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48.数は力
一年生が入寮して四ヶ月。夏休みまでは、いわゆるリクルート期間である。
各部会それぞれ、少しでも良い人材を確保しようと、食堂で、浴室で、娯楽室で、あるいはそれぞれサークルや部活などで、イイなと思うと声をかけていく。
とはいえ古くてボロい寮に好感を覚えないタイプは、寮の運営に関わろうとせず、勧誘されても応じない場合が多い。
だが二年になっても寮に残っている者は、ごく少数を除いていずれかの部会にに所属しているのだ。こういう場で上とのパイプがあると無いとでは、やりやすさが違うというのが実情である。
そういうコトを気にしないタイプも常に一定数いるのだが。
そして賢風寮を一年で去る者が多い理由の一つには、この『各部に所属してないと居心地が悪い』という部分もあった。
剣道部、柔道部に所属していれば、当然のように保守が勧誘する。そしてほとんど全てが素直に従う。
既に部活の上下関係ができているから指示に従っている、という部分もある。そして保守に所属することで先々、いろいろと有利になると聞かされるからでもある。それ以外にもガタイが良い奴、声のデカい奴などが勧誘され、賢風寮の保守部員となるメリットについて聞かされ、多くの場合保守に所属することを選ぶ。
食堂担当と総括は独自の基準で厳密に声をかける者を選ぶのだが、それは部外者には知らされない。ただ、このふたつからリクルートを受けた者は、ほぼ百パーセント受けている。
監察と会計は通常、最初のリクルート期間が過ぎ、夏休みを経た後の勧誘となるのが常である。時間をかけてひととなりを見た上で、厳選した者にのみ声をかけるのだ。
とはいえ会計はともかく監察は、自ら門を叩く一年が毎年数人はいる。必ずしも受け入れられるとは限らないが、そこから経過観察を経て所属に至る例もあるし、入寮前に得た情報から目をつけている一年には早い段階で声をかけることもある。
そんな中、最も手当たり次第に声をかけまくるのが施設部である。
学業優先で二百五十人の住まう築四十年超の建物を管理しているのだ。ネット環境を整備した十年前からは別のスキルも必要になっていて、それを維持管理するには多くの人手を必要とする。物理的な修繕箇所は次々出てくるし、今は無理でもスキルを身につけてくれれば自分が楽になる、という理由もあり、他とは違って各員の裁量で声をかけても、誰も文句は言わない。
ゆえに
「え、おまえ自作PCつくったことあんの? んじゃ施設部に来いよ」
「へえ~手先起用じゃん。おまえ施設部に入るべきだよ」
「おお、たくさん持てるね、男らしい! 君は施設部決定だ!」
「ノリ良いなあおまえ! よし、施設部に入れ!」
どんどんリクルートのノリが軽くなっていく。
施設部部長、太和田は、その弊害が出たな、と考えつつ、部室前にたまっている一年生の集団を見ていた。
「おまえが首謀者か」
ため息が出そうになるのを押し殺して言うと、メガネをかけた爽やかな笑顔から
「やだなあ、そんなんじゃないって」
軽いノリの声が返った。
「たださ、僕らの声も聞いてもらいたいなって、そういう主張をしてみただけだよ」
一年の姉崎だ。
目立つ奴だしノリが良いと声をかけたが、なにをやらせても要領良いし、人当たりも良いのでなにかと使われているのは知っていた。そしてサーバー室の保全も、ある二年生が当番を代わって貰ったと聞いている。つまり一年でサーバー室に入ったことがあるのは、たったひとり、コイツだけだったのだ。
「主張だって?」
「そう。だっておかしいでしょ?」
太和田が聞くと、姉崎は目を丸くして大げさに肩をすくめた。
「通信設備なんて今やあって当然、無かったらみんな困るわけじゃない。なのに他の設備といっしょくたにやってるから、こんなことになるんだよ。情報や通信に対するセキュリティ意識が薄いんじゃないかなあ」
「そんなことのために、こんな騒ぎを起こしたのか。言えばイイだろうが」
「言ったけど?」
そう言って姉崎はクスクスと笑い始めた。
「通信設備については別の部会を作るべきだって、僕は言ったよ? なのにそれは施設部で決めることじゃないって言ったのは先輩じゃない。ねえ、あなただってうんざりしてるんじゃないの? なんで施設部ばっかりこんなに負担かかってるんだって思ってたんじゃない? そのせいで他の部会の三倍以上の人数いるわけだし仕事も多い。それをまとめなきゃだもの、部長も大変そうだなあって、僕は思ってたよ」
「……それが主張か」
「まあね、主張したいことの一つだね」
余裕たっぷりの笑顔に、太和田は苦笑を返す。
「ひとつ、か。じゃあ結局なにが言いたいんだ」
「全体集会」
「は?」
「これからの運営方針を全員の意見を吸い上げて改善していく方策が無いって、民主主義的におかしいと思うしね。いまごろ他の部会でも一年生が同じ主張をしてるはずだよ」
ニッと笑った姉崎の目は、眼鏡越しに冷たく光って、そこだけは笑っていないように見えた。
「ねえ、一年生が全員そっぽ向いたら、寮の運営なんてできないでしょう。おとなしく言うこと聞いてるうちに動くべきだと思うんだけど」
