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第1章 出会いのかけら1
「あーわかったわかった。いいよ、そんな気にすんなって。仕事なんだから仕方ないよ。それよりあんまり無理すんなよ。うん、じゃあまたな」
電話を切ると、雅紀は思わず、ほぉっとため息をついた。
さて。これからどうしよう。
大学の頃からの友人に、久しぶりに食事に誘われた。
金曜の仕事帰り。焼き鳥の旨い店があるからと、家とは逆方向の駅前で待ち合わせ。ドタキャンは正直ムッとしたけど、お互いに仕事のある身だからしょうがない。
明日は休みだし、ゆっくり酒を飲みながら語り明かすつもりだった。他に今から誘えそうな知り合いもいない。
そもそも、気兼ねなく飲んで語り合える友人自体、そう多くはない。
スマホで時間を確認して、もう一度ため息をつくと、さっき出てきたばかりの改札に向かって歩き出した。
時刻表を見上げると、電車の時間まではまだ少しある。煙草でも吸うかと、駅の隣のコンビニの喫煙スペースに行くと、先客がいた。
……あれ……?
煙草を取り出そうとポケットに手を突っ込んだまま、雅紀は固まっていた。
視線は先客の男に釘付けのまま。
……嘘だろ?だってまさかそんな…
目の前に「彼」がいた。
あの頃よりも少し年を重ねた、でも変わらない懐かしい横顔。
けれど、目の前の男があの「彼」ならば、こんな所にいるはずがない。
こんな風に偶然、再会できるなんて。
……まさかな。よく似た他人だよな……?
ようやく呪縛から解けたように、ポケットから煙草とライターを取り出すと、雅紀は煙草をくわえ火をつけた。
気持ちを落ち着かせようと、深く吸い込み、最初のひとくちをゆっくり味わう。
そして、壁にもたれてぼんやりと煙草を吸っている男を、さりげなく観察してみた。
……やっぱり似てる。背格好もそうだけど、あの特徴のある切れ長の目。
普段はきゅーっとつり上がってて冷たそうに見えるのに、笑うと少し目尻がさがって、意外なくらい人懐っこい優しい顔になった。
その笑顔が見たくて、内心ドキドキしながら、慣れない仕事を必死で覚えて、夢中で過ぎていった日々。
今でも時々、あの頃の夢を見て、目が覚めると切なくなる。
「なーあんた、何じろじろ見てんの?」
ふいに、イライラした声が飛んできて、雅紀はハッと我にかえった。
訝しげに眉をひそめた男が、真っ直ぐにこちらを見ている。
……やべっ。何やってんだよ、俺っ。
さりげないつもりで、いつのまにか昔の記憶に浸って、不自然なほど相手の顔を見つめていたらしい。
慌てて、くわえていた煙草を口から離すと、男に向かって頭を下げた。
「す、すみませんっ。昔の知り合いに似てたんで、つい……」
男は、少しの沈黙の後、手元の煙草を灰皿に投げ入れ、ゆっくりと近づいてきた。
店の明かりが逆光になって男の表情は見えないが、不躾な視線に、多分苛立っているのだろう。
まるで金縛りにあったように、少し頭をさげたまま動けないでいる雅紀の顔を、下から覗きこむと、
「ふーん。昔の知り合い、か。あんた、俺のこと知ってるんだ?」
嘲りを含んだその声に、雅紀は弾かれたように顔をあげた。男は口の端をあげてニヤニヤと笑っている。
「あ。あのっ。すみません、人違いでしたっ。じろじろ見ちゃってほんとにすみませんでしたっ」
意地の悪そうなその笑顔は、記憶の彼とはほど遠いけれど、声も良く似てる。真正面から見ると、やっぱり顔もそっくりだ。
でも雅紀は咄嗟にそう叫ぶと、もう一度ペコリと頭をさげ、踵を返して男から離れようとした。
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