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6.担当の先輩
「お疲れお疲れ! 荷物俺らが運ぶよ?」
思わず大歓迎ムード満々で声を上げた。
玄関先で二人、他の一年もいたけど荷物運び待機してたわけだけど、昨日と今日は同室のもう一人、橋田雅史が来るのを今か今かと待ち構えていたのだ。
少し引き気味になりつつ
「……ああ、どうも」
橋田が答えた、その声は淡々として、表情も変化無し。
初日二日目と連続して部屋に居座り、飲むコトになった姉崎 淳哉 (メガネとかニヤケメガネとか呼んでたら、名乗って漢字まで教えてきた)から、もうひとりの同室の名前を聞き出したのは、これ以上、部屋に居座られてたまるか、と考えたゆえである。
そういったわけで、三日目にしてやっと来てくれたか! と大歓迎したのだが、橋田はなんというか、クールな奴だった。
無愛想ってわけじゃないけど、表情も言うことも淡々としてて、あんまり人に興味が無いみたい。
話しかければちゃんと答えが返ってくるし、話が盛り上がれば普通に参加するんだけど、見えない防御壁がある感じ。気がつくと本読んでて、食事も本を読みながらだし風呂上がりに娯楽室でジュースを飲む時も本読んでた。あれはイカンね。話しかけにくいし。
ともあれ、橋田がそんな感じなので、主に丹生田とばっかしゃべってた。
(つか会話が無くてもなんとなく目が行くってか、見ちゃうってか。どんだけ見ても飽きないってか)
丹生田はぼんやりしててもあくびしてもかっこいい。見てるだけでうっかり顔がにやける。寝起きに寝癖つきまくった状態でTシャツの上から腹をかいてるとこなんて、可愛いすぎて悶え死ぬかと思った。
なんとなくそんな感じで、寮生活はのっけからめちゃハッピーな感じだ。
そんなミラクルな出会いから一週間後の四月七日、入学式前日の朝九時過ぎ。
三人の二年生が213にやってきた。
「今日は入寮オリエンテーションがあるぞ。おまえら集会室分かるか? 俺らが担当なんだから、サボらずにちゃんと行けよ」
いきなり癇に障る高い声で言ったデブメガネの態度がいやに偉そうで、かちんと来て「はぁ?」と声を上げてからゆっくりと傍へ行き、思いっきり見下ろしながら言ってやった。
「なんすか、担当って?」
デブメガネは必要以上に胸そらせて睨む目で見上げてきた。
「一年生が慣れるまで、俺ら二年生が指導するんだ。おまえらは俺らの指導に従うんだ」
より尊大な口調で言う。
(名乗りもしない奴に、なんで従順にならなきゃなんねえの?)
とか思うよね? 当然。
なんで、わざと顔を近づけて低い声を出した。
「……はあーん? 指導ねえ?」
するともう一人、痩せた奴が叩くように肩をついて、身体を離させる。
「はあーん、じゃねえよ。なんだおまえ。ヨロシクオネガイシマスくらい言えねえのか、ああ?」
キツイ目で睨み上げながらイヤミな口調で言った。負けるかと睨み返し、なにか言い返そうとしたところで、逞しい腕が目の前を横切ったのでくちを閉じる。
腕を伸ばした丹生田がチラッとコッチ見て小さく頷いてから、三人へ身体を向け、丁重に頭を下げた。
「先輩、至らない部分もあるかと思いますが、ご指導よろしくお願いします」
三人は少し身を引いて気圧されたような顔になる。だがすぐ痩せがあごを上げて声を張った。
「おう。ちゃんと言うこと聞けよ。……おまえデカイな。なんセンチだ?」
丹生田は真顔で少し背を丸めて言った。
「192.8センチです」
そう答えた丹生田は、ちょっと自慢げだった。
(身長測ったばっかだから正確な数字だしね。んで丹生田って笑うの得意じゃないってか、俺らには自慢げだって分かるけど、にやりとしか見えないかも)
丹生田はデカいし声低いし迫力ある。痩せは虚勢を張るように姿勢を変え、丹生田を見上げた。
「そうか。……あー、なんだ、おまえ部活とか決まってるのか」
「ずっとやってたので剣道部に入ります。もう申し込んできました」
端然とした丹生田の答えに、痩せはそうか、頑張れよ、などと口の中でもごもご言って、しばらく黙った。他の二人も気遣わしげに丹生田を見てる。
橋田や丹生田は不思議そうにしてたけど、俺はなぜなのか分かった。
こんだけデカいってコトは、それだけで保守に入る可能性がある。そのうえ剣道部ってコトはガチだ。伝統的に賢風寮の保守は剣道部と柔道部の部員が多い。言うなれば保守は賢風寮の中の武闘派、ケンカ一番強いってことだ。
保守をやるようになる可能性のある奴と事を構えるのはやばいと思った、てコトじゃんね?
