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76.丹生田家のこと

 ここんとこ丹生田はボーッとしてることが多くなった。  明らか大会終わってからだ。  燃え尽きたとかかな? 原島と別れたから?  なんてちょい心配したけど、なんつうか、目つきは妙に鋭いんだよな。無気力つうのともちげーし。ただ心ここにあらずってか、なんか考えてるっぽいつか、そんな感じで。  んでも夏休みに入るわけだし、その前に聞いとかなきゃな事があるわけで。 「今年どうすんだよ? 帰省すんだろ? いつ戻ってくんの?」  去年、聞いときゃ良かったとジタバタして、姉崎に遊ばれたりとかしたから、ちゃんと聞いときゃ安心! なわけで。ちゃんと教訓つうか、学んだんだぜ! と思ったのに 「帰省はしない。……暇だな」  なんて眉寄せたから、ちょいビックリ。 「え、でも合宿は」 「合宿はある。一年の指導をしなければならない」  そりゃそうだ。俺だってマーケティング研で後輩ができてるのだ。 「そっか~……つか! 帰省は? しねえってどゆこと?」  前に聞いた話で、丹生田は実家でないがしろにされてるイメージあったから、ちょいイラッとしながら聞いた。帰りにくいとかだったら許さねえ! とか思って。 「父はアメリカで、戻る頃には合宿だ。祖父は警察病院にいる」  なのにンなこと言うからビックリした。 「え、じゃ、おじいさん入院? つか大丈夫なの? なのにアメリカって、どゆこと?」 「ボケ始めているからな。父がアメリカに行く間、預かってもらうような形だ」 「ああ~、んじゃ病気とかじゃねえんだ?」  丹生田は少し笑って頷いた。 「不調が無いわけではない。検査も兼ねている。病院には顔を出す予定だ」  つったんで「そっかあ~」なんてちょい複雑だけど、丹生田が笑ってるからコッチも笑っちまう。 「そういや妹がアメリカにいるんだっけ」  思い出して言うと、丹生田はしっかり頷く。 「むこうで母とも落ち合う予定だ」 「……え、じゃ丹生田も行かなきゃなんじゃねえの?」 「いや。おそらく俺は行かない方が良いだろう」 「なんだよそれ。丹生田だけ仲間はずれかよ」  そんなん納得出来るかよ! つう感じでツッコんで聞いたら、 「いや」  ちょい首振った丹生田は、少し眉寄せながら言った。 「両親は離婚しているが、父は戻りたいと考えている」 「ンじゃなんで戻んないの?」 「祖父がいるからだ」  そんな感じで細切れに語った内容をつなぎ合わせると、それまで謎だったことがだいたい分かった。  つまりお母さんは祖父母にいびられてメンタルやられ、実家を出てっちゃったわけなんだけど、精神的な安定のためにも必要ってコトで、ちゃんと離婚って形にした。それでホッとしたお母さんは、今はだいぶ回復してる。  んでお父さんは籍戻して転勤先で暮らそうって言ったんだけど、おじいさんがまだいるから籍を戻すのはおっかないって言ってるんだって。  そっからさらにツッコんで、丹生田の家のことじっくり聞いた。  お祖父さんは県警のちょい偉いヒトだった。んでお父さんを『絶対キャリアになれ!』つってビシビシ鍛えてた。お父さんは七星出てキャリアになったけど、お祖父さんが言うような『警視総監目指す』とかじゃ無く技術系の職務を頑張って、昇進にもあんま興味なかった。そんなんが気に入らなくて、いちいち叱ってくるお祖父さんと仲悪くなっちゃった。  そんでもお父さんは転勤続きで日本中あちこち転々してて、お祖父さんと住むわけじゃ無いから放置してた。  けど丹生田が地元の名門私立中学に入ったんで、実家でお母さんと子供達が暮らすようになって、そっからお母さんへの当たりがキツくなった。  お祖父さんお祖母さんが『嫁が悪い』『おまえのせいでおかしいことになった』なんつって、さんざんいびって、お母さんは耐えてたんだけど、お祖父さんが健康害して退職しちまった少し後、お祖母さんが亡くなって、お世話とかお母さんがやんなきゃな状態になった。お父さんは施設に移すとか言ったけど、お母さんは首振ったし、丹生田も自分も手伝うとか言って反対した。  けど酷いことばっか言われ続け、ぶったり蹴ったりされたりして、お母さんはメンタルおかしくなっちゃって家飛び出し、お父さんとか丹生田と妹も入って、お母さんの親とか親戚とかと話して離婚した方が良いってことになった。