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87.夏が来る
ふて寝のつもりが、いつの間にかマジ寝してたらしい。
ふっと意識が浮いて、ぼんやり開いた視界は明るく、廊下から朝の物音が聞こえて
──────睨むみたいな丹生田の顔が、間近にあった。
すっげ顔が近え。バチっと目が合って、え? 夢? とか、ぱちくりしてみる。
するとくちもとがちょい緩んで、「おはよう」と低く聞こえたのは間違いなく丹生田の声で、現実かあ、とぼんやり思って、バカ近えよ! なんて思う。
照れてるみてーな少し笑ってるみてーな顔が、カッコ可愛くて、心臓がドキッと一打ちして、なんか顔がカッカしてきて、やべえ俺きっと顔赤くなってる!
焦って布団ひっかぶりつつ言った。
「………………おはよ」
布団かぶったまま声だけ返したけど、どっと汗出てるし、なにげに股間が……超やばい状態に!
つかイヤ朝勃ちだよ!? ドキッとしたからじゃねえよ!?
多分きっと! そうであってくれ!
だって丹生田にときめいてるとかバレたらっ! バカこの収まれ俺のちんこっ!
なのにゼンゼン収まらないし、汗はダラダラ出っぱなしだし、ヤバいめっちゃヤバいとパニクりかけ……
「メシに行くか」
布団の上から落ちてくる低い声が、少し笑ってるみたい。
「……?」
目だけチラッと出す。背筋伸ばして顔遠くなった丹生田が、少し目細めてる! またドキッとして布団に隠れた。
え? 丹生田笑ってる?
あれ? だいじょぶ?
また布団の隙間から目だけ覗くと、「まだ寝るか」聞かれたから「いっ、行くよ」布団の中から答えて、したら丹生田は息をふっと漏らして、また目を細めた。
「なら布団から出ろ」
キモいとか怒ってるとか、そんな感じじゃねえって、だいじょぶだって、そう思えた。
「……うん」
でもそのまんま起きるのヤバかったから、「すぐ行くし、先行ってて」つって、丹生田出てった後でちゃっかり朝勃ちの処理した。
手と顔洗って食堂に行ったら、俺の分まで朝定並べてる丹生田が既に食ってて「座れ」なんつって目で向かい示すからそこ座って。いつも朝メシん時つける納豆とか味海苔とかもちゃんとあって
「おお、めちゃサンキュ!」
なんて言いながら座ったら、ちょい自慢げに笑った。
くっそー! 朝から可愛いぜ丹生田!
その流れのまんま、メシ食ってすぐ丹生田は朝練に行った。いつも通り。
なんかフツーで、めちゃホッとした。
(よかった~。マジで橋田の言った通りだな~)
それからも変わらない日々が過ぎてく。いちお橋田に報告しに行ったんだけど。
「そう」
くらいしか言わなかった。当たり前って感じで。
橋田ってマジで超能力者なんじゃねえかな。
丹生田は講義に出て稽古して保守の仕事して、空いた時間は勉強。毎日風呂入るし掃除するし、二年の夏休みあたりと同じで、大丈夫だってホッとしつつも、やっぱ総括は忙しかった。
寮でも五月病的な状態になる奴がいるわけで。
仙波は一年間、2階の執行部室にいて相談受けてたから、悩みとか聞いて解決方法を提示するなんての慣れてて、マジ頼りになる。でも自発的に相談に来る奴はまだマシつうか。
それすらできない奴を、総括はケアする。寝具とかの交換で部屋の様子を見るから、早期発見可能なんだ。
その日も心理学部二年の田口がじめ~っと暗い顔してる一年を部室に連れてきた。
なんか関西から来てる奴で、ホームシックかな、なんて思って
「いっぺん実家帰って地元のツレとかと遊んで来いよ」
つったら「うーわ、非情だなあ、藤枝さん」なんてくち出してきた田口は、大熊二世と噂の高いイケメンだ。髪型とか服とか気にしてるとこが一緒なんだよ。
「ここの話は漏れないから、安心して全部言っちゃえって」
