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103.俺はしねーぞ!
シャワーカーテンを引いたバスタブの中で、壁に両手をついていた。
熱い飛沫を浴びながら、目をギュッと閉じて。今にも力が抜けてくずおれそうになる膝を、なんとか保とうと足に力を込める。
(丹生田、こっち見なかったな)
なんでだ?
なんでって、そんなの決まってる。分かってる。
(後悔してんだ。ヤっちまったこと)
友達とセックスするなんて、確かに正気の沙汰じゃねえよな。そうだ、友達。丹生田にとって、俺は
(ともだち、だ)
手を突いてた壁をこぶしで殴る。
(きっと大切には思ってくれてた。けどそれも、これで終わり、つーことだ)
身体から力が抜け、バスタブにくずおれる。とっさにシャワーカーテンをつかんだのに、手にチカラ入んない。膝とか肘とかガッツリ打った。
「いってえ……」
けど、それどこじゃねえ。
(もう丹生田、帰っちまうかもしんない。明日の朝とか……だってもう、顔見るのも困ってた。気まずいってコトなんだよな。そんじゃ俺、朝までロビーかどっかで時間潰さねえと。そんで困らせないようにしねえと。そんで、そんで、そんで俺─────)
いきなり腕をつかまれ、強い力で引き上げられた。
「どうした」
怖い顔した丹生田が、顔を覗き込んでくる。
ドキン、と心臓が鳴る。
「……なんで……」
「音がして」
そう言った丹生田の肩を縋るようにつかむと、丹生田は少しピクッとした。
つかんだのは無意識だった。けど丹生田は目を逸らせない。まだ裸のままで、触っちまったら心臓がどんどん早くなって。
だってさっきまで色々触られてたけど触ってなかったし、んで顔も見てなかったし、んで、んで、さっき全然こっち見なかったのに今は見てる。
コレ、この顔なんだろ、困ってるンかな? でもただ困ってる顔じゃねえ、けど……ダメだ、こんな顔させちゃダメだ。
「わり、だいじょぶ、だから……」
「済まなかった」
「え」
思わず見返したら、丹生田は目を逸らした。
「済まなかった。つい止まらな……いや」
絞り出してるみたいな低い声。眉寄せてこっち見ようとしない丹生田の顔が、すげえ悲しそうだ。こっちまで悲しくなってくる。
「ばか謝んなよ」
自動的に声が出てた。
けど丹生田はこっち見ない。それがめちゃ悲しくて、だからニカッと笑ってみた。こっち見てないけど、でも笑う。
だって丹生田が謝るなんておかしいから。
「……その、俺が頼んだ、わけだし」
「……済まなかった」
丹生田は目を閉じて項垂れた。
「だから……」
「済まない」
イラッとした。
「謝んな、つってんだろ」
「しかし」
瞬間的に頭が沸騰する。
「こっの、くそバカっ!」
怒鳴りつけると同時、グーで頬を殴ってた。
丹生田は倒れず、少し身体が傾いだだけだったけど、また肩つかんでバスタブに引きこむ。なんでか、さっきまでチカラ入んなかった手が、普通に掴めてる。
二人ともシャワーの飛沫を頭から浴びた。けど丹生田は目を伏せたままだ。
「コラ、イイか? 聞けこのガラスハート! 後悔とかすんなよ、ぜってーすんな! 分かったか!?」
「しかし」
「俺はしねーぞ!」
そう叫んだら、丹生田はようやくこっちを見た。
「だって好きなんだかんな! おまえのことずっと好きだったんだ! エッチ出来てめっちゃ幸せだっつの! 分かったか!」
「………………」
丹生田の顎に力がこもる。
まっすぐこっちを睨んでる。
それでいい。見ないフリされるより、ずっとこっちの方がイイ。
「汗とか気持ち悪いんだろ」
そう言って裸の肩をポンポンと叩くと、丹生田は二度、三度、まばたきした。
ああ、やっぱカッコカワイイ。
マジ俺ってしょうもねーなー、クソマジで安い、安すぎ。
そう思ったら、笑っちまってた。丹生田は目を見開いて、真一文字にくち閉じる。
「おまえ、このまんまシャワー使え」
ニカッと笑って立った。簡単に立てた。なぜか身体にチカラ戻ってた。
そこに丹生田を置いて、タオルだけつかんでそこを出た。ざっと身体を拭き、手早く服を身につける。水音のし続けるドアをチラッと見て、奥歯噛みしめながら部屋を出た。
きっと丹生田は後悔して、悪いことしたとか真剣に悩んだりするに決まってる。だから、そんな必要ねえって、悪いことなんてしてねえんだって、そう教えとかねえと。
そう思ったのはマジで、心の底からマジにそう思ったわけで、ンでも言っちまってから、ああそうだ、と、自然にそう思えた。
後悔なんてしねえ。
ぜってーしねえ。
だから後悔しないために、できる限りのことする。
そんな決心しつつ、階段を降りた。
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