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27.作戦会議
「……好きではない」
丹生田が呟いてエビ天をぱくっと食った食堂のテーブルで、それぞれが表情を変えた。
姉崎はニヤッと笑い、長谷はポカンとして、小松は真顔でこくんと頷いて、橋田も箸を止めてじっと丹生田を見て、そして俺は無自覚にギラリと目を光らせた。
暴力的な衝動がぐわんと盛り上がって、グーにしたこぶしを突き上げつつ立ち上がる。
「よっしゃ行こうぜっ!」
椅子が倒れてがたんと大きな音を立てた。
「丹生田なめんなってさ!!」
行くしかねーじゃん! 丹生田もその気なんだしさ! あー殴りてー! ちょい暴れねーとおさまらねー感じだっつの!
「うーわ、悪い顔になるねえ、藤枝」
クスクス笑うメガネをにらみつけ「なんだよ」低い声を出すと、笑いながら手をヒラヒラさせた姉崎が「まあまあ」とか言いながら、大きく広げた手で食堂内を示す。釣られて周りを見ると、全員がこっち見てた。
「…………あ」
おもっくそ注目浴びてた。目を戻すと丹生田が目を細めてる。一気に熱がおさまり、やべやべ、と椅子を直し座った。
「ひとりかふたり殴ったって事態は変わらない。色々なめてる奴らに、そうはいかないよって教え込んでやらなきゃ。でしょ、健朗」
「…………」
丹生田は鋭い目をあげて、くちもとだけでニヤリとした。
(うーあ、なんか凄みあるってか、すっげかっこいい~! マジ惚れる。てか惚れてっけど……てか惚れてるってナニ考えてんだよ俺っ!)
頭の中でパニクってたら、姉崎が頬杖ついたまま声を高めた。
「賢風寮生なめられて黙ってられないよねえ、先輩がたも」
がたがたと椅子の動く音。目を向けると数人が食事を中断して立ち、こっちに来る。
にやりと笑ってる保守のリーダー、宇和島先輩はデカいからとにかく目立つ。その少し後ろで口を真一文字にしてコワい顔の峰は同じ一年で柔道部。風橋さんと栃本さんもいる。
「一年。おまえ名前は」
入寮初日に玄関で怒鳴っていた宇和島先輩が、ニヤニヤのまま姉崎に聞いた。
「やだな、覚えてよ先輩。姉崎だよ。姉崎淳哉」
後ろからガシッと姉崎の肩に腕が回る。
「うわ」
姉崎が声を上げ、隣にいる俺にも肘が当たって、おもわず振り返る。唐沢先輩、総括のアタマ、軟派な感じのイケメンがニマニマしてる。
「おまえいいじゃん。なに考えてんのか言ってみろよ」
いつのまにか周りには執行部の面々が集まり、食堂の一部が作戦本部ぽくなった。
「で、どうする」
「そいつぶちのめせば良いのか」
慌てたように顔を上げ、丹生田が言った。
「働いた分の給料を受け取れれば、それで」
それに頷いた姉崎が
「ふうん」
ニッと笑って少し首を傾げ、両手を広げてアピールする。
「でもさ、ただ払ってね、だけじゃつまんないよね。……うん、じゃあ、こんなのはどう?」
なんて、言い出した作戦はこうだ。
深夜、畑田がひとりのタイミングでちょいっと脅し、店長について聞き出す。店長には働いた分の給料を渡すよう話をつける。
自信満々に調子良いこと言ってるけど、そんなのうまくいくんかな。
たかが大学生。人数はいるけど、話をつけるとかできんのかよ? ちょい不安になってくる。丹生田も同じようで、眉を寄せて黙ってる。
けど姉崎は機嫌良さそうに笑いながら続けた。
「深夜勤が畑田ひとりとは限らないから、罪のないバイト君を巻き込まないためにも店を閉めさせちゃった方がいいね」
「閉店させるのか」
「さすがにそれは~。牛松屋無くなると困る人もいるかもだし」
つまり発注した食材を食い尽くして、その日の営業を終わらせる。これは人海戦術を使えば簡単だと姉崎は言った。
「牛丼なんておやつだって連中、たくさんいるでしょ。そいつら順番に行かせれば良いよ。ついでに忙しい思いもしてもらおうよ」
食堂や娯楽室はWiFiが使える。どういうタイミングで連中を投入するか決めるため、橋田がPC持ち込んで情報を検索したが社内情報は見つかない。当然社外秘なのだ。
すると一年の内藤が「ちょいまち」と言って自分のPCを持ってきた。
「2チャンとかにあったりすんだよな~、極秘情報とかさ」
すげーキータッチの早さでコロコロ画面が切り替わる。ほぼ全員なにが起こってるのか分からない中、橋田と内藤だけで「こっちは」「ああ、こっから行けるか」「違うよ、これは別の地域だから」「あ~、だな~」なんて話してて、なんだコイツラな感じで見守ってたら「あった!」内藤が声を上げ、「じゃーん」と画面を見せた。と言われても、ずらずら文字が並んでるだけのスレッド見せられても、みな分からない。
「ココだよココ!」
珍しく声を高めた橋田が指した箇所に書いてあった呟きというか悪態で、発注した食材が届くのは十五時頃。本部が発注締め切るのもその頃ってコトが分かった。
つまり食い尽くし作戦はその後から。
いつのまにか唐沢先輩が電話をかけてたらしく、ビールとか持ったOBもやってきた。弓削 さんと言って去年まで自治会長を二期やったひとなんだって。
「面白そうだな。こっちも食い尽くし作戦に協力してやるよ」
とか言いながらなにげに酒盛りも始まる。
「風聯会から会社に圧力かけられっかもだぜ」
機嫌良くなったらしい弓削さんが言った。
「牛松屋の取引銀行ってどこだ?」
これはすぐ分かった。その銀行にも風聯会メンバーがいるらしい。
「その店長っての、潰しちまうって手もあるぜ」
つか話がどんどんデカくなってんだけど!
「そんなことは望んでません」
周りが勝手に盛り上がってる状態に、丹生田も焦ったらしい。眉寄せて声を出した。
「俺は……順当に給料がもらえれば」
「でも謝罪くらいはねえ、してもらわなきゃダメでしょ」
引き気味の丹生田の肩を抱くように腕を回し、姉崎がニヤニヤの悪い顔して言う。
「べつに……」
「じゃないと同じ事やるよ、そいつ。健朗、これからも罪のないバイトがなめた扱い受けるの放置するの~?」
丹生田は眉をきつく寄せてくちを閉じ、黙ってしまった。
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