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4.なぜか労働
「どうもー、僕はアネサキ。同じ一年生同士、仲良くやろうね」
ニヤニヤメガネ見てたら一気に冷静になって、勝手に握手してきた手をあっさり引く。
「ふうん、その革ジャンいいね。ユーズドだろ? チョコレート色の感じも良いし、豚革かな? ああ違う、馬革かぁ。シルエットもきれいだし、良いものなんじゃない? それにジーンズ、ヤコブ・コーエンだよね。イタリアンデニムなんて渋いな。ああ、このバックパックもイタリアレザーでしょ。エンリーベ? それとも……」
(なんだこのニヤケメガネは。なんか鼻につくぞ)
そんな気分を隠すこともなくメガネ男をにらみつけた。
革ジャンもジーンズもリュックも、全部じいさんが愛用してたもんだ。どこのブランドとか知らねえけど、じいさんが気に入ってたカッコイイ奴ばっかり。じいさんは洒落モンだったからイイもんだったとしてもおかしくないけど、俺はそんなん知らねーっての。
「……なに、あんたもこの部屋?」
知らず低くなっていた声で、にらむ視線のまま聞くと
「違う違う」
手を振ってハハッと笑ったメガネのアネサキは、ちょい肩をすくめて苦笑、てかハリウッド映画みてーなキザっぽい仕草と表情をした。
(うっわー……。なんかむかつく)
出会って三分も経たずに、コイツ嫌いだと判断し、そういう気分を込めまくって睨んでやったのに、まったく気にする様子はない。それもなんか腹立つ。
「僕ちょっと早くココに入っててさ、入寮者に部屋教えたりの仕事やらされてたの」
片手を振りながら目を丸くして、ぐるりと黒目を回す。なんだこの外人みてーなオーバーアクション。
「早くって、1年は今日が入寮できる初日だろ?」
すがめた目でつっこんだが、アネサキはまったく気にしてない様子で「うん、なんだけど」ヘラッと笑い、ひょいと肩すくめ、首をかしげて両手のひらを上に向けた。
「ちょっと事情があってさ、二週間前に入ったんだ」
ずっとニヤニヤ笑ったままだし、仕草とかいちいちムカつくが、妙にきれいな感じの男ではあった。カッコイイつうよりキレイって感じ。色白くて長めの癖毛がツヤツヤで、切れ長の目はちょい瞳が明るくて、唇なんて桜色って感じで、顔だけ見たら女の子にも見える。
身長は俺と同じか少し低いくらい。着てるもんもなんか洒落てて、さっき言ってたのが当たってたとしたらブランドとか詳しいんだろう。いかにもそういうのこだわってそうな金持ちっぽい雰囲気バリバリのカッコしてるし、小綺麗つうか女にモテそうだ。
こんなのがなんで激安のボロ寮にいるんだ? とか思って睨んでたら、いきなり抱きつかれてほっぺ同士が触れる。一瞬固まったら背中をポンポン叩かれ、全力で身体を押して離れた。
「おまえ何すんだよっ!」
「なにって、ハグだろ? 挨拶だよ」
アネサキは目を丸くして口許に笑みを湛えたまま、全く悪びれない顔で見ている。
「あ・い・さ・つ・だあ? ふっざっけん、なっ!」
「なにエキサイトしちゃって。ステイツじゃあ3歳の子供でもする、ただの挨拶だよ?」
「なんだステイツってっ!?」
「United States of America 。つまりUSAね」
やけに流暢な発音で言われたが、さらに鼻についただけで、いけ好かないコトには変わりない。俺はニヤケ顔をあっさり無視してニュウダタケロウに目を戻した。
「あのさ、ニュウダタケロウさん、どういう字なのか想像できないんだけど」
彼は困ったように少し眉を寄せて、尻ポケットから携帯を取りだした。軽く操作して液晶を見せる。なんか慣れてるから、きっと名前のこと良く聞かれるんだな、とか思いつつ見つめた液晶には『丹生田 健朗』と出ていた。
「へえ、これでニュウダって読むのか! つうか良い名前だな! 健やかで朗らか、なんて、親の願いがこもりまくってる」
そう言ったら、丹生田は照れたみたいに目を伏せて、くちもとがちょい動く。
「ありがとう」
これ笑ってんだよね? てかさっきより自然じゃね? ちょい優しい顔なんじゃね?
