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91.お出かけ前夜

「お疲れっす~」  再び施設部に行くと、さっきまでの喧噪は無く、大田原さんはデスクに座ってた。 「おお、どうした。今日から部室に詰めるんじゃ無いのか」 「なんスけど暇なんで、部長の心得とか聞こうかなって」 「なんだそりゃ」  デスクから立って、ソファの方に移動しながら言われ、向かいに座る。 「イヤその、俺って部長の自覚無かったなあって、マジ反省したっつか」  てへへ、とアタマかきながら言うと、施設部部長は優しい感じで微笑んだ。 「活動の指針を早い段階で立て、ぶれずに強引なくらいの勢いで動いてる。ちゃんと部を引っ張ってるように見えるが? 大熊よりよっぽど部長らしいぞ」  苦笑気味に大田原さんは言ったけど、大熊さんと比べられてもなあ、とか思わず眉尻が下がる。 「つか仙波居たらもっとちゃんとできるんだろな、なんて思って」 「仙波は実務タイプだろ。大熊もそうだ。おまえとはタイプが違うよ」 「え、そうスか?」 「実際、今年は明らかに一年の問題が少ないって聞いてるが?」 「うん、それは本当のことだよ」  ツラっと入ってきた橋田が、トレイ持ったやつに指示して、テーブルにコーヒーが三杯並べられた。 「一人多かった。悪いけど、自分の分は部屋で飲んでもらっていいかな」 「はい」 「好きなだけやってて良いから」 「はい、失礼します」  嬉々として出てった奴を見てたら「淡島。二年だよ」と橋田が言った。 「コーヒーの出前」 「おお、うまいんだよな、あいつのコーヒー」  大田原さんは嬉しそうにカップに手を伸ばしてる。 「さっきの話だけど」  橋田が淡々とした目を向けて言った。 「変にネガティブになってるみたいだけど、藤枝くんはちゃんと評価されてるよ」 「え。……そうなの? だって俺、やりたいようにやってただけで、みんなに迷惑って」 「実務はちゃんと割り振れってことだ。おまえ全部自分でやろうとするだろう」  優しそうな大田原さんの言葉を、橋田が淡々とつなぐ。 「まあ、藤枝くんらしいけど」 「だなあ」  あれ、そんじゃ俺、このまんまでいいのかな?  二人がかりで言われて、やっとそんな風に思え、ちょいホッとしながらコーヒーに手を伸ばしたのだった。  エアコン設置作業は順調。  小さな変更はあったけどデッカい事件とか無く、部長にふさわしいやり方にもだいぶ慣れた、つもり。  つまり他部や執行部との連携をメインに、部員それぞれの適性にあわせて仕事を頼む言い方とか、いざってときに『頼れるだろ俺って』な感じをアピールとかしてるつもり、なんだけど、正直そこんトコは自信ねえ。  大田原さんの言う通り、全部自分でやりたくなっちまうんで、いやいやいや、なんて、しょっちゅう自分を抑えてる感じだし、仕事やらせるつう感覚には、なかなかなれねえつうか。  大熊さんはやるべきコトちゃちゃっとやっちまう要領良いとこあって、仕事を振るのもやる気にさせるのもうまかったなあ、なんてしみじみ思う今日この頃である。  いい加減だしマジで仕事すんの好きじゃ無くて、自分で動くのは最低限。楽する方向で指示出してたような気はするけど、仕事はちゃんと回してたし、他部や執行部とか、風聯会とのつなぎもそつなくやってた印象がある。そんでもってマズいことやらかしちゃったとき、か~な~り怖かった。 『よくも俺の仕事を増やしてくれたな~』  なんて妙に光る目でニッコリ笑うんだ。そんでみんなビビるから、機嫌良くさせるためにキリキリ動くって感じがあった。  去年一年、副部長やって、そういうの見てたから、自分に足りないトコは分かってるんだ。  冷静じゃねえし、腹芸とかできねえし、有無を言わさず言うこと聞かせるとか向いてねえし。ついつい『頼むな』って言っちまって、『しょうがねえ、やってやるよ』なんて言われて『サンキュ!』とかって、そんな感じ。まあ仲良くはやってるけどさ。  つか池町は体力あるし偉そうなんだよな。ちょい強引な感じはあるけど、先輩相手でも堂々と指示出してる。突っ走り気味で……田口に操縦されてる感じ無いとは言わないけど、たぶん去年の俺より出来てる。  すげえなあ、と思う。俺には出来ないなあって。  つか俺より部長らしいんじゃね? なんて聞いたら「そうかもね」淡々とした声が返った。 「どぉ~せ俺は! らしくねえよっ!」 「それはしょうがないよ。藤枝くんだし」  総括の部室に運ばせた淡島のコーヒーを飲みながら、橋田は澄まし顔だ。  つか言い方ってモンがねえかな? なんか一年の最初からずっと、橋田にはないがしろにされてるっつか馬鹿にされ続けてるんだよなあ。 