36 / 230

35.香川さんとの出会い

 有名な小説投稿サイトを見てみると、驚くほどたくさんの小説があった。  雅史は異常なほど読むのが速い。ゆえに読書に躊躇が無い。  そのときも、なにも考えず、適当に選んでいくつか読んでみた。結構面白いのもあって興味を惹かれ、次なにを読むかと探していて気づいた。 (ふうん、異世界転生ものがいいなら、それでいってみるか)  雅史が作っていた世界は、あくまでファンタジー。現代日本から見ればまさに異世界だ。  そこに現代の高校生が転移する話なら簡単に書けると考え、軽い気持ちで書いた。頭の中でだいたいの構成を組み立て、丸一日かけて書き上げたものを、そのまま投稿してみる。  しかし推敲も読み返しも一切せずに書き上げたようなものが、受け容れられることはなかった。  がっつりディスられたのだ。 『主人公がナニ考えてるか分からない』 『ご都合主義過ぎ』  改めて読み返してみたら、確かに面白くなかった。  主人公は世界を紹介する狂言回しみたいになってて、全然自主的に行動してないし、面白がる様子もとってつけたみたい。けどこの世界はもっともっと深いんだ。もっともっと面白いんだ。  今回は現代人なんて主人公にしちゃったから……  ──────書いてやるよ。もっと深いところを。  自分があまり動じないタイプだという自覚はあった。  身近に大好きな世界を共感できる相手がいなかったから、ひとりで過ごすことが多かったし、本の中に埋没しているとたいていのことがどうでも良くなるからだ。  だがその時、雅史は怒りに燃え上がり、珍しくムキになった。 (僕が作った世界を馬鹿にするな)  反省を踏まえ、イチから構成を組む。世界を紹介する話にはしないで、ある村の少年がちょっとした冒険をする話にして最後までプロット立てた。  世界観もより細密に練り、書き始めてから寝るのも忘れて三日で完成した。ストーリー重視になったが、話を短く完結させるにはキャラを都合良く動かすしかない。今回は世界観をぶれずに示すことが重要なのだ。  しかし今回はしっかり推敲し、誤字や分の齟齬など修正もして、同じサイトに投稿した。  今度はそれなりに評価を受けた。  マイナスじゃ無い感想もたくさん来て、嬉しくなって出版社に勤めてる兄貴にサイトを教えて自慢したら、その日のうちに電話がかかってきた。 「おまえこんなのやってたんだ。すげえな。面白かったぞ」  兄貴はうるさいし面倒だけど、一応出版社勤務に褒められて、雅史は調子に乗った。  今度は長めの話を書き始めたのだ。  主人公を寡黙な剣士にしたのは、考えてることが分からないというなら、そういうキャラにしてしまえば良いと思ったからだ。ついでに最強という設定にして、ダークなイメージでパーティーを組ませる。ミステリアスで冷徹な魔法使い、計算高く手癖の悪い商人兼シーフ、医術を嗜む外道な僧侶。  バトルシーンを多めに入れ、衣食住の描写にも力を入れた。自分の作った世界なら、誰よりもよく分かってる。  ストーリーの流れは大まかに決めてたが、書き始めるとそいつらは勝手に動いた。雅史はどんどんわくわくして来るのを止められなかった。自分が作った世界で、自分が産みだした奴らが生きている。そいつらの行動や言葉から、ストーリーも世界観もますます深まっていく。  雅史は作業に没頭した。学校にいるときでもしょっちゅうアイディアが浮かぶからノートに書いて、帰ってから打ち込む。テスト期間中も書いてる話のことを考え続けるのを止められなかった。サイトに投稿するのすら忘れ、ひたすら書き続けていた。  だって、とても楽しかったから。  いままでもじゅうぶん楽しんでるつもりだった。けどコレは、  ────楽しすぎる。  サイトを教えてから十日ほど経った頃、兄貴に呼び出された雅史は上京し、そこで香川さんを紹介された。 