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第2章 ひとかけら1

友人に教えられた道順を辿ると、10分ほど歩いた場所に、その店はあった。 大手の居酒屋チェーンみたいな派手な電飾看板はなく、表通りから一本細い路地に入って突き当たり。いやにまるっこい字で、一枚板に堂々と筆書きされた看板が、店の入り口脇にドンっと置かれている。 「『もじ丸』……ね。たしかに丸い文字だよな」 変なとこに感心して、ニヤニヤしている男の手は、まだ雅紀の腕を掴んだままだ。 口を挟む余地もなく話しかけられながら、半ば引きずられるように、ここまで来た。 店は見つかったんだし、これで役目は終わりだろう。 雅紀は掴まれた腕をねじるようにして男の手を引き剥がしながら 「よかったですね。お店、見つかって。じゃ、俺はこれで」 ようやく離れた手にホッとして、ペコリと一礼すると、入ってきた路地を戻り始める。 「おいおいおい。それはないだろー」 あきらと名乗った男は、慌てた様子で追いかけてきて、今までとは反対の腕に自分の腕をガッシリと絡ませた。 「は? あ、あの」 いわゆる恋人同士がやるような腕組みだ。さっきより顔が近い。雅紀はドギマギしながら、あきらを睨みあげ 「あのっ離してください。お店、案内しましたよね? もういいでしょ? 困ってないですよね? 俺、帰るんで」 自分の腕を引き抜きながら後退ると、あきらは大きなため息をついて 「まだ困ってるよー俺。初めての店なのに1人で入るとか、苦手なんだよね。まさき、飯まだだろ?せっかくだから付き合ってよ」 「やっ……いや、でも、俺」 あきらは抜かれた腕を雅紀の背中に回し、さりげなく肩を抱きながら 「おっほらっいい匂い。あのタレの匂い好きなんだよな~。あ、まさきはタレ派? 塩派? 俺は断然タレ派だね。あの匂いだけで飯3杯はいけちゃうかな」     パシパシと肩や背中を押しながら、店の入り口の引き戸を開け、先に雅紀の体を店の中に押し入れた。   「いらっしゃいませ」 雅紀の目の前には、穏やかな笑顔の老婦人が立っていて……。 「いや、あの、俺は」 「2人なんだけど、いつもの席空いてる?」 「あらごめんなさいね~今日はあそこは空いてないけど、奥の離れがちょうど空いたから、そこ使ってくれる?」 「え、いいの? そりゃラッキー。さ、ほれ行くぞ。離れだと串焼いてるのは見られないけど、静かだから落ち着いて酒も飲めるしな」 「は? ちょっと、え?」 「さあさ、どうぞ。こちらで靴を脱いでくださいね。あ、段差ございますからお気をつけて」 二人がかりで促され、あれよという間に靴を脱いであがらされ、そのまま離れの座敷までたどり着くと 「あ。俺とりあえず生ね、まさきもビールでいいだろ?串は今日のお薦めで」 返事も聞かずに注文し、慣れた様子で上着を脱いで、ネクタイをゆるめながらドカッと座布団に座るあきらに、雅紀は茫然と立ち尽くしていた。 「座れよ」 煙草に火をつけながら、あきらが隣の座布団を目で示す。 雅紀は、はたっと我に返りあきらを見下ろした。 「騙したんだなっ」 「いいから、座れって」     

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