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28.作戦決行

 結局、姉崎の作戦は採用された。  予定通り、まず仕事終わりの風聯会メンバーが店へ行き、牛丼食いまくる。OBが一通り食ってから、牛丼はおやつです派がやっぱり食いまくる。  向かいにあるカフェを作戦本部にして、総指揮の姉崎と当事者の丹生田、俺と橋田、そして特別ゲストのオカマさんたち(姉崎が連れてきた)と、そんな皆様の接待要員として優しい太和田さんとイケメン唐沢さんが待機してたんだけど、店長がひとりで帰るのを目撃して、それまでダラケ気味だった空気が一気に重くなった。 「なんだあの店長。一人で深夜やらせんのかよ」  思わず呟いて唇を噛みしめる俺の横で、姉崎は「へえ~」と呟いて笑みを深め、唐沢さんが「はあ、こりゃ参ったね」とため息混じりに言った。太和田さんもため息をつき、橋田はなぜか持ち込んでるタブレットに高速で打ち込み始めてる。  そんで丹生田の顎にグッと力がこもって眉間に深い皺が刻まれた。  つまり、畑田がひとりで深夜勤をやるとは、誰も思っていなかったのだ。 (やばい、空気重くなってる)  なんとかしたくて、「つか!」とりあえずツッコむ。誰にって妙に目ヂカラ増してるニヤケメガネに! 「なんだよそのカッコ!」 「いいでしょ」  嬉しそうに笑ってっけど! そゆことじゃ 「ねえし!」  今日の姉崎はメガネをかけてない。  鮮やかな青のシャツはツヤツヤした生地で大きな襟。ボタン外しまくった下にはラメラメ紫のタンクトップ。そこにペンダントだのネックレスだのキラキラしたモンがジャラジャラ下がってる。黒っぽいジャケットには銀色でデコラな刺繍してあって、耳にもきらっきらのピアス。  ハッキリ言って派手派手だ。 「ンな服どっから持ってきたんだよ」 「プロに借りてきたんだ~」  とか言いながら、姉崎は両手で作ったハートを胸あたりからコッチに向け、ニッコリ笑って少し首を傾げた。髪は前髪を少し垂らして後ろに撫でつけてあり、キレイな顔が強調されてる感じで、コイツってホスト面なんだなとか納得はするけど! 「なんなんだよその演出! こんなカッコする必要あんのか?」 「いけ好かなくチャラい感じ出てる?」 「ンなの無くてもおまえなんていけ好かねーよ!」 「ひっどいなあ」  なんつってたら、とりあえず重い空気は散った。 「つか閉店まで待つ必要ねーだろ! 一人になってんだから!」  そうなのだ。この作戦は、畑田を一人にするためだったんだから。 「もう作戦決行しちまえば!」 「そうだねえ」  なんて感じで出てった姉崎とオカマさんたち(みんな優しかったよ)が過剰演出で畑田をビビらせた後にド迫力の宇和島先輩と強面(こわもて)の峰で尋問タイム。そこら辺のタイミングで俺らも店に入る流れだ。  一喝した宇和島先輩に滅茶苦茶ビビりまくった畑田を見て、先輩が軽く手を振ると、峰が営業中の札を下げ、外の灯りを消した。  ビビらせタイムは終わり、こっから尋問タイムってコトだ。  唐沢先輩と太和田先輩が「んじゃ、行くか」とかさっさと行っちゃって、俺らもこのタイミングで行くんだよな? なんて思いつつ。若干キョドる。 「えっと、俺らも行く?」  あえて聞いたのは、丹生田は立ち会わなくてイイんじゃないかな、とかちょっと思ってたから。  店長がひとりで帰ったあたりから、丹生田の表情が硬くなってた。正直、畑田を殴ってやろうなんて気は消え失せてる。姉崎のせいでコトが大きくなっちまって、引くに引けない感じになっちゃったけど、そもそも丹生田は積極的じゃなかったし、こんなんで被害者でございって顔出すのって、かなり気まずいよな。  だから笑いながら丹生田の肩を叩く。 「ンな奴の顔、見たくねーだろ。あいつらに任せちまえよ」 「……そうだね」  橋田も丹生田をじっと見つめて言った。 「必要事項を聞き出せれば良いんだし、丹生田君は入らなくてもイイと思うよ」  やっぱ橋田も同じ事考えてたんだ。