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出会いのかけら2
「ちょっと待てよ」
男の声に一瞬迷って、足を止める。でも、ちょっと見てただけなのに、しつこく絡まれるのなんて御免だ。そう思い直して、また歩き出そうとすると、大きな手が腕を掴んできた。
驚いて思わず振り返ると、男は少し困ったような顔をしていた。
「あのさ、あんた仕事帰りだろ?この辺詳しいのか?」
「え……あの……?」
意外な言葉に戸惑う雅紀に、男はさっきとは別人のような、人好きのする笑顔を見せて
「俺、今ちょっと困ってるんだよね。昔の知り合いに似てるよしみで、助けてくれないかな?」
「……助けるって……?」
あ。こんな風に笑うとやっぱり彼にそっくりだな。
男の笑顔にぼんやりとそんな事を思いながら、無意識に返事をしていた。
「知人と待ち合わせしてたんだけどね。どうやら待ちぼうけみたいなんだよね」
「はあ」
「2時間も待たされて、腹は減ってくるし寒いしさ」
「はあ」
「初めて来た街だし、店なんか全然知らないし」
「あ、そうなんですか」
「美味いもの食わせる店、知ってたら案内してくれない?」
「はあ……え?はい?」
「頼むよ」
男は、空いている方の手を顔の前に持っていき、おどけたように拝んでみせる。
「え?……俺が?」
「そ。あんたが。あーええと、あんた名前なんていうの?」
「え?……ま……まさき」
「あーまさきね。よろしく。俺はあきら」
「あ。あき……ら……さん……?」
「そ。あきら。んじゃ行こうか」
「え? ええ!? あのっ」
男は一方的に話を進め、商談成立っとばかりに、にっこり笑うと、掴んだ腕を離さないまま、駅とは反対方向に歩き出した。
「ちょっちょっと待っ……」
「そういえばさ。今日待ち合わせてたやつが言ってたんだよね。焼き鳥が美味い店があるって。知ってる?」
「焼き鳥? あー……」
「おっやっぱり知ってるんだ? 有名なんだな。で、何て店だっけ?」
「あの。たしか……『もじ丸』?」
「そーそーそれだよ。あ、駅から近い?」
「10分ぐらい……歩くって友達が」
「あれ? もしかして、まさきも初めて行く店?」
さりげなく呼び捨てされた自分の名前。腕は掴まれたままで、息がかかるほどの至近距離にある「彼」の顔。
胸の奥がなんだか苦しい。どうしたんだろ、俺……?
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