その後も精一杯胸張ってた先輩達三人は「まあ、ちゃんとやってりゃいいんだ」などとくちぐち言いながらそそくさと部屋を出て行った。
「名乗りもしなかったな。指導を仰ぎたい時はどこへ行けば良いのだろう」
三人を見送ったあと呟いた丹生田に、橋田がメガネのブリッジを押し上げながら感心したような声を漏らした。
「丹生田君すごいな。なんか先輩より迫力有ったよ」
「そうか?」
「そうだよ。きみカラダ大きいし、声も低いし、負けてなかった。でもあの人達、感じ悪かったね」
珍しく興味を引かれた顔で言う橋田に顔を向け、丹生田はていねいに教えるような口調になった。
「体育会系の縦社会にはよくあることだが、先輩だというだけで根拠なく威張るタイプはいる。男子寮というのも似たようなものだろう。下手に出ておけばたいがい問題ない」
「それは丹生田君だからなんじゃないかな。僕が言っても、ああはいかない気がする」
会話を聞きながら、ちょい後悔してた。丹生田がうまくやってくれたから良かったけれど、かちんと来て暴走したのはまずかった。団体生活で気にくわない奴がいたとしてもしょうがない、だがこの場面でやったら同室の二人にも迷惑をかけることに、今気がついた。
「丹生田ゴメン」
思わず言って勢いよく頭を下げる。
「いま俺、カッとしてやばかった。おまえが抑えてくれなかったら、なんかやってた。橋田もゴメン」
「え? いや僕は別に…」
戸惑い気味の橋田の声に丹生田の声が重なる。
「いや。藤枝の気持ちは分かる。俺はガキの頃からのあれこれで慣れてるだけだ」
「ちげーって! 俺が短気起こしたらおまえらに迷惑かけただろ? マジ悪い、考え無しだった」
「いや、俺こそ勝手にしゃしゃり出て悪かった。お前の気持ちも考えず……」
慌てたように丹生田が言い、俺も首振って「いやでも……」と言い返す。
「どっちもすごいって」
橋田が呆れたような声で割って入り、俺らの声は途切れた。
「先輩に負けない藤枝君も、落ち着いて対応した丹生田君も、どっちもすごい。それでいいんじゃないかな」
なんて、あくまで淡々としてる橋田の顔を見る。
なんだか他人事みたいに言ってるけどおまえも当事者だろ、と突っ込みたくなる。なんかコイツの方が大物感漂わせてないか? なんて思いながら丹生田を見ると、照れたように笑ってるから思わず笑っちまう、つう、なんだか照れくさい空気になってんだけど、そこにめちゃ冷静な橋田の声。
「それよりオリエンテーションだよ」
それで初めて、結局なんの説明も受けていないことに気づいた。
「あ、そうだ、集会室ってどこだよ?」
「……分からん」
「入寮許可の書類と一緒に、詳細とか書いた冊子を送ってきてたよね?」
橋田が言ったので、三人はそれぞれ自分の荷物をかき混ぜる。
「あったコレだ!」
『賢風寮のご案内』と書かれた小冊子を取り出しページをめくると、二人が寄ってきて覗き込む。
「集会室は二階、そこの廊下反対の奥に行ったとこだ」
「なにか持ってくものあるのかな」
「いや、この冊子だけのようだ」
くちぐちに言い合いながら、ついでに色々調べてみる三人なのであった。
新寮生百数人分のパイプ椅子が並ぶ集会室に213号室の三名が入ったのは十三時の十分ほど前。既に椅子は七割方埋まってた。
中ほどに三人並んで座ると、丹生田が落ち着かなげに周囲を見回したのに誘われるように室内を観察する。
正面壁の高い位置に『入寮オリエンテーション』の張り紙が貼ってある。模造紙を二枚継いだのに手書き。筆字がみょうに達筆だけど手作り感満載だ。
左の窓際には、子供の身長ほどある年代物っぽい振り子時計がどんと鎮座して、その並びに細長い木製の机が壁に沿って並べてある。けど上にも下にも無造作に積まれている雑多ないろいろが今にも崩れそうな状態。いかにも男所帯というか、適当くさいというか、ちょっと整理しろよなって感じだ。だってあの机、けっこうちゃんと造ってある年代物っぽいのに、もったいない。
本物の木が張られている壁は、すすけて灰色ぽくなってる。天井なんてムラだらけの薄茶色で、元の色が分からない。床はPタイルで、ところどころ割れたり剥がれたりしたまま放置されてて、見た目かなり悲惨。
けど俺はわくわくしてた。
じいさんの時代にこの建物はなかったけど、俺が知ってる風聯会の仲間の誰かがココ作ったかも知んなくて、このボロ具合はできたときのままってことだ。ココとか娯楽室って、建設当時のまんま、特に手入ってないんじゃね?
(うああ、ココきれいにしたいなあ。壁磨いて床や天井張り替えとか。だって柱とかイイ感じだし机とかカッコイイぽいし、あの柱時計も磨いて。きっとカッコ良くなる、レトロって感じで)
すると横から「ここ、大丈夫なのか」と少し不安そうな低い声が聞こえた。目をやると、そんな内心を感じさせない無表情の丹生田が少し目を伏せている。
「なんだよ、ボロくてびびった?」
「いや、驚いただけだ」
少しムッとしたみたいに言い返され、こんながっしりした大男が、意外性あるなあ、なんて小さく笑ってたら、橋田が「入ってきたよ」と言った。
丹生田と一緒に正面に目をやると、七人の男がぞろぞろ入って来るところだった。
そのまんま正面に並んだメンバーは背の高さも雰囲気も色々。玄関で仁王立ちになっていた大男や、貧相な茶髪メガネもいる。
「あの人、初日に偉そうだった人だ」
丹生田も頷いてる。橋田はいつも通り、淡々とした様子で黙って前を見てた。
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