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5.寮生活開始!

 十六時頃にようやく解放されたので 「周りになにがあるか見に行こうぜ」  つって誘ったら、丹生田が黙って頷いた。  うひょー、カワイイ~なんて思って浮かれつつ、二人で大学周辺を散歩する。  ATMやコンビニの場所、牛丼屋とかファストフードがあったかと思えば、ジャズ喫茶とか、昭和な感じの喫茶店や飲み屋もいっぱい。仰々しい古本屋なんかもあって、学生街なんだなあ、なんて話しながら二人で歩き回るの、めちゃ楽しかった。  寮に帰ってからは寮内探検。  一階には玄関横に保守担当の部屋があって、例の和室続き間の手前に面会室。さらに進むと総括とか監察とか会計とか自治会室とか施設部とかが並んでる。廊下を反対側に進むと談話室と食堂、そして風呂。十七時からってあったんで、早速「入ろうぜ」と声をかけた。  結構デカい浴槽と洗い場が6つある浴室は、ちょっとした銭湯なみだったけど、二百何十人がいっぺんには入れねえよな、とか思ってると「入浴時間は戦いになりそうだな」なんて丹生田もぼそっと言った。同じこと考えてたっぽい、なんてちょい嬉しくなる。  いや、風呂に誘ったのは汗かいてたからだよ? 段ボールとかずっと運んでたわけだし。  なんだけど当然、風呂だから裸になるわけで、無造作に服脱ぐ丹生田の身体は、腕とか肩とか胸とかムキムキで、腹も割れてて足とかケツとかも筋肉引き締まっててイイ感じで、なんかすげえいいカラダでめちゃカッコいくて、ついつい目が行くけど、股間だけは見ないようにすんのが礼儀ってか、そっからは目そらしてたけど。  つか、なんかついつい見ちまってて、けどそのまんま見てたらなんか下半身がヤバい、いやいやいや、なんでか分かんねえけど、とにかくなるべく見ないようにしたり、とか変な感じの苦労してた。  風呂上がってから食堂行って晩飯。定食の他にもラーメンとか色々ある。んだけど、四月一日から五日まで、新入生メニューとかいうことで、定食Aだったら無料と聞いて、当然定食Aを頼む。飯は大盛り無料でお変わり不可、だけど酢の物と味噌汁がおかわりし放題。メインは焼き魚とニラの卵とじで、なかなか旨い。  丹生田は激大盛りにして貰って、味噌汁三回と酢の物二回おかわりしてた。デカいし一杯食うんだな、とか納得。  んで部屋に戻ると、 「やっほ~」 「じゃねえよ!」  ちゃっかりアネサキが空いてるベッドに座って待ってた。 「つか、なんでいんだよっ」 「だって、つまんないんだよ~。209は誰も来てないし、昨日まで遊んでた先輩、今日はデートだって言うし」 「知るかっ! 一人で寝てろっ」 「まあまあ、とりあえず酒飲まない?」  ぜんぜん気にしてない感じで笑い、しれっと焼酎の瓶を上げて揺らす。芋焼酎とか書いてあって、高い焼酎って感じだ。  つうか! 「未成年だろうが俺ら!」  どっから持って来たんだそんなモン、とか思いつつ、むすっと返したが、「またまた~」アネサキはほんとに全く気にしてない。 「飲んだこと無いとか言う? あるよね?」 「……そりゃ、あるけど」  しぶしぶ言った。つかここでナイとか言うと負けな感じだし。 「俺は無い」  ぼそっと丹生田が言った。  え、と耳を疑う。  だって、フツー友達とちょい飲んだりするよね? 部活とかでもさ、あるよねフツーに? 「マジで!?」  けど声を上げたのは、やけにテンションあげたアネサキだ。 「じゃあ一回飲まなきゃ!」  丹生田は黙って眉寄せてて、気が進まない様子だ。 「いいじゃん、ていうか一緒に飲んでたら色々教えてあげるよ~! 僕って寮生活のexpert(エキスパート)だから、これから絶対役に立つと思うなあ」 「なんだそれ」  押しつけがましく、なんでか無闇に発音イイ英語混じりのアネサキを、素っ気なく撥ね付けたのに、丹生田は表情変えずに「要領ということだろうか」ぼそっと言った。 「そう! 集団生活を快適に過ごすには、ちょっとしたコツがあるわけ! そういうのに僕は詳しいってコトだよ~」 「なるほど。是非聞きたい」  なぜか丹生田が前のめりにいうので、それなら、と納得せざるをえず、飲むことになる。  なのだが、アネサキがグラスは無いかとか紙コップなんてあり得ないとか贅沢なこと騒ぎ出したので、三人で百均に行ってグラスを揃え、コンビニでつまみまで買って、なしくずしに酒盛りが始まった。  けどアネサキの言うことなんて、食堂のおばちゃんに取り入るとおかずが大盛りになるとか、風呂を快適に使う裏ワザとか、寮の備品を使った筋トレとか、どうでもいい下らない話に終始した。