なんてニッコリ笑いながら田口が肩を叩き、しばらく話しかけたりして、そいつはようやく『地元で元カノがツレとつきあい始めたのを知った、それをみんな内緒にしてた、もう地元に居場所は無いと思った』なんてぼそぼそしゃべり、田口が「じゃあイイ女捕まえちゃう? 今度合コンやるんだけどさ」なんて誘ったら、そいつはちょい浮上してた。
総括の仕事には風聯会とのやりとりが含まれるから、風聯会と繋がりのある奴は、親や兄弟、親戚なんかが寮のOBだって事前情報で分かってるんで、とっとと声かけるんだよね。風聯会とのラインが強い奴は貴重だし、事前に身内から総括に入っとけって言われてるパターンも多くて、だからリクルートすれば百パー入る。俺がさっさと総括入り決まったのもそういう理由だったわけ。
んで二次リクルートするのは適性あるなって奴。二年になってからとか、他部から引き抜くこともある。もちろん話は通すけど、総括はメンタルも含めた寮の健全運営に寄与してるし風聯会の絡みもあるから、なにげに発言力強いんで、たいてい問題無いく引き抜ける。
田口はこのパターンで、施設部から引っ張った。なにげに出来るし、チャラいけど面倒とか言わないんで、大熊さんと大違いだ。
部長は風聯会の窓口にならねーとだからOBとパイプある、つまり1年でリクルートした中から選ばれるんだけど、仕事出来るのはこういう、あとから入ってきた奴だったりするんだよな。
そんな感じで、六月終わり頃には総括も体制が安定してきた。
今は副部長の大熊さんは「楽だわ~」なんてヘラヘラしてる。マジで部長はイヤだったらしい。けど確かに仕事できるし早いんで、班分けとかひとの割り振りとか、事務処理的なことはノウハウ教えてもらいつつ、最終的にはお任せしてる。
俺が部長になって総括は活発に動くようになった。つまり仕事が増えた。
なにしろ賢風寮を元気にするのが目標なので、大熊さん時代にいろいろ緩んでたのを引き締めたのだ。
忙しくはなったけど、俺がわりと勢いで周りを巻き込むのはすでにデフォルトって認識あるし、みんなソレ分かってて部長にしたわけで。反発は無いけど、ぶつくさ言う奴はやっぱいて、そういうのは仙波が冷静にフォロー入れてる。人望的なモンは絶対仙波の方があるよなあ。
二年の池町はすっげしっかりしてるしリーダーシップある感じ。次期部長候補筆頭なんだけど突っ走りがちだから、田口が「一回深呼吸!」とか抑えてて、なにげに良いコンビだ。
今年の一年には浜村って元気な奴がいて、落ちてる奴とかなにげに声かけてる。一部で『藤枝二世』と呼ばれてるって聞いたから
「俺に追いつくにはまだまだ甘いな」
つってやったら「追いつきたくないっす」と泣いてた。なんでだ。
同じく一年の三島は冷静なタイプで、コイツと浜村も良いバランスに見える。コイツラは総括の次期中心メンバーだと思ってる。
そんなわけで、部長がボーッとしてても、みんなでうまく回してくれる感じになって、339に人が来ることも徐々に減ってる。
夏休みに大仕事があるから、風聯会と打ち合わせとかで出かけるコトも多くなってたし、まあ平和な感じで七月に入った。
ジメジメの寮部屋じゃ辛いってんで、丹生田と二人で来ていた図書館。涼しいし静かだし、資料なんか見たいとき、すぐ探せるから便利だし。
「なあ、丹生田は夏休み、どうすんの」
すぐ隣にいる丹生田に、図書館だからコソッと聞いた。丹生田も低めた声で答える。
「ここにいる」
「あ、今年も?」
うっそり頷く丹生田。うう、カッコカワイイ……
「父は広島だ。実家には誰もいない」
「あ~そっか。おじいさんの病院には行くの?」
「ああ。藤枝は忙しいんだろう」
「なんだよな~」
ため息混じりになっちまいつつ言った。
去年まで灼熱だった寮に、とうとう今年は全館エアコン設置するんだ。