本来、執行部の会議は会長の部屋で行われる。
なのだが、現会長である津田、そして副会長乃村の部屋はカオスなので、仕方なくもうひとりの副会長、島津の部屋へ執行部全員と各部の部長が集まり、そこに姉崎、丹生田、標、仙波、峰と、五名の一年もいた。
「つうかなんで藤枝がいねーの?」
こそっと聞いた仙波に、眉を寄せて「帰ってこないんだ」と丹生田が答える。
「え、じゃあ昨日飛び出してそのまんまってことかよ」
うっそりと頷く丹生田。その間も姉崎が朗々と演説をしていた。
いわく、民主主義として個々の意見を運営に反映させる方策が無いのはおかしい。弱者救済に無関心すぎる。旧態依然とした寮則は即刻改善するべきだ。
「なにが弱者だ。俺なんかよりずっと偉そうだぞ」
ため息混じりの太和田に、姉崎は「そりゃ、僕はね」と笑って肩をすくめる。
「でもさあ、なにも言えずにガマンしてるのも少なからずいるみたいだし、そこも言っとかなきゃでしょ」
「まあー、毎年、こういうの言い出す奴っているんだよねー」
津田はそう言ってヘラッと笑った。
「けどここまで大がかりにやったのは初めてだなー。で、首謀者って誰ー?」
「一年の総意だよ」
そう言って「ねえ?」と五名の一年を見回した姉崎は、全員の指が自分に向けられているのに気づき、大げさにのけぞった。
「うっわー、あっさり裏切るなあ」
それを無視して丹生田がくちを開く。
「こいつが考えました。むちゃくちゃなことだとは思いました」
仙波も言った。
「けど作戦が穴だらけで行き当たりばったりだったんで、みんなで手直ししたんです」
「馬鹿馬鹿しいと思いました。でも俺ら全員でやろうと決めたんです。こいつがイカレた脳みそなら、俺らはイカレた筋肉だ。どっちが主か、なんてないです」
峰が続け、津田はウンウンと頷いた。
「そうかー、そういう感じかぁー」
執行部連がそれぞれ苦笑したり眉を寄せたりしながら目を見交わす。
「ちょっと、むちゃくちゃとか穴とか馬鹿とか、褒めてないよね」
「褒められたいのかよ」
「褒めたら伸びる子だよー」
仙波と姉崎が漫才を始めそうな中、標が背中を丸めた姿勢のまま一歩前に出る。上目遣いに先輩たちを見回し、ぼそっと言った。
「まあ、そんなわけで。罪だっていうなら全員ですかね」
会長は声を上げて笑った。
「まあ、まさか一年全員を部屋に閉じ込めとくわけにいかないしなー。保守にそんな人数いないし、風呂困るし、トイレ汚れるしー」
「あくまで奴隷扱いスか」
尖った声を出した峰に宇和島が「当たり前だ!」大声を返した。
「一年は下僕! 4回生を見たら神と思え!」
「……ジョークだよね?」
目つきを厳しくした姉崎が低く聞いたが、乃村がクスクス笑って「さてねえ」と言った。
「あのねえ君、姉崎くん。君らが言ってるようなこと、ここにいるメンツで一度は考えてるし、行動もしてるんだ。つまり問題は僕らじゃ解決できないんだよ」
頷きつつ継いだのは監察の庄山だ。
「寮則を変更しようという動きは過去にも何度かあった。だが|風聯会《ふうれんかい》の承認が受けられなければ、寮則は変えられないのだ」
「なぜですか」
丹生田が低く聞き、仙波が言葉を継ぐ。
「ふうれん……て、つまりOB会ですよね。なんでOBがそんな力持ってんですか。ここって学長でも部外者って……」
すると会計の小山が苦々しげに答えた。
「ここは風聯会の持ち物なんだ」
津田がぼさぼさのアタマをさらに乱しつつ「んー」とくちを開く。
「つまりさー、俺らは風聯会の任命を得てこういう仕事をしてるってだけなんだよねー」
「それにぶっちゃけ、風聯会に睨まれたい奴なんていないだろうよ」
軽い声を上げたのは総括の唐沢だ。
「風聯会メンバーはあらゆる業種にいる。ここで四年間うまくやれば、卒業後そのコネを使えるってわけなんだよ。逆に目をつけられると苦労することになるだろうし、なら四年間ぐらいガマンしようか、とみんな思うってわけでね」
一年は全員目を丸くして声を失った。
「過去の先輩たちが練ったものから、去年俺たちが作ったものまで、総括の部室には新しい寮則の草案はごまんとある。だが今まで、風聯会がそれを受け入れたことは一度も無いのだ」
苦々しげな庄山の声に、姉崎が珍しく気の抜けたような声を漏らす。
「え~? じゃあ要求突きつける相手を間違ったってこと?」
どこか意気込んでいた一年生五名は、無自覚に肩の力を抜いて視線を交わし、どうしたものかと目で会話したが、むろん答えなどすぐ出るものではない。
先輩たちも同情の眼差しで一年生を見つめていた。誰もが口を閉ざし、島津の部屋は静まりかえる。
そのとき、一年には耳慣れた騒々しい音が廊下から響いてきた。
「こっち! だぁ~、足おせーよっ! ホラ早くっ!」
藤枝の声だ。誰かを連れてきているらしい。
心当たりの無い先輩たちが、目つきを険しくして見つめる中、ばあん、とドアが開いた。
「あ、間に合った? なにだいじょぶ?」
汗まみれの、脳天気な藤枝の顔と声に、緊張感が一気に崩れた。が、一瞬後、先輩たちの間に、さっと緊張が走る。
藤枝の後ろから、のっそり顔を出した人物が誰か、彼らは知っていたのだ。
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