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6.鬼課長、結局暴露される②(完)

 土日の休日が終わって(その間俺は悶々として)、週が明けた月曜日。いつもの満員電車に揺られていると乗った駅から二駅先、いつものようにというか出社時間を以前から早めている来栖が、俺を探して人波を掻き分けてきた。 「課長、おはようございます」 「……来栖、おはよう」  会社モードの来栖は俺を『蓮さん』とは呼ばないからホッとして、こっちも会社モードの俺は厳格そうな硬い表情で返事をする。来栖は周りをきょろきょろしてはにっこり笑って、両腕をガラス窓についてまた俺のスペースを作ってくれる。 「今日もあいつはいませんね、良かった」 「お前、これから毎日この電車に乗ってくる気か」 「そりゃあ、」  ふっと耳元に来栖が近づいて、誰にも聞こえないように囁いてくる。 「あなたが他の男に、そういうふうに触れられるのが我慢できないから、仕方がないでしょう?」  おれは咳ばらいをしてぐいっと来栖を押し戻して、それからは大人しくなった来栖と会社最寄り駅まで、二人で揺られていったのだった。 ***  会社に着くとさっさと始業をして、俺たちはそれぞれの仕事をこなしている。仕事の合間に永崎くんが『課長、飲み会の後大丈夫でした? ちゃんとお家まで帰れましたか?』なんて声をかけてきたのに『当たり前だ』と返して『さっすが課長!』という永崎くんの言葉に満足して、腰の痛みも和らいでいるおれは、もう来栖に脅される心配もない俺は、バリバリと仕事をこなした。  しかし、昼休憩にビルのコンビニで弁当を買って帰ってくると、部下たちが集まってざわざわと騒ぎ立てているではないか。その中心には来栖と、もう一人、岩井である。 「なぁ、正直に言えよ来栖ぅ。課長と何があったんだ?」 「何って……あはっ」 「あはっ、じゃねーよ! 俺見たんだぞ。お前と課長が課長のマンションに、飲み会の次の朝に仲睦まじく入っていくところ」 「岩井、あのなぁ……お前って本当に困ったやつだよな」 「俺だって課長のこと狙ってたんだっつうの! 永崎先輩だって……はっきりしろコノっ!!」  岩井が俺を『狙っていた』? 永崎くんだって??? 思って困惑して、弁当を開ける手を止めて珍しく、部下たちの輪に俺は歩み寄る。 「何を騒いでいる、お前たち」 「課長、」  来栖とアイコンタクトをすると、何が分かったのか来栖が頷く。岩井が『課長、どうなんですか!?』と俺に詰め寄ってくるから俺はコホンと咳ばらいをして、隣で不安げにしている永崎くんのこともチラッと見やっては言い訳しようと、 「俺のマンションに、来栖が? そんなわけ、」 「ばれちゃったら仕方ないなぁ!!」 「!!?」  さっきの頷きはいったい何だったのか。来栖は『いやー』と頭に手を当てて、照れたような仕草で皆に注目されながら、岩井とみんなの疑問に答え始める。 「あの日……飲み会の後俺たち、二人でお泊りしたんだって! この意味……分かるよな?」 「「「お泊りっっ!!?」」」  岩井、永崎くん含む男女一同が声を上げる。女子の中には『キャーv』と喜んでいるものもいるが、一方の永崎くんは涙目だ。永崎くん、良い部下だと思っていたのにまさか。いいやそれより、 「来栖っ、お前何を言って!?」 「課長もこの際、はっきりしましょうよ。俺のこと、受け入れるって決めたんでしょう?」 「なっ、なななな、来栖……」 「みんなー。俺、課長と『そういう』仲なんで、これからはもう課長のこと狙うのはナシってことで!!」 「っ、」  ぐらっと卒倒しそうになった俺は、来栖の逞しい腕に支えられる。その光景も皆には『できている』証拠のようにに見えたらしく『キャー!』『キャー!?』『うおお!?』と悲鳴と喜びの声がフロア内にまじりあって響く。 「おっと、課長ったら照れちゃってv でもこれで俺たち会社公認ですよ。遠慮なく帰りだって、一緒できますね!」 「おっ、まえ……この、」  こんなことになるんなら、土曜日の朝にこいつにキスなんか、してやるんじゃなかった。結局こんな、明るみに出るんなら、脅されて言うことを聞いてきた意味もなくなったじゃないか。青くなってぶるぶる震えている俺を、永崎くんだけが『大丈夫ですか、課長!?』と心配してくれる。永崎くんが続ける。 「その、本当に? 課長ってば青くなってるけど、本当に来栖くん、課長とそういう仲なの?」 「そうです、永崎先輩には悪いですけど……まあつい最近から」 「ということは、あの日の会議室でのは、痴話喧嘩?」 「まーそんなとこです」 「うぅ、少し寂しいけど、課長。でも、おめでとうございます……」 「永崎くん、これはっ」  といったところで来栖の指に唇を塞がれる。支えられていたのから立ち直されて、来栖は事の経緯を語る。 「それもこれも、俺が課長を、電車で痴漢から助けたことから始まってですね?」 (そこまで言うのか!!?) 「課長って美人だろ? やっぱりそういう輩に狙われやすいんだよ。だから俺が、毎日護ってあげますってことで、それから俺達仲良くなったんだ」 (!!? なんだか美化されているような、) 「そのうち俺が、やっぱりやっぱり課長にぞっこんになっちゃって。土曜日にやっと告白したんだ、そしたら課長も……v」  やっぱり部下たちの悲鳴などでフロアが満ちる。しかし来栖、まあ言わなくていいんだけれど、あらゆる自分の悪な部分を取り除いて、美化したエピソードを語っている。語られても困るからまあ仕方ないが……いや、仕方なくない! 何のために俺は……俺は今まで!! 「ねっ、課長! 俺たちそう、両想いなんでっ……ぶっ!?」  バチーン!! と俺は来栖をぶん殴る。やっぱり、思った通り経験した通り、こいつは腹黒野郎だ!! 「だぁれが、お前と両想いだ! ふざけるな、お前のことなんかもう知るか!!」  そう怒って俺は、その場から駆け去った。俺が去った後、俺と来栖を応援する勢の女子たちに『やだ、生ホモの痴話喧嘩www』と揶揄されて喜ばれているとも知らず、である。おまけに言うとそのあとビルの屋上で屋外で『仲直りセックス』なんてものをやらされることに、今の俺は気が付いていないのだ。ああ本当に、こんな暴露、されるなんて思ってもなかった! 俺の会社での地位は落ちるわけではない様子だけれど、それでも……それも俺は、あんな奴に、ああ落ちるんじゃなかった!! 『モラリティー・アンド・ハラスメント』終わり。

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