98 / 230

八部 二人きりの旅行 92.丹生田とお出かけ

 盆休みが明けたら、帰省組も戻ってくる。  そいつらもこっから作業に加わるんで、ここまで出ずっぱりだった連中が少し休んで、みんな揃ったら、最後の仕上げは施設部だけじゃなく総掛かりで一気にやる。完成は八月二十九日予定。  そんで! 「今日までお疲れ」  救世主、仙波が戻って来た! 「待ってたぜ~~~っ!」  つかショートメールとかで『早く帰ってこい』『俺にも夏をくれ』『キャンプ~~』なんて熱烈ラブコールしまくってたんだけど!  熱烈歓迎する俺に苦笑を向けながら、仙波大先生はのたまった。 「しばらく俺がやっとくから、ゆっくり遊んでこい」 「サンキュ~~っ!」  さすがの大先生クオリティ! 安心して全部お任せだ。  そんで準備万端整え、丹生田とお出かけ!  つっても二人とも免許ねえから、電車やバスで行けるとこになったんだけど。  去年鈴木の実家行ったとき、免許取るぞって誓ったのに忙しいとかって取りに行ってなかったんだよ。家でやった数少ないキャンプは親父の車で行ってたから、めっちゃ後悔して車無しでキャンプってどうやンの? とか焦りまくってたら 「アホ、バックパッカーは全部背負って歩くんだっつの」  なんてツッコミ入れてきたのは旅から戻ってきた幸松。  日に焼けててちょい人相違うっつか、逞しい雰囲気醸して帰って来たんだけど、1年とか言ってたのに、17ヶ月経ってるだろ~! つうツッコミ受け『いやあ、ついつい』なんてにやけて 「まさか女か!」 「まあな~」  なんてやっぱニヤニヤしつつ、スマホを自慢げに見せてきた。めっちゃカワイイ女の子がVサインで笑っててその場で怒号の嵐が巻き起こる。 「えっ、金髪!?」 「カワイイ、超カワイイ!」  その他にも人種さまざま、カワイイ女の子ばっかりで、幸松のスマホは速攻内藤のPCに繋がれ、デュアルモニターで大々的にお披露目された。 「やべえ、リアルクリスタじゃん!」 「意味分かんねえけど、めっちゃ外人だよ~」 「どーした、どうやって知り合った!」  作業の合間の休憩に入れ替わり立ち替わりやってくる連中へ「待ち受けにいかがっスか~」なんて商売始めようとしやがる幸松に「肖像権ヤバいだろ、やるなら画像編集しろ」なんてイケない指導する法学部とかいて、内藤の部屋は賑やかなことになった。  ま、俺はそんなんお構いなしに、お出かけの準備を着々進めてたんだけど。  ホテルでキャンプ道具借りれるトコがあるって丹生田が探してくれたんで、全部背負って歩くってのはナシ。  そうなのだ。丹生田が探してくれたのだ。その時を思い出し、一人でニヤニヤしちまう。  合宿行く前、晩飯食ってるときに、おもむろに丹生田が言ったのだ。 「ここなど、どうだろう」  眉寄せて照れた顔してさ、スマホの画面見せてきてさ。 「おっ、キャンプ道具とか、ここで貸してくれるんだ。いいな」 「……天候次第だが、テントが辛いなら泊まることも出来る」 「んだな~、俺テントで寝たのってガキの頃1回きりだしな。じゃこのホテルにも1泊くらいするとか! バーベキューばっかじゃ飽きるかもだし」 「それもいいな」  丹生田めっちゃ嬉しそうでさ。 「すげえな、ちゃんと探してくれたんだ?」 「藤枝は忙しそうだったから」  なんて目を逸らして眉寄せてメシかっこんで、ちょいむせたりしてて!  めっちゃ可愛かった。 「……ごちそうさま」  しっかり手を合わせて言うのもマジやばくて、もうたまらんって感じで。  顔しかめて「……もう行かなくては」とか作業に向かう丹生田を見送るまでも無く、こっちも忙しかったらなんとかなったけど、そうじゃなきゃヤバかったかも。なにがヤバいってナニがヤバいことに……とぉ、まあそれはイイじゃん?  その時点では他にも候補あったんだけど、合宿中もラインで相談しまくって、そんだけでめちゃ癒されてたりしたんだけど、まあそれはともかく。  やっぱ本格キャンプやってみたい! つうことで四泊五日、山間歩き回ってキャンプしたりバーベキューしたり、ホテルにも1泊、つう予定となったわけ。  てか墓参りから戻ってホテルに連絡したときも、めちゃ可愛かった。 「なにを言えば……」  丹生田ってば携帯睨みながら固まったりしてて! 思わずニヤケながら「任せとけ」つって俺が予約入れた。  んで、出発は二十日。  