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66.変化したこと
2年になると教養の講義が無くなって、みんなそれぞれ講義を取るようになる。
なんで丹生田と一緒に講義を受けることは無くなった。講義後も丹生田は剣道部、俺はマーケティング研があり、寮に戻ったら丹生田は保守、俺は総括の仕事があり……みたいな感じで微妙に時間が合わなくて。昼を一緒に食うことも無く、晩メシも風呂も別々。
その代わりつうか、なんでか不明だけど、朝練の後に原島とメシ食ってた丹生田が、ここんとこ寮で朝メシ食うようになってた。
だから朝メシ時間が貴重な今日この頃。
五月になったばかりのこの朝も、てんこ盛りの大盛りになってるメシに納豆卵をぶっかけて食ってる丹生田と、実は真似して自分も納豆卵にして、向かい合わせでモーニングタイムを満喫中。
「六月に予選? 国体の?」
「ああ」
前は時間ねーって感じでかっ込んでた丹生田だけど、保守部屋の仕事無くなったからか、今は話とかしながらゆっくり食ってる。
「丹生田、出ンの?」
「そのつもりだ」
「おお~、やる気漲ってんじゃん」
朝練前の運動部の奴とかしかいねえ感じの朝の食堂は、けど東向きの窓から太陽照ってて、Tシャツ姿の丹生田の太い首、腕や肩の筋肉なんかが陰影ついてめちゃキレイで惚れる。
いや惚れてるけど。
「ンで夏には全日本か~」
黙々と食いながら、丹生田は小さく頷く。
ガキの頃からライバルだっつう安藤昌也に勝ちたい。その為に丹生田は頑張ってる。
なんたって1年のくせに学生の全日本とかで準優勝しちまうような、すんげえ強い奴で、そいつも目一杯稽古して努力してやってくるわけだし。
「そっか。頑張れよ! てか頑張ってるか!」
ハハッと笑いながら言うと、丹生田は少し目を細める。
「ぜってー応援に行くよ。試合決まったら教えろよな」
「もちろんだ」
揺るぎない低い声に嬉しくなる。
「へへっ」
こういうの、なにげに幸せつうか。ちょい前まで『丹生田不足だぁ~』とか思ってジリジリしてたのが不思議つうか、今はこんなんだけで満足してる。
それに剣道は、マジで頑張れって思ってる。
去年は夏まで保守の仕事とかしてて、剣道に打ち込めてなかった。丹生田はなんも言わないけど、きっと悔いが残ってる。だからその分、今年は目一杯やるつもりなんだろな、てのが分かる。
稽古して勉強して、また稽古して。
部屋に戻ってもストレッチしながら本読んでたりして、一瞬も無駄にしたくねーって頑張ってんの、ビンビン伝わる。木原さんも黙々トレーニングするから322は妙な雰囲気になりがちだけどね。
身体も一回りデカくなった気がする。つっても筋肉増えたってより骨格がデカくなったみたいに見えるんだけど。
ンで頬とかちょいそげて、目つきに迫力増したつか、そんな感じ。
なんかどんどんカッコ良くなってくつか。前からカッコ良かったのにやべーっつか。
近くで見てられんのが嬉しいし、やっぱ一緒の部屋でラッキ!
だって出来ることはある。
丹生田はきれい好きだから、部屋きれいにしとくとか、シーツやなんかも換えといてやるとか、汗拭く濡れタオル用意しとくとか、気に入りのスポーツドリンク渡すとか、しょーもねーことしか出来ねーけど、ンでもちょびっとでも役に立てるわけで。
そんなんで嬉しい、とか言ってんだから、俺ってあいかわらず安いな、とは思うけど。なんか色々開き直って、少しでも丹生田の役に立ちたいって、またそこに戻ってきた、つうか。
朝メシ食い終えると、丹生田はまっすぐ剣道場に行く。時間を無駄にしないよう、全部用意してから食いに来てるのだ。
「いってら~」
なんでロビーで手を振って玄関へ向かうのを見送り、階段へ向かった。
ダダダっと駆け上がって廊下を走り、水場で声かけてくるのに片手だけで答えつつ、バタン! と322に飛び込み、窓に飛びつく。そこにはベッドがあるワケなのだが、ちょい膝だけ乗っけて外を見る。
ここは正面向きの部屋なので、玄関から出てくのを見れるつうか、玄関出てタッタッタ、て軽く走ってく背中が見れちゃうのだ! これ見逃すとかナイでしょう!
つーわけでにやけちまいながらボーッと見送るわけで。
「おい」
すぐ横からかすれ声が聞こえ、「はいぃ」と背筋を伸ばし、正気に戻った。
「毎朝毎朝てめえ……俺の安眠を妨害しやがって……」
窓際のベッド、つまり今いる場所のすぐ脇で、たるそうに身を起こしてアタマをガリガリやってる先輩がこっちを睨んでる。
「うわ~すんません、すまんせん! けど木原さん、そろそろ起きねーと」
「黙れ」
素直に黙る。
木原さんはアマチュアボクサーだ。
俺らのこと色々言ってたけど、目つき怖いし、高めのかすれ声とか、めちゃ迫力あるからね!
