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75.落ち込む

 十六時過ぎ、ひとり322で勉強してたら、いきなりドア開いたんで、まーた勝手に入ってきたなぁ誰だー! と振り向いて、「あれ?」思わず声出た。 「え、稽古は?」  丹生田がいたのだ。  いや、自分の部屋なんだからノックしないの当たり前だけど、講義終わりまっすぐ道場行くんじゃねえの?  なのに丹生田は、少し眉を寄せ、むっすりくち引き結んだまま、じっとこっち見てた。 「どした?」  聞いたらまばたきして、無言のまま自分のベッドへ向かい、ドサリと荷物を置いた。  ベッドに余計なもの置くなんて丹生田らしくない。胸がザワッとする。  ソコにドスッと腰下ろして、背中丸めてるのもらしくない。 「丹生田?」  思わず腰を上げ、自動的に近くへ行ってた。  つっても木原さんの持ち込んだあれこれがあるんで直線では行けないし、あんま近過ぎっとやべえかもだからちょい離れて、デスクに腰乗っけるみたいに立つ。  両手をデスクについて見てると、目を伏せて、はあぁ、とか深い息を吐いたりしてる。  なんかあったんかよ?  胸がザワザワする。  こんな時間に丹生田が帰ってくるなんて普通じゃ無い。大会終わってからちょい緊張緩んではいるけど、稽古サボるなんて今まで一回も無かったのだ。  つっても木原さんいないし、部屋で二人っきりじゃん! とか若干キョドりつつ「どしたよ」もう一度声をかける。  すると丹生田は目を上げ、フッと息を吐き、ぼそりと言った。 「ふられた」 「えっ?」  思わず声ひっくり返る。  え? つかどういうこと? つまり、え? 「え、え、じゃじゃ、原島に……」 「ああ、ふられた」 「あー…………」  そっか、原島が、丹生田のことフったのか。そっか、そっか、そっか、やった、…じゃねえ! ちげーだろ! ダメダメ、ダメだって! 丹生田ツラいんじゃん! そうだよなんか慰めつうか、なんか言わなきゃ!  けどなに言えばイイか思いつかなくて 「あの、あんま気にすんなよ」  なんて、マジでしょーもないコトしか言えなくて。  したら丹生田は「いや」と目を伏せてから顔を上げ、少し目を細めた。  え、なんで? つかほんのちょっとだけど笑ってるよな丹生田。なんで? 「いや、問題無い」 「え」  なにが? え? つか 「どゆこと?」  思わず声裏返ったけど、丹生田はあくまで淡々とした低い声で続けた。 「……原島は怒っていた」 「え? うん。そうだろな」  話が見えなくて、ちょい混乱する。 「なんか怒ってて、そんでフラれちゃったんだろ? なんかやったのかよ」  つうかホントはそんなの聞きたくねーけど、でも丹生田はくっちゃべりたいかも知んねーし、だったら聞くし。超聞くし。 「……よく分からない事で怒っていた」 「ああ、そう、か。うん」  あ~、もしかして丹生田、混乱してんのかな? 「怒り出すと原島はシツコイ。正直聞きたくなかった」  ウンウン分かるよ、だよね、そういうのって聞いてるだけでツラいつうかメンドイつうか、そういう感じにはなるよね。 「すると『だから別れよう』と言われた」 「ん? んん? ……どゆこと?」 「怒った話を聞かなくて済むと、俺はホッとした。そういうことだ」 「ああ~、うんうん、そゆコトな! なんか繋がった」  話がちょい見えて、少しホッとする。  でも実際分かってないからニカッと笑って誤魔化して、すぐハッと焦る。ダメじゃんマズイじゃん、笑ってちゃマズイじゃん。  つうか、やっぱ丹生田フラれちゃったわけで、落ち込んでんだよな? だから稽古サボって帰って来たんだろ? ンで混乱して、言ってること分かんなくなってんじゃねえの? (ンじゃ俺、聞いてやんなきゃだよな)  だから少し無理して笑った。 「つうか、なんかキツいんだったら全部言っちまえよ」  そうだ、聞いてやる。原島が恋しいとか言い出しても全部黙って聞く。 (ちゃんと聞いてるよ、だから全部言っちゃえ)  そんな決意と共に見つめてると、まっすぐ見返して来た丹生田は少し目を伏せ、口元を緩めた。  あれ、また笑ってる? なんだろ、言い辛いとかなのかな? いやいや大丈夫だよ、俺聞くよ。  でも丹生田は黙ったまんまこっち見てるだけで。 「あのさ、なんでも聞くし、言っちゃってイイよ?」 「……違う」 「て、なにが? なにが違うの」  目を伏せたまま、淡々とした丹生田の低い声が続く。 「……まったく気にならない」 「え、つか平気ってコト? 落ち込んでんじゃねーの?」 「……ああ」  え? 無理してんのかな? ちょい笑ったまま言う顔見ながら、また分かんなくなってきて焦る。 「だって稽古サボったのって原島の顔見るのキツいからなんじゃねえの?」 「違う」 「? なにが?」 「一応、気を遣ったんだ」  意味分からず、きょとんと見返すと、丹生田のくちもとがまた緩んだ。 「原島は、俺の顔を見るのが気まずいだろう。稽古の邪魔をするのは本意じゃ無い」 「は? え、そっち?」  なんか、なにかが違う、つうか、え? やっぱ分かんね。 「つまり丹生田、ツラいとかじゃねえの?」 「ああ」  フッと息を漏らした丹生田に、ものすご違和感。どしたの丹生田? やっぱショックでちょいおかしくなってるとか? 「……そこが問題なんだろうな」 「つか……なに言ってんの? 他人事みたいに」  思わず眉が寄った状態で聞き返すと、丹生田も少し眉寄せて、でもやっぱ笑ってる。 「俺は、冷たいのかも知れん」  笑った顔が寂しそうに見えて、瞬間的にキレた。 「んなコトねーじゃん!」  少し見開いた目がこっち見る。 「丹生田が優しいの、俺知ってるよ? そん時ホッとしたからって冷たいってコトじゃねーよ? そういう風に思っちゃうときってあんだろ、誰だってさ! きっとおまえ、ちょい混乱してんだよ!」  声無くこっち見てる丹生田の目がまっすぐだった。  そんな場合じゃねえのに、なんかドキバクする。  ばっか、なに考えてんだ俺。冷静になれっつの! 「ンだから! ああもう! メシ食って風呂入って寝ちまえばさ! きっと落ち着くし! だから余計なこと考えんなよ!」  いつの間にか一歩踏み出してて、必死になってた。  したら、さっきより近い丹生田の顔が、優しい笑みになった。 「……ありがとう」  うわあ、カッコいいなあ。俺丹生田のこの顔、やっぱ好きだなあ。  なんてちょいポーッとしちまいながら、やっぱり嬉しいと感じてる自分に気づいちまい、笑顔キープしたまま、ひっそり落ち込んだのだった。

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