合宿用にも使ってるぽい、ばかデカい丹生田のリュックと、俺の普通サイズリュックに荷物分けて詰めて電車に乗った。  お盆過ぎてるからかな、あんま混んでなくて、窓の外とか眺めながらどうでもいい話いっぱいして、丹生田はずっと嬉しそうで楽しそうで、だからこっちまでめちゃ楽しくなって。  電車降りてからバスまで時間あったからアイスとか買って、駅前あたりブラブラしたりして、土産物屋とか冷やかして、『俺、参上!』つうTシャツあったから、1年ときの部屋思い出して大笑いしたら、丹生田もニヤニヤしてたりして、こんな顔滅多にしないから嬉しくて、なんかなんでもめっちゃ楽しくて。  俺はずっと笑ってた。  駅前からホテルの送迎バスに乗った。無料で送ってくれる、つうやつ。ちゃんと予約したんだよ。  だいたいキャンプ場で寝泊まりする予定だけど、二十三日だけ1泊したいつって予約入れたときにさ、ダメ元で聞いてみたんだ。  コテージ借りるかもしんないし、初日からホテルの大浴場使うし、とかなんとか色々言って 「無料送迎バス乗ってもいいスか」 「二十日ですね。かしこまりました、お名前入れておきますので」  つってくれた、と教えてやったら 「藤枝はさすがだな」  なんつって褒めてくれたりして。わりとマジで感心してて、めっちゃ可愛かった。  なんだけど、走り始めて三十分くらい、山ん中入ってしばらくした頃、カンカンお日様だった空がいきなり暗くなり、ザアアアと音がして土砂降りの雨になった。 「うわぁ、コレ止むかなあ」  窓を見て呟くと、「心配か」耳のめちゃ近くで低い声。  通路側から身を乗り出した丹生田の横顔は、窓の方向いて眉寄せてて、低い呟くような声が続く。 「雨でもテントは張れる」 「え」 「俺が張る。大丈夫だ」  じっと窓の外睨みながら「心配するな」なんて。 「バーベキューは無理かも知れない。だがテントで眠れるようにする」  見たら腰まで上げて、すっげ真剣に窓見てて、それ見てたら、なんかニヤニヤしちまった。 「でもまあ、雨もアリか」  丹生田の目が、ゆっくりと窓から移動して、こっち見た。めっちゃ心配そうな顔してる。 「まずホテルに1泊つうのもさ。計画狂うけど、それも楽しそうじゃん」  つったら丹生田は小さく頷いた。 「……そう、か」 「そうだよ」  ニカッと笑って言う。 「雨降ったらそうするって言ってたじゃん」 「そうだな」  低く呟いて、今度はしっかり頷いた。 「なんだよ、そんな心配すんなよ。バーベキューは晴れてる日に死ぬほどやりゃあイイしさ、テント無くても楽しいことあるって」 「…………」  黙ったまま、まだ心配そうに窓を見てるから、ポンポンと肩を叩く。 「まあ、帰るまでずっとこの雨だったら、さすがにテンション下がるかもなあ、けどそんなこともねえだろ」 「……予報では今日、降水確率三十%だった」  なんつった丹生田は、照れたみたいに眉寄せてて、 「天気予報までチェックしてたのかよ」  ハハッと声上げて笑うと、丹生田は眉間の縦皺を少し薄くしつつ、チラッとこっち見てすぐに目を伏せ、ふうっと息を吐いて元通り座席に座り直した。  なんかひどく嬉しくなって、ククッと笑いながら窓越しに土砂降りの空を見る。灰色の雲が重く立ちこめ、これでもかと大粒の雨が落ちてくる。さっきまで日の光を浴びて輝いていた濃い緑の葉や木々が、雨粒を受けて生き生きと生気を増してるようにも見えた。さっきまで恨めしく思ってたのに、同じ景色がこんな違って見える。 (マジで俺って安いなあ)  だって丹生田が自分と同じくらい、つか、もしかしてそれ以上に、つまりすっげえキャンプ楽しみにしてたんだ、なんて思えて安心したんだ。  そうだよ雨でもいいじゃん。なにが起こったって全部楽しんじゃえば良いんじゃん。  丹生田と二人で五日間、びっちり一緒なんじゃん。そんだけでテンション上がってんじゃん?  だって電車とかバスとか、そこら辺ウロウロするだけでもこんな楽しいんだからさ! そんで丹生田も楽しかったら、さらに超ド級にめっちゃ楽しくなるに決まってる!  だったらつまり、ぜ~んぶ楽しむようにすれば良いってコトじゃね? 「俺ら二人揃えば最強に楽しいに決まってんじゃん! ナニ心配してんだよ、ガラスハートかよ」  笑いの勝った声で言うと、丹生田はチラッと目を寄越し、そして怒ったようにキツく眉を寄せて前を向いた。  明らか照れてやがる、と肩を揺らして笑い続けちまったのだった。

ともだちにシェアしよう!