作業は夏休み中に終わらせる予定で、もちろん施設部主導だけど、執行部どころか寮全体で動いてるし、総括では風聯会から費用引き出すのに根回しバッチリやった。風聯会はカネだけじゃなく人も出してくれるし、スポンサー大事だから、夏休み中めっちゃ忙しい予定なんだ。
畝原 っちんち、つまり風聯会事務局にもちょいちょい顔出してる。まあ、仕事だからってだけじゃなく、たくさんの懐かしい顔と会えるからさ。じいさんと一緒に遊んでるみたいな感じになって、盛り上がったあげく酔い潰れて、いっぺん丹生田が迎えに来てくれたりした。
「帰省はしないのか」
「うん。しない、つか出来ない。仙波はどうしても戻んなきゃなんだよ。したら俺いねえと。つっても墓参りだけ帰るけど」
「そうか」
いつも通りの声。なんつうか落ち着く。チラッと隣を見ると、テキストに注目してた丹生田もフッと視線を寄越し、目が合った。
相変わらずドキッとかしちまうんだけど、ここんとこドキッがデフォルトになりつつあって、目に見えてうろたえはしなくなっていた。もうすぐ二十歳、俺だって成長してんのだ。
とかいってアタマん中で騒がしいコトとになってんのは変わり無いんだけど、まあ部長らしい落ちつきつうか、そういう雰囲気は出せるようになったんじゃねーかな、なんつって。へへへ
「……藤枝」
丹生田がペンを止め、こっちをチラッと見た。
「ん?」
「盆あとなら、時間取れないか」
「ああ~、うん。そんくらいなら、もう施設部メインだしな。総括は根回しと進行管理だけど、盆明けには仙波が帰省から戻るから、俺も休めるはず。なに、なんかあんの?」
「……いや。なら、出かけるか」
「お、いいな」
丹生田とお出かけかあ、いいなあ、なんてウキって声が弾む。
「付き合うよ」
よし、それを励みにこの夏乗り切る! なんつって自然にニカッと笑いつつ、いやいやいや、と脳内でブンブン頭振る。ダメだって、深い意味とかねーんだから、キョドるな俺!
それに出かけるつっても丹生田って倹約家、つかまあケチだし、そもそもあんまカネねえしな、どこが良いかな。いや! 先に丹生田の希望聞かなきゃだろ! と笑顔向ける。
「どこか行きたいトコあんの? あ、買い物とか? 剣道の道具っていろいろあんだもんな」
丹生田が金惜しまないのは剣道関連だもんな。
「……………」
けど声が返らないから、あれ? って感じで目を向けると、丹生田は手を止めたまま目を伏せて、なんか考えてるっぽい。
「なんだよ、どした?」
もっかい声かけたら、低く唸って「去年は」呟くみてーなちっちゃい声が返った。
「……色々居ただろう」
「ん? 色々って?」
「…………姉崎や小谷さん、……鈴木の…」
「ああ、鈴木の実家行ったやつな! アレなんだかんだ言って楽しかったよな」
「………………」
んん? また黙っちゃった、なんて丹生田の方を見てたら、目をノートに落としたまま、ぼそりと丹生田が言った。
「今年は、二人で行かないか」
「鈴木んとこに?」
「違うところだ」
「え、どこ……」
「海、とか。山でも良い」
……え!
それって! つまり二人で!?
「行くっ!!」
ぐあぁぁっと上がったテンションのまま、答えつつ「キャンプとか海水浴とか!」ちょい弾んだ声で言ったら、周囲からうるさいぞの目で見られてしまった。丹生田がこっち見て少し笑いながら「そうだ」つった。
うわ可愛いぜっ! なんて思いつつ、声は抑えなきゃだ。自制自制。でもガマンしきれず小声で「やった~」なんてニヤニヤしちまう。
だって丹生田と夏休みイベント!! 行くしかねーしっ!
「どこ行くよ?」
声抑えつつウキウキで言うと、丹生田が「考えよう」つって、手が動き始めた。
そっか~、マジ超たのしみだ~!
なんてウキウキして、ようし、頑張るぞ~! なんて思ったのだった。
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