けど丹生田は口を真一文字に閉じて店を睨んで「いや」と唸るように言った。 「……行くべきだろう。俺のことで手間をかけさせているのに、知らぬ顔はできない」  うん、それも分かるよ。丹生田らしいっちゃらしいけどさ。  三人でカフェ出て店に入る。丹生田は一番前をズンズン進む。 「遅かったな、こっち来い」  宇和島先輩がドラ声で呼んだ。緊張してるっぽく、頬とかこわばらせたまま丹生田は前に出たけど、困った顔してる。そりゃそうだよなあ。  椅子に座ってる奴が、丹生田を呆然と見て、はああ、と深いため息をついた。  これが畑田か。  ぼさぼさの髪、丸めた背。疲れた顔してるし、なんか貧相つうか、年はたぶん、そう変わらないんだろうけど、肌とかすすけて目が血走ったみたいに赤いからかな、老けて見える。 「今日はありがとう。行きましょう、送らせてもらいます」  協力頂いたオカマさんたちに唐沢先輩が言うと、チラッと俺らのほう見てから 「唐沢ちゃん優しい!」 「ほんとイケメンよねえ」 「今度お店来なさいよ」  はしゃいだような声を上げ、出て行った。  峰が出入り口のトコに立って腕組みする。 「始めるか」  宇和島先輩が言うと、畑田はチラッと丹生田を見て、ぼそっと呟いた。 「……なに睨んでんだよ」 「ちげーよ、困ってんだ」  ギッと眉を寄せながら言ってやった。 「丹生田は困ったとき、こういう顔になんだよ」 「え……」  畑田が座ったまま戸惑ったような顔で丹生田を見上げる。おもむろに、ゆっくりと深く頭を下げた丹生田に、周りがみんな息を呑む感じで、沈黙が落ちる。  そこに丹生田の低い声が響いた。 「俺のどこが悪かったですか。教えて下さい」 「……全部だよ」  畑田がぼそっと答え、丹生田は顔だけ上げた。ああ、ビックリしてんな。 「その顔! ああもう全部だよっ!」  いきなり声をひっくり返らせて畑田が怒鳴った。 「すぐ睨みやがって!」 「睨んでは……」  丹生田が言いかけたけど、畑田は聞いてない。 「ガタイ良くてイイ大学で、しかも数学だぁ? マジメに仕事しやがって、なに見せつけてんだよ!」  裏返った声が怒鳴り続ける。 「なんなんだよ! なんでも持ってんじゃねえか、おまえなんて! なんでだよ! 死んじまえよ!」 「ま~た面白いこと言ってくれるねえ」  姉崎の冷えた低い声に目を向けると、くちもとは笑ってる形なのに、ああ怒ってんだなって分かる。初めて見たよ。こんな顔もすんだなコイツ。 「つかなんでホストだのオカマだの出てくんだよっ! おまえマジなんなんだよっ!」 「オカマさんたちは特別出演だけど、俺たちは大学生だよ。そこのオッサンぽいリーマンもね」  太和田先輩の声に宇和島先輩が眉寄せて 「おっさんぽいは余計だ」  唸りながら睨む。就活帰りだった宇和島先輩はスーツ着てて、確かにごついリーマンに見えたりする。姉崎がクスクス笑った。 「あのさ、僕らはみんな、けっこう努力して、試験に合格して、初めて七星大学生を名乗ることを許されてる。不当に利益を得てズルイ的な言い方はやめてくれる? ていうか君はいったいどんな努力をしたっていうの」 「おっ、……俺だってっ!」  畑田の声が震えた。 「今ごろは就職決まって、バイトだってやめるはずでっ……!」 「就活失敗したのって健朗のせい? 違うよね」  クスクス笑ってるくせに、姉崎の声は低くて、ひどく冷たい言い方だ。 「毎日毎日深夜で、ひとりでっ! 日中寝るしか無くて、就活なんてできなかったんだよっ!」 「なるほどな。そこからの逆恨みか」  宇和島先輩が言い、畑田がガックリと落とした肩を、太和田先輩が「いつからそんな状態なんだ?」と問いかけながら肩をトントン叩いて落ち着かせる。うん、太和田先輩一番優しそうだからな~、適材適所だ。  そんで畑田はぶちまけ始めた。時々声を荒げたりしながら。

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