「もういいけどさあ。さすがに慣れたつか」  つっても橋田は誰に対しても同じだ。言葉をオブラートに包むという概念すら無いに違いない。会長とか風聯会の幹部とか相手でも、淡々とした口調も顔も変わらない。なんだかんだ、一年の時から大物感漂わせてたし。 「藤枝くんは藤枝くんらしいってことでいいと思うよ。それよりひとつ、提案があるんだけど」  なに考えてっかマジ不明なわりに、気がつくと思い通りに動かされてる気もして、無欲とかってわけじゃなく、やりたいことはハッキリしてるっぽい。実は強引なんじゃね? 実は腹芸のカタマリなんじゃね? なんて最近思う。  絶対真似なんて出来ねえし、したいとも思わねえけど。  そんなもろもろ考えつつ、ほぼほぼ毎日ちょい落ち込みつつ部屋に戻る。  そんで一人になると、無自覚にニヤニヤしつつ丹生田から来てるメッセージを見るのだ。  毎日『ここなど、どうだろう』とか行き先を探してくれてたり、『キャンプをしたくは無いか』とか色々聞いてきてて、『おお、そこもイイな!』とか『キャンプやりてえ! 本格的なやつ!』とか返すと、次の日にはなんかかんか返ってきてて、そんなんで軽く癒やされて、ニヤニヤしながら眠る。そんで次の朝には平常営業の藤枝拓海全開になるわけ。  まあ、そんなこんなありつつ、仕事はほぼほぼ順調に進んだ。  丹生田が合宿から帰ってきた。 「お帰り! ンで行ってきます!」 「ああ、気をつけて」  まさに入れ替わりで、俺は実家へ。墓参りに行かなきゃなんだよ。  つうかホントは帰るつもり無かったんだけど、去年鈴木の実家とか行ってフケたの、めちゃ怒られたんだよ。  この時期、親戚一同集まるんで、「長男なんだから、おまえが来なくてどうする」的な感じで。  でも去年はさあ、丹生田が一人で寮に残るって聞いて、俺だけ帰る気になれなかったからさあ~~  なんだけど、顔だけ見たくて玄関で待ってた……なんて! 我ながら恥ずかしいぜっ! とか思いつつ、玄関を出る。 「おお、丹生田おかえり」 「相変わらず仲良いな、おまえら」 「合宿はどうだった」  背中から聞こえてくる声は平常で、異常に仲良い認識みてーだからオッケーつか、だれも変に思ってねーから平気なのだ! (かー! ちょい日焼けしてマジかっこ良くなってっし!)  なんて思いながら、駅へと爆走する。  十三日から三日間、人員減るけど、エアコン作業が休みってワケじゃ無い。  だからホントは帰るの半日のつもりだったんだけど、橋田の兄ちゃんが「一日くらい俺が見てるよ」つってくれたし、丹生田も「ゆっくりしてこい」って言ったし、甘えることにした。  電車とか乗り継いで1時間と少し、到着した実家には、既におじさんやおばさん、いとことか、はとことか、いっぱい集まってて、 「ハタチ過ぎたんだよなあ、飲め!」  みてーな感じで宴会に巻き込まれる。つうか一昨年は 「大学生になったんなら飲め!」  だったりしたわけだけど。  おじさん、つまり親父の弟が、既にできあがってる赤い顔で声かけてきた。 「賢風寮はどうだ」 「すっげ楽しい」  親父はじいさんに反抗して違う大学行ったけど、おじさんは賢風寮OBなんだ。今はちょっと偉い公務員やってるけど、うち来るときは、ひたすら陽気。ちょいじいさんと似た雰囲気なんだ。 「今総括部長なんだ」 「そうか、俺は監察だった」 「知ってる。つか耳タコだし」 「そうだったか、まあ飲め」  なんてエンドレスで酒注がれて、調子に乗って飲んだりしてたら親父が渋い顔でグラスを奪う。 「あまり羽目を外すな」 「兄貴、相変わらずお堅いな。こういう時じゃなかったら、いつ羽目外すってんだ?」  お約束の舌戦が始まったり。  おじさんと親父はよく似た外人顔だけど、性格は真反対だし、ヒョロッとした親父とは違い、おじさんはデカくてガハハと笑うタイプ。前はしょっちゅう口げんかしてたけど、じいさんが死んでから少し仲良くなったっぽい。  まあそんなこんなで潰れるまで呑んで、翌日は二日酔いで墓参りしてから寮に戻り、風聯会から来てくれた助っ人を迎えた。  そういう人たちは夜になると「飲みに行くぞ」とか言うわけで、部長は強引に付き合わされるわけで、そもそも酒はあんま強くないからデロデロになって寮に戻ることになる。そうすっと丹生田が玄関先まで迎えに来てくれてたりしてて、でへへとかだらしなく笑いながら部屋まで連れてってもらって寝る。  ……みたいな。  まあ、二十歳になったばっかのお盆は、そんな感じだった。  《6部 完》

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