なのに丹生田ってばいちいち感心して聞いてるから可愛いぜっ! とかテンション上がって、なんだか盛り上がっちまった。  門限破りを見つからない方法とか言いだしたアネサキに「ココ門限無いだろ!」とかつっこんでも酔っぱらって機嫌良さそうに笑うばかり。  なぜかアネサキは丹生田が気に入ったらしく、「健朗」とか呼んでやたら馴れ馴れしく話しかけてる。 「健朗、デカいよねえ。身長どれくらいあるの?」 「……はっきりしない」 「なにそれ!」  ゲラゲラ笑いながら「なんで身長分からないの!」アネサキが背を叩いても、丹生田が困ったみたいに眉を寄せて呟いた声は酷く真面目だった。 「高校三年の春に身体測定した時の身長なら分かるが、おそらく少し伸びている。正確じゃ無い数値を口に出したくはない」 「へえ!」  面白いことを見つけた、とばかり、アネサキは目を輝かせ「なにそれ、じゃあ正しい数値が分かればいいわけ?」と聞いた。丹生田は「……まあ」なんて言って少し俯いた。耳が赤くなってる。ニヤケメガネがハハッと軽い笑い声を上げた。 「まあってなに!?」  やたらウケてるアネサキを少し睨んだ丹生田は「融通がきかないと思うんだろう」と続け、ふいっと目を逸らしたりして、鼻の横を指先でポリポリかいたりして。 (なんだよそれ! なにそれって照れてんの? なんだよ可愛いなあコイツ!)  こっちも酔いに任せて開放的になってたかもしれない。そんなこと考えて悶えてたら、「じゃあ正確に測ろう!」とアネサキが言い出し、丹生田の胸を押して壁際に立たせた。「なんだ?」とか戸惑う丹生田がまた可愛い、とか思ってたら、胸ポケットから抜いた高そうなボールペンで壁に印つけた。丹生田の頭のてっぺんのとこだ。 (ああ、床からそこまで測れば身長分かる、……てか!) 「おまえなにやってんだよ! 勝手に壁汚すなよ!」 「平気だって~、誰も気にしないって~」  ヘラヘラ笑いながら「藤枝も知りたくない? 健朗の身長」とか聞かれたら、もちろん知りたいので口を閉じる。まあ、ハッキリ言って壁は色々書き込みあるし、天井にも『俺参上!!』とか書いてあったりするから、確かに今更か、と思ったし。  つうわけで二十センチのものさし出したら、丹生田も出してきた。三十センチので、細かい目盛りついてる金属製で、ものものしいやつ。 「なんかスゲエなそれ」 「JIS規格を通っているものだ。ステンレス製で、金属だから気温によって多少の狂いは出るが、ほぼ正確な計測が出来る。設計や物づくりをするうえで、コンマ1レベルの正確さを求められる場面は少なくない。多くは職人の勘などに支えられてきているが、これからは客観的な数字というのも重要になってくるだろう。そういうときに必要になるのが、正確な計測器なんだ」  めっちゃ熱弁! なんかちょい自慢げなんだけど! なんだよ可愛いぞ~! てかそんな長くしゃべるのはじめて見た~! 「分かった~! 健朗って酔っ払うとしゃべるんだね~」  アネサキがそう言って、「そっかぁ~」とか一緒に納得して、酔っ払ってるから笑っちまったら、怒ったみたいに眉寄せてむっつり黙ったのがまた可愛い!  測るならコレを使えと丹生田が主張したんで、三人で、ものっそ真剣に印のところまで測った。百九十二.八センチ! 正確だと思うと微妙な達成感あるぜ。 「良かったねえ健朗、これから自信持って身長言えるよ」  馴れ馴れしく背中叩きながら言ったアネサキに 「……ああ、助かった。ありがとう」  なんてデッカい図体してキリッとした目元少し赤くしながら言ったりして、くそっ! 可愛いなあコイツ! なんて身悶えしそうなのを抑えてぼーっと見てたら、アネサキは機嫌良さそうに笑って丹生田の肩を抱き、上腕とかさわりまくった。そこら辺までは記憶もハッキリしてる。  慣れない酒で酔ったかも。なんかふんわりしてんだけど「離れろ!」とかアネサキを丹生田から引きはがそうとしたような気がする。  その度にアネサキがやたら笑ってたような気もする。  丹生田は困ったみたいに眉寄せて赤い顔してて、可愛いなあコイツ! とかやっぱり思ってた。  ――――ような気がする。  あげくこの部屋で寝ると言い出したアネサキを阻止しようと暴れた、……ような気もする。  結果的にアネサキは勝手に213号で寝て、しかも目が覚めたら丹生田のベッドにいやがった。起きてそれを発見し、断固としてベッドから蹴り落としたのに、寝てるふりしてたらしい奴は、ケロッと笑いながら普通に立ち、なんだコイツ! と、またむかついた。

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