それが丹生田が高一で、妹が中二の時。  お祖父さんは『女は家のことだけやれば良いから楽で良いな!』なんて言うような人で、妹は勉強できるし行動力もあって、お祖父さんが『いかん!』とか言うこと全部やっちゃう性格で(ここらへん、丹生田はちょい自慢げだった)前から『時代錯誤!』とか反発してたのが、それ契機で爆発しちゃった。 『あたしはチャンスをつかむ! あんたみたいな惨めな老いぼれには、ならないから!』  お祖父さんは女の子ぶったりはしないけど、聞くに堪えないようなこと怒鳴り散らして、妹も負けずに怒鳴り返したりするから、家の空気めちゃ悪かった。けどお父さんはしばらく転勤続きになりそうで、学校の関係もあるから子供達を連れて歩けない。妹も丹生田と同じ私立中学に行ってたし、丹生田は剣道の強い高校に進学してたんだ。  丹生田は剣道頑張ってて家にいる時間は少ない。妹とお祖父さんだけの時間が増えて、マジ一触即発な空気だった。 「正直、家にいたくなかった」  逃げたんだ、とか丹生田は言ったけど、 「仕方ないと思う。妹さんは強いのかもだけどさ」  と言うと、丹生田は頷いて「保美(やすみ)はすごい」と呟いた。やっぱり自慢げだった。  妹のメンタルもお祖父さんの健康も気になる、つうんでお父さんと丹生田で話し合い、これは物理的に距離を離すしかないと結論した。  そんで妹、保美サンは前からアメリカのMITに行きたいって言ってたし、いっそのこと高校からアメリカ留学する! とか主張したから、それでいいか、てことになった。  お祖父さんは『女に学問なんぞ、カネをドブに捨てるようなもんだ!』とかまた言っちゃったりして、妹も『ジジイの金なんて要らない!』とかやり返すし、お父さんが『俺が全部出します』ってことで落ち着いたらしい。  なんと妹は飛び級までする優秀さで、丹生田より一年早く大学入って、今はMITでめっちゃ難しい勉強してる。そこの学費ってのがバカ高くて、奨学制度とかもゼロでひたすら勉強だけしてて、欲しい本とかなんとかでしょっちゅうお父さんに送金要請が来る。女の子だからセキュリティちゃんとしたアパート借りねーと、つうのも高く付いて、しかも家事とかまったくしないくせにアメリカ人もビックリの自己主張で、誰かとルームシェアなんて無理! な感じでハウスキーパー頼んでるんだって! 「……なので金がかかる」 「そういうことかよ~。でもさ、そんなのズルイとか言わねえのおまえ。だって色々大変だったじゃん」  なんで丹生田ばっか苦労しなきゃなんだよ! な怒りがわき上がってきて、けど丹生田が納得してるのに騒いじゃダメだろって感じで、だから不満げな口調で言うと、丹生田はきっぱりと首を振った。 「俺は男だ。どうにでもなる。保美は女だし、母親似で美人だ。出来ることを全部する必要がある」  なんていつも通り低い淡々とした声で、心配そうに眉寄せてる。 「つうかおまえ、妹のこと超カワイイんだな!」  大変そうだな、とは思いつつ、ニカッと笑って肩をバンバン叩いた。  なんとなく想像してたような、丹生田ないがしろにしてる感じじゃ無かったんだと分かってホッとしたのだ。 「つうかさ、マジで妹の顔見に行かなくて良いのかよ」  だってそんなに心配でカワイイんだったら、ンでお母さんも来るんだったら、丹生田だって行った方が良いんじゃねえの? 「……俺は、祖父似だ」  少し寂しそうに、丹生田は目を伏せた。 「まだ、今の段階で、母の前に行かない方が良いと判断した」  このガタイとか顔とか、低い声もお祖父さんに似てるんだって。 「祖父は頑なな人だが、俺には優しい」 「あ~、うん、そっかぁ~……」  う~ん、丹生田もなんかツラそうだな。  でもなんか、いろいろ分かって来た。  丹生田が自分を『愚鈍』とか言うのって、たぶんお祖父さんと闘ってた妹と比べてってコトだ。でも丹生田はお祖父さんも好きだから、妹の味方も出来なかったんじゃねえの? なんて思って、気づいたら言ってた。 「おまえこそ優しいじゃん」 「……?」  怪訝そうに上げた目を、まっすぐ見返して、ニカッと笑う。 「妹のこともお祖父さんのこともお母さんのことも考えて、お父さんにワガママ言わないで頑張ってんじゃん。スゲエ優しいんじゃん。俺、丹生田のそういうとこ、すっげ良いと思うぜ! 自信持てよ!」 「…………」  丹生田は眉寄せて黙った。