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21.二日酔い
209の扉が壊れそうな勢いで開く。
「おいっ!」
ニヤケメガネがビックリしたみたいに目とくちを開いてる。
「二日酔いの時って、なに食いたくなる!?」
コイツの笑ってない顔見れたのはちょい快感だけど、それどこじゃない。
「黙ってねーで教えろよっ!」
怒鳴りつけると、「え、しじみ汁、とかミネストローネ?」目を丸くして言った姉崎に「しじみって味噌汁か!?」またも怒鳴ったら、一瞬ポカンとしたくせに「あ~~、そっか!」と声を上げ、いつもの馬鹿にした感じでニッと笑った。
「な~に」
なんか言い出す前にクルッと背を向け、部屋を飛び出た。
「健朗が二日酔いなわけ~?」
背中に聞こえた声は無視だ。
答えてなんてやらねーよバカ、それどこじゃねーんだよ、うっせーんだよ!
廊下を走り、階段を駆け下り、寮を飛び出して一番近いコンビニに飛び込み、最速で買い物を終えるとまた走る。全速力で寮まで戻って、靴も脱ぎっぱなしで階段を駆け上がった。全身から汗が噴き出したのも放置で、213まで早足で向かいドアを開ける。
気をつけで寝てる姿を認め、「よし」なんて呟いて、今度は炊事場へ行った。お湯沸かしたり鍋にレトルトぶち込んだりしてたら、通りすがりに「ガチャガチャうるせー」「備品壊すなよ」とか言われたけど気にせず動く。
まずカップ味噌汁を作って部屋に運び、炊事場に戻るとレトルトがぐつぐつ煮えてた。鍋の湯をバシャーと捨てたら熱湯が跳ねる。
「あちあち」
レトルトは熱くなってたが皿とか無いから、とりあえず手に持ってあちあち言いながら部屋に戻る。
「起きろよ丹生田! もう昼だぞ!」
「…………」
顔覗き込むと、丹生田は少し眉寄せて、ちょい目を開く。
「起きたか? のど渇いたか? 腹減ってねーか?」
言いながら顔のぞきこんだら、ぱちぱちとまばたいて、少し開いたくちからフウって息が漏れる。
「ほれ飲め、塩レモンだってよ」
ペットボトルの蓋を開けて差し出すと、腹筋だけでガバッと起きた丹生田は「すまん」と言いつつけっこうな勢いでグビグビ飲んだ。
おお、イイ飲みっぷり。尖った喉仏がグビグビの音と一緒に上下する。首筋の筋肉とかもすんげえキレイで、うああ、と言いそうになるのをなんとか抑えた。ヤバいって煩悩刺激されまくりだっての。
ゆうべ、丹生田はなかなか戻らなかった。なんか気になって眠れずに悶々として、三時過ぎにええい! と風橋さんの部屋に行った。
したらちょいトロンとした目の丹生田が「藤枝」とか言って、風橋さんがちょいホッとして「あ、いいところに」つって。
「もう話は終わってるんだけど、この人しつこくて。連れてってよ」
そんでめっちゃ酒臭い丹生田を「帰るぞっ! ほれ立て!」とかって部屋に連れてったら、もぞもぞ服脱いでベッドに入って速攻寝やがった。
朝、一応起こして聞いたら「寝る」だけ言ってまたすぐ寝たからホッとした。これで朝練行くとか言い出したらヤだなと思ってたから。
メシ食ってガッコ行って、昼戻ってもまだ寝てたけど、声かけて体揺すったら「ううん」とか低く唸って、うああ可愛いぜっとか悶えつつ、ぜってー二日酔いだなと思い、用意したわけだが。
あっという間に500ミリ飲み干した丹生田が、ほう、と息を吐いたので
「しじみ汁もあんぞ。飲むか?」
聞いたら少し笑って頷いた。ずい、としじみ汁のカップを出して、箸も出す。受け取った丹生田はずずずとみそ汁をかっ込んだ。よし、食いっぷりいいじゃん。
「なんか食う? おかゆあっためてきたんだけど、皿とかねーんだ」
「いい」
目だけ上げて丹生田が言う。
「そのままで」
みそ汁飲み干してでっかい手をにゅっと出してきたから、そこにあちあち言いながらレトルト渡す。てっぺん持って受け取って、ビリってやったら少し零れて「…っ」ちょい息つめた。膝に落ちたあちあちのおかゆを手でのけてやる。
「すまん」
そんだけ言って、レトルトにくちつけて食う。やっぱあっちいみてーで、ふうふう言いながら少しずつ食ってる。
つか丹生田っていつもキチンとしてるってか、こういうのって新鮮。ワイルドだぜぇ、てか? ちょい古いわ。
なんて思いつつククッと笑っちまう。
「つかなんでそんな飲んだんだよ。初心者のくせに」
「………………」
いつも通り、丹生田は余計なことを口にしない。けど「風橋さんに、シツコイ言われてたぞ」ニヤニヤ言ってやったら眉寄せて「すまん」きっちり頭下げた。
「いいけど。つか塩レモンまだあんぜ? 3本買ってきたんだ。いる?」
「くれ」
左手にレトルト持ったまま、右手をにゅっと突き出したので、ふた開けたペットボトルを持たせる。
またグビグビ飲み始めた喉仏とか、うっとり眺めてたら
「やっほ~」
聞きたくない声が後ろから聞こえた。瞬速で振り返ると、ニヤケメガネ、姉崎が土鍋乗ったトレイ持って、妙に爽やかに笑ってる。
「二日酔いの健朗にプレゼントだよ~」
くやしいけど、めっちゃイイ匂いするし、ちゃんと小鉢とかレンゲとか用意してあるし、負けた感ぱねえ。
「そんなんどっから持って来たんだよ」
「食堂で作らせてもらったんだよ。おばちゃんと仲良くしとくとメリットでかいんだよね~」
ニコニコ言いながら丹生田のかたわらにトレイ置いた。赤いぞ? なんだ?
