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88.夏が来た
休みに入る少し前から、実質的なエアコン設置作業が始まった。
配管は煖房で使ってるものに沿わせて大型の設備を各階に設置し、そこから冷気を各部屋に循環させる、というのが基本方針だ。つまり全館冷気の温度は同じ。
温度調節? できねーよ、文句あっか! つう感じで。
当初出てた換気口を使って一室毎に室外機を設置する案は、一部の部屋のみで使われることになった。各階の端にある執行部の部屋の他、一階の和室や面会室、食堂と娯楽室、脱衣室、そんで各部室と二階の集会室。在室時間がまちまちなんで使うときだけ冷やす、つうんで個別にしたわけ。
電気系統とかガスとかもそうなんだけど、こういう部屋はいざってときの避難場所でもあるんで、全体とは分けることにしてる、てのもあるし、停電時も使えるよう、緊急電源にも繋がってる。
もちろん大がかりな作業になるし、金もかなりかかる。んで、金の大半を出すのが風聯会だ。
施設部が試算したものを、会計が精査して予算を計上、執行部から正式に上申するんだけど、そこら辺、円滑に認めてもらえるよう動くのが総括の仕事なんだ。
事前ににこういう感じです~という根回し。
予算はこれくらいになりそうです~というつなぎ。
今こんな感じです~という進捗報告。
予定の変更があれば風聯会へ連絡するし、予算が変わるときもマメに報告上げる。だから施設部や会計なんかへはマメに顔出し、予定通り進んでるか確認して日報を送るし、風聯会の人が来たら総括が案内して状況説明もやる。スポンサーは大切にしなきゃだもんね。
だから総括は現場にいなくちゃなんだ。異常なことが起こったら執行部や会計に伝達して、風聯会にもすぐ報告しなきゃだし。なんかあったときの対処が遅くなっちゃまマズイだろ? まあ、なにも起こらなきゃ、ただウロウロしてるだけ、に見えちまうんだけどさ。
いや実際ウロウロしてんだけど。
てかそもそも俺って役に立たねえ不器用なんだ。作業終えた後片付けの手伝いくらいならできるけどさ、作業に入ると全体見れねえから手伝うわけ行かねえ。
まあ、そんなんで見て回ってたら、スッゲーなみんな! なんて思って、大変そうじゃん! とかも思って、だから作業してる皆様に奉仕することにした。
だって超暑いんだよ?
屋外作業してる奴なんて、ぜってー熱中症なるって! つう感じなんだもん。そんなん見ながらボーッとしてるだけとか無理っしょ?
つっても出来ることなんて、雑用でしか無いんだけど。
屋外作業してる奴に帽子配ったり、水分補給用に室温の水と暑い時用に冷えた飲み物と準備してるんで、現場歩き回って渡したり。本来の仕事として執行部支給の弁当や差し入れ配ったりもする。
んでも歩き回ってるから、できあがったトコなんて一番に見れるわけで、テンション上がりまくって「すっげー!」とかハイタッチしちまったり。
だって凄いんだぜっ! みんなキッチリ作業しててさ!
んで風聯会から来てくれる助っ人は平日も来てくれるひとけど、どうしても土日に集中しがちだ。
そりゃそうだ、みんな仕事してるんだもん。休み潰して無償で手伝ってくれるんだよ? せめて気持ち良く作業して貰わねーとじゃん?