なんて、脳内が沸騰しそうに興奮した。
(ヤバい、なんか分かんないけどヤバい)
何故か走り出した心臓を丹生田に気づかれないよう、少し目ををそらして「べつに」とか言ってたら、「なにやってる一年」戸口から声がかかった。さっきと別の先輩だ。
「騒がしいぞ。キリキリ片付けしろ。アネサキは玄関へ戻れ」
はーい、と軽い調子で返事したアネサキがさっさと出て行く横で、先輩が言った。
「片付けが終わったら、お前らも玄関へ来い。遊んでられると思うなよ」
「はい」
「……はあい」
返事を聞いて、先輩はすぐ消えた。
どちらからともなく顔を見合わせ、微妙な表情になりながら、言われた通り、荷物の片付けを始める。すると呟くような丹生田の声が聞こえてきた。
「服や本は後回しにした方が良さそうだ」
「そうだな」
二人それぞれ黙々とすぐ使うものだけ出して引き出しなどにしまう。
ベッドに布団を敷き述べてから顔を上げたら、丹生田は既に作業を終えてこっちを見てたから、おもわずニッと笑いかけた。
「玄関に行くんだよな」
「先輩はそう言っていた」
とかぼそっと返されて、なんかカッコつかないなあ俺ら、なんて言いながら玄関へ向かう。階段を降りる途中で待ち構えていたように「待ってたよ~」と言ったのは、さっき俺に指示を出した茶髪の優男、じゃなくてノムラ先輩だ。『ノムラで~す』と書いたデカい名札が胸に張り付いてる。
「まあまあ、まずこっちに来て」
ひらひら招く手に従い、細くて小柄な先輩の前で、二人並んだ。
「つまりね、この寮は定員が225人なんだけど、そのうち一年生が一番多いのね。ざっと百人以上になるわけ。そんで4月1日から5日までの間に一斉に入寮するんだけど、問題は人間だけじゃなくて人数分かける3個とか4個の段ボールや布団もここに来るってコトなんだ」
そう言ってるそばから運送屋が玄関に箱やらなにやら積み上げていく。でっかい先輩は黙って腕組みしてるだけで、ノムラ先輩が伝票にサインしてた。この人が責任者なのかな、とか思いながら見てると、にっこりこっちを見て手を伸ばし、荷物を示した。
「これをいかにスムーズに処理するか、執行部の力量が問われる事業なわけよ。んで、君らみたいに早く入寮してくる奴って、律儀な奴が多いから、そいつらに肉体労働任せちゃうってのが伝統になってるの」
それぞれの箱には大きく名前が書かれている。
『三月二十日以降、入寮日の一日以上前までに到着するよう、それぞれに名前を大書した上で荷物を送付のこと。布団を含めひとり四個まで。個人持ち込みは両手で持ち込める範囲で自由』
そう入寮前に送られてきた書類に書かれていたのだ。
「というわけで、コレ、あっちの和室に運んで。どこに置くかとか、指示に従ってね」
はい、と頷いて、箱を一気に運ぼうと積み上げる。本とか入ってんのかな、すんげえ重いのもあったりして、箱を積み直したりしてると、和室の方から軽い笑い声と朗らかな話し声が聞こえた。
「んじゃあ次はコレ。ヤマザキユウスケ!」
「228!」
うおお、と感嘆するような声。
「すげえ、また当たった」
「まかせてよ~」
自慢げに笑うメガネ男の横顔が、和室の前に見える。そっち見てたらノムラ先輩にポンと背中叩かれた。
「まあ、常に例外はあるけど、君らはキリキリ働く!」
そうなのだ。同じ一年なのに、アネサキは荷物運びする素振りも無い。なんでだ?
すると玄関に新入生が入ってきて、デカい保守の先輩が大声出してビビらせながら名前を聞いた。
どもりながら名前を言った新入生を見てると「ほらほら君、こっちだよ~」なんて言いながら、メガネ男が声をかけ、ヘラヘラと和室に誘導しつつ「は~い、タカハシくん~、カズアキの方、だから235号だよ~」とか言ってる。
「ああ、タカハシが何人かいるんだな」
そう言ったノムラ先輩はニッコリ笑った。
「毎年ああいう要領の良い奴が居るんだよねえ。さっさと部屋割覚えて、案内担当に収まっちゃう奴。一覧表見る必要ないから仕事が早いってんで、ああいう使われ方になる」
クスッと笑いながらノムラ先輩が言った。なんとなく納得いかねえ気分で見てると、肩をポンと叩かれた。
「俺たちも動こう」
低い声、少し笑んだ丹生田の顔に、俺は「そうだな!」と返し、張り切って荷物を持った。丹生田と肩並べて和室に運ぶと、「ちょっと待て」とか言われて荷物持ったまましばらく待たされた。手元のバインダーめくりながら「ああ、三日入寮の奴だな。じゃああっちの奥に積んで」と指示されて従う。入寮日ごとに荷物を分けておくってコトみたいだけど、表を見ながらだと効率は落ちる。
けどたった5日間しか使わない百人分の情報なんて、わざわざ覚えないのは当たり前だ。あのメガネの方がちょっとおかしい。
「なんだよ、なんか釈然としねーよな」
「ひとには向き不向きがある」
ぼそっと丹生田が言った。
「俺には器用なことは出来ない」
「えっと、なんとなくだけどさ、丹生田はそれでイイと思うよ俺」
「…………」
黙って目を覗き込むみたいに見つめられ、なぜか心臓がドキンとした。
「つうか俺ってあんま好きじゃねえの! ああいう要領よく楽しようとする奴!」
「要領が悪いのは、俺が愚鈍だからだ。彼には能力があり、俺には無いと言うことだ」
目を伏せ、低く呟いた丹生田に、俺はニカッと笑ってやった。
「よく分かんねえけどさ、それって悪いことじゃねえんじゃね? 丹生田には丹生田だから出来ることがあんだよ。あんな奴にはぜってーできねえこととかさ!」
丹生田は口をギュッと引き結んで、じっと見てた。
なんかどんどんドキドキしてくるのが不思議だったけど、全然嫌じゃ無くて、ニカッとしたまま見返してた。
(だってあんなメガネより丹生田の方が絶対感じ良いし、絶対に丹生田の方が好きだし)
まだそん時は、自覚なんて無かったんだけど
憧れの大学の憧れの寮に入った初日、俺はこのとき
人生初の一目惚れをしたのだ。
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