「二日良いにはチゲ! コレで汗かいたら酒抜けるし、シャワー浴びたら完全復活間違いなし!」
鍋を見下ろした丹生田が、鼻をクンクンさせてゴクリとつばを飲み込んだ。めっちゃ釘付いてるし。
「作ったのか」
「うん、僕って料理もできるの。自分の才能にビックリしちゃうよね」
「うまそうだ」
なんて言いながらさっそく小鉢によそってハフハフ食い始めた。瞬く間に汗が噴き出す。
ああ~、そっか、そうだよな。こういう方が二日酔いには良いんだよな。姉崎が自慢げでくやしいけど、丹生田ファーストだ。ちっせーコトは気にしない!
「よかったじゃん」
だからニッコリ笑いかけた。丹生田はハフハフ食いながら「うん」なんて言ってる。姉崎の作った鍋だけど食いもんに罪無いし、丹生田は夢中になってるし、これでいい、と思う。むしろ自分に足りないとこがあったんだって気づいたから、もっと頑張る、と思う。
俺は開き直った。
丹生田を好きになっちゃったけど、それって勝手に好きになっちゃっただけで丹生田にヤな思いさせるなんてぜってーヤだから隠し通す。けどその代わり、全力で丹生田を応援する。
(そんで俺にできるめいっぱいやる。愚鈍だとか、そんなことないって教えてやる)
もっと自信持って、もっともっと笑って、楽しいこと一杯にして、もっともっと輝くように。
*
その夜は2回目の深夜勤だった。
やはり時間ギリギリに来た畑田が着替えで消える前に「すみません」と声をかける。
「休憩とか仮眠とか、時間を決めましょう」
「……お、おう」
畑田はやはり目を合わせようとしないが、健朗は淡々と続けた。
「この間は不慣れで至らず申し訳ありません。ですが生活に支障が出ないようにしたいので、協力お願いします」
きっちりと頭を下げて言ったが、畑田は「好きに寝りゃ良いだろ」ぼそっと言った。
「それでは店が」
首だけ上げて顔を見据えると、畑田はキッと眉を寄せ「分かったよ!」と怒鳴った。
「俺が先に寝るから三時になったら起こせ! 休憩は好きにとって良いから!」
カウンターで働くみなや客までこっちを見たが、畑田は気づいていないようだった。
「休憩は何分くらいですか」
先日、畑田は休憩に行くと言って1時間ほど帰ってこなかった。好きにとって良いと言っても、互いに一時間休憩しては、仮眠時間が少なくなる。
「……十、いや十五分だ」
それでは先日の休憩は不当に長かったと言うことか。そう思いながらじっと見つめると、畑田はまた目をそらし「それでいいだろ」ぼそっと言って、奥へ入ってしまった。
「ちょっと、どうしたの」
仕事を教えてくれた高野さんが、そっと声をかけてきた。
「大丈夫です。ありがとうございます」
そう言って健朗はまたきっちりと頭を下げた。
「ちょっとやめてよ。そんな大げさな感じじゃなくていいのよ? バイトの学生さんなんて、みんな適当なんだから」
「……そうなんですか」
みながそうだというなら、自分が間違っているのだろうか。
「あんたはちゃんとやってて感じ良いわよ」
「…………」
少し混乱する。みなとは違うがこれで良いと言うことだろうか。
「なによ、そんな顔して。あんたおっきいし顔コワいんだから、もっとニコニコしなさいよ」
以前店長にも言われていた。
「丹生田君は真面目なんだけど、笑顔が足りないねえ」
笑うのが苦手だなどと、逃げている場合では無いな、と健朗は考えた。これは仕事なのだ。笑うのも仕事のうちだ。
だから健朗的にはめいっぱいニッコリ笑ってみた。すると高野さんはクスクス笑い出した。
「まあ、がんばんなさいよ。じゃあお先です」
そういって奥へ入った高野さんと入れ替えに畑田が出てきたので、健朗はめいっぱいの笑顔をまた作り
「よろしくお願いします」
と言ったのに、畑田は怒ったように目をそらして、「いらっしゃいませーえ」と入って来た客に声をかけた。健朗も(仕事だ)と気を引き締め、「いらっしゃいませ」と声を上げて動き始めた。
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