困ったみたいな照れてるみたいな微妙な表情で、なんか笑っちまって (……てか!)  ハッとした。 「んじゃ! つまり今年はずっと寮にいんだよな? 合宿まで?」 「ああ」  そっかそっか、そうかあ! ンじゃンじゃ、丹生田一人でこのクソ暑い寮にいるって感じになっちゃまずいんじゃね?  なんて思ってニカッと笑いつつ「俺も寮にいるかな!」と言ってやった。  つうか、もう決めた! 丹生田と夏休み過ごす! んで合宿中だけ実家行けばいいや!  けど丹生田ってば困った顔になって「付き合わなくて良いんだぞ」とか呟くから、うわなにめっちゃ可愛いぞっ! とかテンション上がる。 「つかさ、めちゃ近いし俺んち。なんなら通える距離だし、いつでも帰れるからさ! 丹生田はそうちょくちょく帰れないんだから、俺とゼンッゼン違うよ!」 「しかし」  眉寄せてたけど平気! 「え~、俺が残るのイヤなのかよ~」  わざと大声出すと、慌てて「そんなことはない」なんて言うのがまたカワイイ! とか、またまたテンション上がる。 「しかし無理して付き合う必要は」 「俺のドコが無理してるんだよっ? めっちゃ乗り気だっつの!」 「だが藤枝の家族は」 「だ~から言ったろ? いつだって帰れるし、実家行ったって映画とか見てだらけるだけなんだよ。妹も大学入って忙しいし、親父とお袋仲良すぎで俺らなんていなくても平気だし、誰も構ってくれねー……いや!構って欲しいとかじゃねえけど!」  途中からヘンなこと言っちまってた! なんて気づいて慌ててると、丹生田は少し目を細めた。 「……藤枝の家は、楽しいのだろうな」  低く呟く声は、ちょい羨ましがってるみたいで、だからまたニカッと笑った。 「そりゃ俺んちは平和だけどさ、おまえんちだって、みんな大切に思い合ってんじゃん。おんなじだよ」 「…………」 「おまえ優しいじゃん。冷たくなんかねえし、俺……俺らみんな、おまえのこと応援してたぜ?」 「…………」 「だって頑張ってたもんな! すっげ頑張ってて、必死な感じして、みんな心配してたし。だから丹生田が安藤に勝って、みんな嬉しかったんだよ。じゃねえと俺が声かけたくらいであんな集まらねえし! つうかおまえがあんな嬉しそうなの初めて見たし、酔っ払って歌ってたじゃん、グリーンとか。あ~でも、飲みたかっただけの奴もいたかもだな~、朝まで騒いでたし」  調子よくしゃべってるうちに、黙ってた丹生田の眉が徐々にキツく寄っていき、眉間にくっきり縦皺が刻まれた。くちもとは真一文字でムッとしたような、でもなんか困ったような目でこっち見てる。  思わずククッと笑っちまいながら、「なに照れてんだよ~」声かけたら「照れていない」とか本気で怒った顔になる。 「なんだよ、言いたいことあんなら言えよ」  ニヤニヤ言うと、ムッとした顔のまま、ふいっと目を逸らす。 「……おまえの」  そのまんま視線があちこち泳ぐ。また照れてンなぁ、とか思ってニヤニヤのまま「ん?」と促す。 「…親や、妹……とか、藤枝の」  言葉を切った丹生田は、どっか一点見たまま一つ深呼吸して、「家はどんなか」続けた。低い声でぼそっと。そんだけで口を噤み、目を伏せた。 「俺んち?」 「ああ。……教えてくれ」  また困ったみたいな顔になってるなあ、なんて笑いながら「なんだ急に!」バシッと丹生田の上腕を叩く。 「そんなん知りたいかぁ?」 「……ああ」  チラッとコッチ見て、また目を泳がせてる。こういう丹生田は珍しい。いつだってまっすぐに、睨むみたいに相手を見て話すのにさ。  なんか嬉しくなって、ニヤニヤしながら「なんで」言いつつ丹生田の視界に顔突っ込んだ。眉を寄せた目が俺の目を捉え、まばたきした。 「……おまえの笑顔が、いいからだろうな。おそらく」 「はぁ?」  ちょ、反則! マズイって、ンなコト言われたら照れるだろっ! このっ!! 「おしえてやんよ! しょうがねえなあ」  そんな感じでうちの家族の話をした。  大好きなじいさんとか、風聯会のみんなの話とか、インテリア好きのお袋とかキツい妹とかカタブツ親父のコトとか。  丹生田は優しい笑みで、ほぼ黙って聞いてた。  そんで丹生田の可愛いとことか優しいのとか、前よりもっと分かって嬉しかった。

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