「お兄さんとは仕事で色々お世話してあげてる関係なんだけど」  ライトノベルの編集者なのだと聞かされ、雅史はちょっと緊張した。だが香川さんはニコニコして、プリントアウトした紙を手に言った。 「これ、読ませて貰ったよ。面白かった」  以前UPしたやつ、兄貴に自慢したやつだった。ビックリして兄貴を見たが、ニヤニヤしてるだけだ。 「世界観の構築がスゴイよね。硬い文体も話に合ってる。かなり書き込んでるように見えるんだけど、もしかして、他にも書いてるんじゃない?」 「いえ……まあ」  なにが進んでいるのか分からないまま答えると、香川さんはじっとこっちを見つめながら笑みを深めた。 「雅史君、もう少し君の書いたものを読ませて欲しいんだけど、いいかな」  読んでもらえる。プロの編集者に。  ちょっとテンション上がった。夜は兄貴の部屋でもやるつもりでPCは持って来ていて、移動の車中でも打ち込んでいたので「まだ途中なんですけど」と、書いていたものを開いて見せた。  話はまだ序盤だったが、プロットはしっかり立ててあるので、それも見てもらった。香川さんが手にしている前作より状況描写なんか緻密にやったし、こっちの方が面白いという自信はあった。  しばらく黙って読んでいた香川さんは「いいね」と呟き、ニッコリと笑った。 「ただ、これじゃ長い。外伝ぽく中編くらいの長さで書けないかな」 「え……」  意味が分からず眉寄せた雅史に、香川さんは笑みを深めた。 「この主人公で一本書いて、うちの新人賞に応募してみないか? きっと良い線行くと思う」  半信半疑、夢の中にいる気分で雅史は頷いた。なぜだか心臓が高鳴っていた。  その夜から兄貴の部屋で取りかかり、家に戻って一気に書き上げた。主人公が仲間とはぐれ、ひとりで冒険して仲間の元に戻る話だ。納得いくところまで何度も推敲を重ね、応募した。  その中編は、優秀賞を取った。  大賞や最優秀賞の作品と比べれば扱いは小さかったが、雅史がまだ現役高校生だったことが話題になり、出版されることになった。  当たり前のように担当となった香川さんの助言を受けて作品に手を入れたら、もっと良くなった。さらに設定で見落としていた部分もしっかり固まって、ひとりで考えていては気づかないことがあるのだと雅史は知ったし、いままでよりもっと楽しかった。やって良かったと思った。  それは本になって店頭に置かれ、そこそこ売れて、すぐに三回の短期連載が決まった。短期になったのは受験があったからだ。受験を終えれば、次の連載が始まるコトが決まっていた。  そうして積極的に動いたわけでもないのにデビューしてしまった現役高校生ライトノベル作家は、すでに高校生ではなくなっていたのだが、今度は長編にしようと言った香川さんに、寡黙な剣士の話を最初から書きたいと言うと「いいね、それで行こう」と推してくれた。  もっとも書きたかった世界を惜しみなく描ききるつもりで気合いを入れる雅史に提示されたタスク、それが『恋をしていく過程を書く』で、正直頭を抱えたいような気分になった。  それまでだって、別に自分を万能だと思ってたわけじゃ無い。だけど自分に足りないものがあるということなど、それがなにかなど、考えたことなんて無かった。まして恋愛についてとか、だんだん好きになっていく心理とか、そんなもの想像すらしたことが無かった。  そもそも恋とか恋愛とか、そういうのはよく分からない。  というか女の子ってものが分からない。高校は男子校だったし、兄貴しかいないし、母は一般的じゃ無いし、女子との接点が無かった。  ともかく一回目は世界の紹介的な、さわりの部分だから、まだタスクには手をつけずに書き上げた。  賢風寮に来る前に推敲も済ませ入稿したのは、さすがに入学後は忙しくなるだろうと思ったからだった。

ともだちにシェアしよう!