可愛いくて、愛おしくてしょうがない。こんなにも彼に夢中になっている自分の感情すら、嬉しくて仕方がない。 他人と距離をとるのが癖になっていた自分は、生まれつき情の薄い人間なのだと思っていた。自分の身のうちから生まれる、他人への深い情。こんなものが自分にも備わっているのだと、気づかせてくれた雅紀という存在。 ふいに、自分のまわりを包んでいた柔らかいもやが、すーっと消えていくのを感じた。 ああ、目が覚めるのか。 夢は終わりなんだな。 名残惜しいような、ほっとするような複雑な思いと同時に、何故かちくっと心が痛くなった。なんだろう。この胸の痛みは……。 目を開けると、焦ったようなまんまるの瞳と目が合った。雅紀だ。何でそんなびっくり目をしているんだ?と内心苦笑しながら 「おはよう」 声をかけると、雅紀は何故か顔を赤くして 「おっ……おはようございます、あきと……さん?」 「どうした?何をそんな慌てて…」 思わず言葉が途切れた。なんだろう。雅紀の纏う空気が……壮絶に色っぽい気がするが……? 潤んだ目。薄く染まった目元。赤い唇。寝乱れた髪。白いだぼだぼのシャツは半分肌蹴て、雅紀は恥じらうように襟元を手で掴んでいる。 それはまるで情事の後のような気だるさがあって……。 「……雅紀……?」 「……っ!俺ちょっとシャワー浴びてき…」 あたふたと布団を抜け出し、立ち上がろうとする雅紀の腕を、掴んでぐいっと引き寄せた。不意打ちにバランスを崩して、雅紀はうわ…っと小さな声をあげて腕の中になだれ込んできた。 「あっごめんなさいっ。痛くない?」 「大丈夫だ。それよりおまえ、どうしたんだ?」 「えっ……別に……何も……っ」 「何もって顔じゃないだろう」 必死にそむけようとする顔をのぞきこみ、秋音はどきっとした。間近で見ると更に色気ダダ漏れで、思わずごくりと唾を飲み込んでしまう艶やかさだ。 ふいに、さっきまで見ていた夢のことを思い出した。もやがかかってはっきりしなかった雅紀の顔や声が、急に鮮明になって、目の前の彼に重なっていく。 「……っ!夢……じゃなかった……のか?」 「え……?」 「俺はもしかして、寝ぼけておまえに何かしたのか?」 「……っ!やっ……あの…」 秋音は慌てて、雅紀の胸元や首筋をのぞきこんだ。肌蹴たシャツの隙間から見える、うっすらと桜色に染まった肌には、案の定、紅い吸い跡が点々としていて……。 秋音が目を見張って見つめているものに気づき、雅紀は青ざめて、シャツを手でかき寄せた。 「あっあのっ秋音さん、これは…っ」 「酷いことはしていないか?痛くなかったか?」 「……へ?」 戸惑う雅紀を、秋音はがばっと抱きしめて 「すまん。夢を見ていたと思っていたんだ。まさか本当におまえに手を出していたとは…」 「え……っ。あき……とさ…」 「俺はまったくどうかしている。まるでさかりのついた獣だな。本当に悪かった……。まさか……無理矢理おまえに挿れたりしていないだろうな?」 焦ったように雅紀の肩を掴んで引き離し、心配そうに眉を寄せてまた顔をのぞきこんでくる秋音に、雅紀は唖然としながら首を横にふった。秋音はほっとした表情になり 「そうか……。良かった。いや、寝ぼけてはいたかもしれないが、俺がこんなことをしたのは、もちろんおまえが好きだから、なんだぞ。そこは勘違いするなよ」 「え、あの、はい……?」 秋音は照れたように笑って目を逸らし 「俺はどうにも、おまえを好き過ぎるらしい。眠っていてもおまえに触れたいなんて重症だ。……軽蔑……するなよ」 雅紀は呆気にとられて秋音に見とれた。勝手に自己完結して照れまくっている秋音が、なんだかめちゃくちゃ可愛い……。 ……じゃなくて、誤解を解いてあげないとっ。寝ぼけたんじゃなくて、これは暁さんが…っ。 雅紀ははたっと我に返り、秋音の顔をのぞきこんで 「ちっ違うからっ。これはあき…」 「いいんだ。もう何も言うな。それより雅紀、おまえがもし嫌じゃないなら…」 秋音は焦ったように雅紀の言葉を遮って、唇にちゅっとキスを落としてから 「続きを……してもいいか?」

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