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8.丹生田のリクルート

 なんとなく迫力ある先輩達が前のドアから出ていくと、すぐに立ち上がる奴とか出て行こうとする奴とかでざわざわと喧噪が始まって、空気は一気にほぐれた。  なんとなくほう、と息をはき、「俺らも行こうぜ」と二人に声をかけると、丹生田は無言で頷いて、橋田も「そうだね。なんか疲れたかも」なんて言って、それぞれ立ちあがったとき、丹生田が「ぅお」と声を出した。 「ん? どした」 「変な声出さないでよ、丹生田くん」  見ると丹生田は後ろから肩を掴まれていた。丹生田よりデカいヒトが後ろからにゅっと顔を突き出す。 「おまえ、部活は決めたか」  保守の責任者、宇和島先輩だった。  一旦出たあと後ろのドアから入ってきたらしい。すぐに先輩へ向き直り、丹生田はきっちり礼をする。 「剣道部に入りました」  偉丈夫は「そうか」と言ってニヤリとした。 「よし、おまえ保守をやれ」  いきなりの命令に、丹生田は僅かに眉を寄せて黙っている。宇和島は「まあいい」と笑い「部屋は何号だ」と聞いてくる。 「213号です」  丹生田の答えに頷いて「いずれ正式に行くからな」と言って離れると、さっさと出て行った。  気づくと周りから注目を浴びてて、なんだか嬉しくなり 「こいつすげー!」  と騒ぐ。宇和島先輩が登場から注目してた周りの連中も、緊張一気に緩んだ感じで、わっと盛り上がる。 「なんだよ、いきなりリクルートかよ」 「すげえな、おまえなんての?」  なんて、くちぐちに言い始め、丹生田に話しかけてきた。怒ったみたいに見える顔で、実は困ってる丹生田は一発で一年生の有名人になったけど、そんなんで騒いでたら 「こら一年! 早く部屋に戻れ!」  なんつって俺らを集会室から追い出すのは、さっき寮則を配ってた監察の先輩たちだ。廊下には出たんだけど、百何人が一斉に、しゃべりながら、なんでキリキリ動きますって感じじゃなく、もたついてたら、保守の先輩たち(マジでみんなごつくてビビる)によって、ちからづくで追い立てられ、ゆっくりではあるが、廊下から一年が少しずつ消える。3階にも1年が入ってる部屋があるらしく、階段昇ってる奴もいた。  部屋に戻って、思わずニヤニヤしながら「このこの」とか脇腹つついたら、丹生田は身体を捻って逃げつつ「やめろ」と怒ったような声を出した。それも可愛くてにやにやしちまう。 「すごいね。やっぱり丹生田君、目立つから」  橋田も淡々とした口調で言う。 「……目立つか?」  ポツンと呟いた丹生田の顔には戸惑いしかないみたい。自覚無しかよ、と愉快になりつつ言った。 「だっておまえデカイから頭一つ飛び出してるし。しかもガッチリ系だもん。とりあえず目立つって」  丹生田が黙ったまま睨んでくるので「ほら、そんなふうにガン飛ばすしさ」と言ってやると「言われた事が無い」と戸惑ったような声が返った。「迫力あるよね、丹生田君て」と橋田も言うと、無表情のまま僅かに眉を寄せた。 (あれ、なんか気に触った? もしかして傷ついた?)  慌てて言葉を継いだ。 「ていうかさ、いいことじゃん、存在感あるっていうか。そういうことだよ俺らが言いたいのは。な、橋田?」 「そうだよ。僕なんて存在感薄いからさ、羨ましいよ」  橋田が淡々と言った。表情が出ないんで、羨ましがっているように見えないけど。 「俺は目つきが悪いか?」  丹生田が伺うように問うと、橋田はじっと顔を見て、少し間を置いてから首を横に振った。 「悪くないよ。迫力あるのと感じ悪いのとは違う」  真顔で言う橋田の言葉は丹生田を納得させたようだった。僅かに伺うような目をコッチに向ける。 「そうだよ。おまえこれくらいで傷つくなよ。ンなガタイしてガラスハートか?」  ニッと笑って言うと、僅かに刻まれた眉間の皺がようやく消え、小さく頷く。  つか、やっぱこいつって可愛いよなあ、と思い、またにやけてしまうのだった。   *  入寮から一週間経った頃、丹生田は早々にバイトを決めてきた。正門から歩いて五分の牛丼チェーン『牛松屋』。  二十四時間営業だし安いから、受験勉強中食いに行ったことがある。夜食兼気分転換て感じでチャリこいで。ファミレス以外で一番近かったのが牛松屋だった、てのもあるけど。  けど丹生田が接客なんて、なんとなく意外だった。 「バイトしたいと言ったらすぐ面接して、明日来いと言われた」 「牛丼食いに行ったとき?」  黙って頷いた丹生田は「壁に、紙を貼ってるところで」と続けた。 「ああ~、バイト募集ってか~、んで速攻やりたいって言ったんだ?」  丹生田はまた頷く。 「夜は一人にもなるから、接客と調理と、両方やるらしい」 「えっ、夜って、もしかして深夜やんの?」  丹生田は、今度は眉を少し寄せて、うっそりと頷いた。 「大学、と、部活がある。夜働けるバイトが良いと考えていた。それに…近いから」  なーんでか、シラフの丹生田って、こんな感じ。目も伏せててこっち見ないで、照れてんのかな? けどなにに? なんてニヤニヤ思いながら、丹生田の顔を覗き込む。 「んじゃ朝まで?」 「そうなるだろう」 「そっか」  ニッと笑うと、丹生田は少し眉寄せてじっと見返してきた。 「大変そうだけど、丹生田なら酔っ払いとか来て騒いでも平気なんじゃね? きっと店のひともそう思ったんだよ、丹生田なら安心だなって」 「……そうだろうか」 「そうだよ! ガタイ良くて誠実な感じで、任せて大丈夫って思ったんだよ」 「……違うと思う」  なのに丹生田は眉寄せて目を伏せた。 「単なる早い者勝ちだろう」  とかいって背を向け、机に向かってしまう。  こういう時の丹生田が照れてるって分かってきてるから、可愛いなあと思ってにやけちまう。 「意外と行き当たりばったりなんだな」  すると「俺は愚鈍だから」と背中を向けたままの丹生田が、ぼそっと低く言った。 (あ、また言った)  丹生田は自分のことを“愚鈍”という。  いっぺん剣道の道場につきあって、そん時ちょい見たけど、すっげえ敏捷でめちゃカッコ良かったし、七星の理学部ってかなり偏差値高くないと無理なんだよ? (丹生田が愚鈍なら、俺なんてへちゃへちゃじゃん。なんでそういうコト言うかなあ)  と思いながら背中に近寄り、背中や肩や上腕あたりをバンバン叩いた。 「ばっか! なぁ~に言ってンだよっ」 「やめろ」  言いながら丹生田は、さっと身を返して俺の手を抑える。 「ほぉーら、めちゃ機敏じゃん?」  そう言って笑うと、少し目を見開いてから手を離した丹生田は、黙って背を向けた。

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