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3.
卒業式の後、家へ帰る前に祖母がお世話になっている医療施設に顔を出してから、先生の住むマンションへ向かった。
夜は雨になるでしょうという予報通り、雨が降る前の生暖かい空気を肌に感じながら地下鉄の駅へ向かう道中、もう帰ることのない祖母が僕に残してくれたあの家に、これからは彼と二人で住んでもいいのかもしれないと思った。古い小さな家だけれど、傷んだところは手を入れたり、二人で好きなものをそろえたりしながら。
ドアフォンを鳴らす前に玄関のドアを開けてくれた先生は、「おかえり。早かったね」と微笑み、僕の指先の冷たさに驚くと食事の前に風呂に入るようにとバタバタと準備をしてくれた。
「あの、……一緒に入らない? 先生も」
そう訊くと、いつもの淡い笑顔で「いいよ」と言い、「もう、先生じゃないけどな」。
三学期に入ってからは週末のほとんどをこの部屋で過ごしているけれど、一緒に風呂に入ることはなかった。それと、あの人の前で裸になることも。
大きな胸に背中を預けたまま温かいお湯に浸かっている僕の頬を、先生の指先が撫でる。その指先を両手で包んでそっと唇をつけ、聞いた。
「僕が生まれた時、先生は十八歳だったんでしょ。その頃はもう、誰かとキスしてた?」
ほんの少しだけ水面が動いた。
背後から回された彼の左手が僕のあごをくいと、横へ向かせる。
先生は顔を近づけながら、「こんなふうに?」とだけ言うと、僕にくちびるを押し当て、少しだけ緩んだ上唇と下唇の隙間から舌を滑り込ませた。
そうだよ……、こんなふうに。
卒業式が終わったら、こんなふうにして、先生のものになってしまいたいと思っていた。
ずっとさわりたいと思っていたその身体に思う存分に触れて、くちびるだけじゃなく言葉だけでもなく身体でわかるように確かめたい。いつも僕に優しく触れてくれていた先生が、優しい人じゃなくなっていくところを見たい。
だから、約束したんだ。
それを、ずっとずっと彼は守ってくれた。
あとほんの少し待てば、僕は十八歳になって高校生という鎖も断ち切れ、完全に自由の身になって先生と抱き合える。僕らが何をしても、誰もとがめることはできない。
大きな浴槽の中で、目を閉じてくちびるも舌もすべて委ねたまま、ゆっくりと彼のほうへ身体の向きを変えた。
End
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