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ひとかけら2

「っ何が初めての店だよっ。あんた常連っぽいじゃないかっ。……っていうか店の場所だって知ってて……いやこの街だって初めて来たって」 「まさき~とりあえず座ろうよ」 あきらは例の人懐こそうな笑顔で雅紀を見上げ、くいくいっと座布団を指差した。 悪びれないその態度が無性にムカついて、こんなヤツにころっと騙されて、のこのこついてきた、自分のお人好しっぷりにも腹が立つ。 「……帰るっ」 「まあ待てって。嘘ついたのは悪かった。この通り謝るっ。だからとにかく座ってくれ」 襖に手をかけて、今にも飛び出そうとしていた雅紀は、あきらの口調の変化にちょっと驚いて振り返った。 「……何、やってんだよ、あんたっ」 あきらは土下座していた。座布団の上にきちんと正座して、深々とさげた頭が畳につきそうなくらいで。 「ちょっ……やめっやめろってそういうのっ」 他人に土下座なんてされたことがない。そんなのドラマの中でしか見たこともない。 いつまでも頭をあげないあきらに、雅紀は焦ってオロオロしながら歩み寄り、 「座るからっ。俺、座りますから、もうやめてっ。頭っ頭あげてくださいって」 言いながら座布団にドスンと音を立てて座り込み 「ね? ほらっ座ったからっ」 バシバシと畳を叩いてみせると、あきらの肩がピクッと震え、そろそろと頭があがった。のぞきこんでる雅紀と目が合う。 「っなんで……」 あきらの目が驚きに見開かれた。 「なんでそんな……泣きそうな顔してるんだよ?」 「へ……?」 あきらの言葉に、雅紀は首を傾げた。今、自分がどんな顔してるかなんて分からない。ただ、何故だか酷く混乱してて、普段より感情的になりすぎているのは自覚していた。 「なんでって……あんたのせいだろ」 「まさき……」 「あんたが訳わかんないから。嘘、ついたり」 「あーうん。悪かった」 「へらへらしてるかと思ったら……土下座なんかしてくるし」 「うん」 「何が本当か嘘かわかんないし。なんで俺こんなとこに……あんたとは会ったばっかりなのに俺、人見知りだし、こんなこと今までなかったし」 「そうか」 「って言うか、あー俺なに言ってんだろ。訳わかんないっ。何かおかしい、こんなのいつもの俺じゃないっ」 「悪かったよ。そんな顔させるつもりじゃなかった。とりあえずさ、まさき」 「な、なに?」 あきらはにっこり微笑んで、襖の方を指差した。 「酒とつまみ、きたみたいだから、まずは乾杯しないか?」 あきらの言葉に慌てて襖の方を見ると、さっきのおかみさんが、串盛りをお盆に乗せて、にこやかに微笑んでいた。

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