まあ、そんな感じなんで、寮メンバーは盆の3日以外休み無しで日程組んで、順繰りに休み入れてシフト作ってるんだけど、盆の三日間も風聯会のひとは来るんだよ。てか助っ人の中には盆休みくらいしか手伝えないって人もいて、そういう人はノウハウある分かってる人だったりして、めっちゃ頼りになるし大歓迎なわけ。
なんで、風聯会の窓口になる俺は出ずっぱりだ。大熊さんも顔きくんだけど「俺の夏はこっからだ」とか謎発言残して速やかに姿消したし、仙波も弟と約束あるとかで「済まないな」と言いつつ帰省したし、一年二年にはさすがに荷が重いだろ。
だから俺が墓参りで半日留守する日は橋田に頼むことにした。橋田んちなにげに風聯会ファミリーで、お兄さんは寮にいたとき総括やってたから盆休み中手伝ってくれることになったし。大丈夫っしょ。
そんで一週間くらい経った頃。
ちょうど玄関にいたとき、ちょうど剣道の稽古から戻ってきた丹生田に
「お疲れー」
なんて声かけたら、「どうした」目を見開いて言われた。
「なにが?」
きょとん、と聞いたら眉寄せて
「ずいぶん疲れているようだ」
なんて低く言って手伸ばし、髪くしゃっとされた。
「気になってはいたが……」
「なんだよ、平気だって」
とか言いつつ素直に頭撫でられる。
う~ん、このでっかい手の感触好きだなあ、なんてヘラヘラしてたんだけど、丹生田は眉寄せたまま、心配そうに顔を覗き込んできた。
「毎日風呂とメシを済ませて戻ったら、すぐベッドに入るだろう」
「ああいや、そりゃ! 一日なんだかんだで汗だくのホコリだらけになるしさ、丹生田きれい好きじゃん? 汚えのヤだろ?」
テヘッと笑ったら、眉間に深い縦皺できて「無理をしているのか」と睨まれた。
「え、いや、ゼンッゼン! つか俺なんてなんもできねーし、走り回ってるだけで!」
「本当か」
「ほんと、マジマジ!」
なんて両手振ってたら、後ろからガシッと肩つかまれた。
「いやあ、飛ばしすぎだな」
大田原さんの声がした。
横から広瀬がガハハと笑いながら「ほんとマジマジ」と大声を出した。荒屋、武田、山家もいる。
「まあ助かるんだけどさあ」
「欲しいなあ~て時に水とかひょいっとくれるし、一瞬マジ神かと」
「出来たトコ見たら全力で褒め称えるだろ」
「実際やる気出るわ~アレ」
それぞれ背中とか肩とか叩いたり丹生田と一緒になって頭くしゃくしゃにしたりしてる。
「ちょ、やめろって」
振り払おうとしてもゼンゼン離れない。イラッとしてたら、丹生田の肩をバンバンと叩いたのは伊勢だ。
「そのうち倒れんじゃねえの、なんてな。みんな言ってるぜぇ」
「俺らは四日に一度休み入るけど、コイツ出ずっぱりなんだもんよ」
眉寄せたまま、丹生田は伊勢の顔をじっと見た。
「……そうなのか」
「そ! だからおまえ、ちょいっと抑えとけよ」
丹生田の背中バンッと叩きながら言った伊勢に続いて、大田原さんも頷いた。
「ぶっ倒れられると困るから、強制的に休ませてくれ」
したら他の施設部もやって来て、くちぐちに言いだした。
「俺ら、かなりタイトなスケジュールで動いてんの」
「そそ、ぶっ倒れたって介抱とかする暇ねえし」
そう言ったのは山浦。ゼンッゼン見えねえけど、なにげに医学部なのだ。
「え、ちょ……待って」
思わず声を上げたら、アタマパシッと叩かれた。
振り返ったら皆川がニヤニヤしてて、宇梶まで出てきた。
「ただでさえウザいってのに」
「張り切りすぎだっつの」
コイツら施設部じゃねえくせに帰省もせずに手伝ってて、しかもかなり役に立ってる。実際、施設部員の半数は帰省してるから人手不足だし、めっちゃ助かってて、偉そうでも文句言えねえ! つか!
「マジで? 俺、迷惑になってた?」
そっちのが大問題だっつの!
「そんなことはないよ。助かってる。が、少し休めと言いたいんだよ」
大田原さんが苦笑してる。
「ずーっといるの、おまえと大田原さんだけだし」
「なにげに大田原さん、ちゃっかり休んでるからなあ」
「当たり前だ。俺がダウンしたら、お前ら困るだろ」
余裕の笑みで言った大田原さんに「おまえ、アタマの自覚持て」と言いつつ頭を小突かれた。
「自覚って」
「おまえの仕事はちょこまか動くことじゃない。全体を見ることだ。総括の連中、おまえが走り回るからウロウロしてるぞ。指示を出せ。自分で動くな」
「……へ……」
大田原さんの向こうに、ムッとした顔の池町が立ってた。その横に浜村、三島、苦笑いの田口もいる。
「え、お前ら困ってた?」
「はぁ~、まあ」
なんて苦笑してる田口の横で「だから、追いつきたくないっす」と浜村が言った。池町と三島もウンウン頷いてる。
かあぁぁっと顔に血が上った。
部長の自覚出たとか思ってた自分が恥ずかしい。なに頑張ってるつもりになってんだよ! やりたいように動いてて、後先なんてゼンッゼン考えてなかった。そんなんで周りに心配かけてるなんて最悪。
……仙波が居なきゃ、俺なんてこんなもんだったんだ。つうか仙波カムバック! 頼む部長変わってくれ!!
もう色々たまらなくなって、ガバッと九十度以上深く腰を曲げ、頭を下げた。
「みんなゴメン! 悪かった気をつける!!」
そこらにいた連中に大慌てで謝り倒して、「そんで明日は遊ぶぜ!」と宣言し
「遊ばないで休め!」
よってたかってツッコまれたのであった。
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