背は百七十くらい。痩せて見えるけどバリバリ筋肉ある。そんでいっつもトレーニングしてる。マジでいつ勉強してんのかなってくらい。
「……茶」
「はいっ! ここに!」
木原先輩の持ち込んだミニ冷蔵庫がデスク脇のチェストに乗ってるので、そっからお茶のペットボトルを出し、コップに注いで差し出した。
つまりこの新たな部屋322で、丹生田と木原先輩に奉仕する毎日を送っているのだが、なにげに幸せも感じているのだった。
*
晩メシ食ってる最中から、なし崩しに食堂で始まっちまった総括のミーティングが終わり、「あ~も~、なんなんだよあのひと」ぶつぶつ言いつつ、階段上る。
大熊さんがいい加減すぎに見える。
仕事はちゃんとやってる、てかものすご手早いし仕事めちゃ出来るのは分かってんだけど、いちいちイラッとするツボ突くってか。
真剣な話してるのに手鏡見ながら髪型気にしてばっかだし、なのにちゃんと聞いてて鋭いツッコミとか入れてくるし、あと話をなんでも女の子に結びつけるのやめて欲しい。
なんて思いながらドアを開いて、そこに広がっている光景に、とりあえずイライラは飛んだ。ビックリし過ぎて。
パシパシ
ヒュンヒュン
丹生田が縄跳びしてる。
まっすぐ前をものすごく真剣に睨むみたいに見ながら、黙々と。
その向こう、正面にあるベッドの上で、うつぶせから目一杯顎上げてる木原さん、と、その足おさえて、めちゃ笑顔の姉崎。
「はい、二十回。僕の番だよ」
ヒュン、パシ、ヒュン
「黙って、押さえて、ろっ」
ヒュン、パシ、ヒュン
「ずるいよ~」
ヒュン、パシ、ヒュン
ちょっと異次元みたい、つかココはどこ? な光景。呑み込むまで三瞬くらい呼吸も忘れてたけど、なんとか立ち直り「な!」とりあえず怒鳴る。
「なにやってんだよ、おまえらっ!!」
「背筋だよ~」
笑み満面の姉崎が言い、丹生田がこっち見て「お疲れ」縄跳びやめた。
「おまえら、だと?」
かすれ声で唸るみたいに言われ「だっ、だから丹生田と姉崎!」とか咄嗟に訂正入れる。だって木原さんはいつも鍛えてるもんね。
「じゃなくて! なんなのコレ?」
木原さんは力抜いてベッドに落ちつつ言った。
「つうかコイツラが」
後ろに顔向けて「どけ」と言うと、姉崎は「は~い」木原さんの上からよける。
「縄跳びしてたら乱入して」
はあ、と息を吐きながら木原さんは身を起こし、ベッドに腰掛けると、縄をきちんと結んだ丹生田が「部屋に戻っただけです」と抗議しつつミニ冷蔵庫下のチェストにしまっている。
「コイツが」
木原さんが指さしたのは姉崎だ。
「それは勝手に来たんです」
「あっ、ひどいなあ。僕らの間の熱い友情……」
「そんなものは無い」
にべもなく叩き潰されても、ハハッと笑うだけの姉崎はいつも通りだ。
木原さんはフーと息を吐き、目だけでジロッとコッチ見て「水」と言った。
「あああ、はいっ」
慌ててデスク脇の冷蔵庫へ飛びつき、グラスに注いで差し出す。ガッとグラスつかんで一気に水飲むと、無言でグラス突き出す。そこに水のおかわり注ぐ。
ちなみに冷蔵庫には緑茶と水のペットボトルが常備してあります。コレ持って来たとき、オレ達にも『使って良い』つったけど『ジュースと酒は絶対入れるな!』と言われました。
「コイツしつこい」
しかめ面で姉崎を示し、木原さんは言った。
「だよね!」
ちょい嬉しくなって声上げると、睨むみたいな目つきになって
「おまえが構え」
言ってまたフーと息を吐くと、グラスを置いて、木原さんは出てってしまった。
てかなんとなく分かって来たけど、面倒になると出てっちゃうんだ、きっと。
「つか何があったんだよ」
姉崎がヘラッと笑った。
「だから、健朗と話があって来たんだけど、そしたら縄跳びしてるからさあ。混ぜてもらったっていうか」
「縄跳び? 先に丹生田がやってたの?」
「……教えてもらっていたんだ」
トレーニング大好きな木原さんは、毎日ロードワークつって走ってるし、ジムでもめちゃやってるらしいのに、部屋に戻っても色々やってる。
ちなみにヨガマット的なものが、木原さんのベッド横にあります。
その他にもバランスボールとか、色々あります。
全部木原さんが持ち込みました。
「いやあ、面白かった。じゃあ本来の話……だけど」
姉崎は、言葉を切ってチラッとコッチ見て、ニッとか、意味ありげに笑った。
「じゃあ健朗、ちょっと来なよ」
声をかけ、「じゃあね、藤枝」と手を振って部屋を出て行く。すると丹生田は
「…………」
少しコッチ見て、小さく頷いて
「えっ」
そして姉崎の後を追うように、出ていってしまった。
(俺じゃなくて姉崎と話? え? なんの話? つか……え?)
閉じたドアを見つめつ、無意識に呟いていた。
「……なんで……?」
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