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104.はるひ

 ロビーは薄暗くなってた。  そりゃそうだ、時計は二十三時を回ってる。なんか分かってなかったけど、メシ食ってからずいぶん経ってたんだな。  フロントには灯りあるけど誰もいない。だよな、こんな山ん中のホテルだし、深夜の来客なんてねえよな。ロビーの隅っことか、太い柱の周りにソファとコーヒーテーブルが置いてあって、そばにはスタンドライト。暖炉とか本棚とかある壁際にもライトがいくつか。  そう広くない場所だから、そんだけで歩くのに支障は無い。  フロント横、階段とかラウンジへ行く通路と反対側にコーヒーの機械があった。日中は気づかなかったけど、『ご自由にどうぞ』つう札が立ってる。  そんで、柱近くのソファに、誰かいた。  そっと歩いてくと「誰?」聞かれて、誰なのか分かった。  はるひちゃんだ。  メシんとき怒鳴りつけたの、いきなり思い出した。  超気まずい。けど仕方ねえからそっち歩いてって「よお」声かけた。  はるひちゃんは振り返って「ああ。ホモ」と言った。  一瞬ムッとしたけど、顔見て思わずブッと吹き出しちまった。ぷんすかの顔が妹と同じに見えたから。 「なに笑ってんのよ」  黙ってりゃ清楚な美少女なのになあ、と思ったら、また笑えてきた。したら睨まれた。 「ちょっと、なに?」 「うるせーよ」 「そっちこそうるさい」  なんかいきなり落ち着いて、したらいきなり、めちゃのど渇いてるのに気づいた。 「あ~、ペプシ! 超ペプシ飲みてえ! 自販機とかどこだ」  こういうとき欲しくなるのはコレ一択だ。 「あるわけ無いでしょ」  速攻返った声が、マジで妹とおんなじ。ニヤニヤしちまいながら「あんだろ、自販機くらい」言うと「無いよ」とまた速攻だ。 「フツーあんだろ自販機くらい。なんで言い切るんだよ」 「無いに決まってるから」 「なんだよそれ」 「知らない」 「はあ? ここ何度か来てんじゃねえの?」 「知らない」 「使えねえな」  ククッと笑いつつ、コーヒーの機械のとこに行く。コーヒーとカフェオレとココアの三種類、無料で飲めるらしい。紙コップとホルダーも置いてある。 「しゃあねえ、おまえにも入れちゃるよ。ガキだからココアな」 「……むかつく」  思わずハハッと笑いながら「お互い様じゃん?」言ってやった。 「俺だってむかついてるっつの」  言いながらココアのカップ突き出すと、当たり前に受け取りつつ「ああ~なるほど~」と鼻で笑われた。 「それってホントのこと言われたから? ホモだって」  礼も言わず憎まれ口きくからムッとした。 「おまえ性格最悪だな」  そんなトコも妹とおんなじだ。そんで今まで一回も妹にくちで勝ったことなんてねえのだ。危険物には近寄らない方がいい。けど部屋に戻れねえし、どこ行けばイイか分かんねえし。  しょうがなく少し離れたソファに座って、ズズッとカフェオレすする。  つか コイツがヘンなこと言って、そんであの流れになったんだから、全部コイツのせいだ。いやいやいや自分でヤれつったんだった。ダメじゃんひとのせいにしちゃ。  ンでもやっぱムカつくから言ってやる。 「つうか自分の荷物くらい自分で運べよな。すっげ大変そうだったぞ。むしろおまえがばあちゃんの荷物持てよ」 「はあ?」  ココアにくちもつけずに、はるひは声を尖らせる。 「ホモのくせに偉そう」 「あ~そうだよ、俺はホモかも知んねえよ。それでおまえに迷惑かけたかよ」  ため息混じりになっちまって、またカフェオレすする。 「なによ開き直るの?」 「開き直って悪いかよ」  自分が勝手に好きになって、そんでお願いしてエッチしたけど丹生田は違う。分かってる。 「俺はあいつが好きなんだ。けどあいつは違うから、そこ誤解すんなよ」  自分のせいで丹生田まで変な目で見られるのはイヤだ。絶対イヤだ。そこんとこはキッチリ言ってやんねえと。  てかもうちょい一人になりたかったのに、しみじみ出来る雰囲気じゃねーなコイツいると。やっぱムカつく。 「なに嘘ついてんのよ」  はるひが睨むみたいにこっち見た。チャンとかつけてやるかアホ。ギッと睨み返す。 「なんだよ」 「嘘でしょ。いっしょに旅行なんてしてるんじゃない。嬉しそうに笑って…」 「友達同士でキャンプに来たんだよ」 「じゃなんでホテル泊まってんのよ」 「雨降ったから予定変更して泊まることにしたの。どっかおかしいかよ?」 「おかしいでしょ! 慌ててあんたのあと追いかけてったし、おかしいよ。ただの友達じゃないんでしょ!」 「ただの友達じゃねえ、だい・しん・ゆう・だっ!」 「はあ?」 「他の誰よりいっちばん仲良いんだ! 表情読めるのは俺だけ! なんかあって落ちてるあいつを、一番元気づけられんのも俺だ! それに一番、応援してんのは俺なんだよ! 参ったか!」 「なにそれ。思い込みなんじゃない」 「ばーっか、ちげえよ! 周りだってみーんなそう思ってる! みんな『異常に仲良い』つってんの!」  でも俺だけじゃなく、みんな普通に丹生田を好きで応援してて、後輩にも慕われてる。そんなん見てて、俺は俺でちゃんとやれるようになんなきゃ、そんで丹生田を助けれるようになるんだって、まだそんなこと……考えてた。アホか。  もう友達として近くにいるとか無理なんじゃん───── 「異常ってなによ。やっぱりおかしいんじゃない」 「あ~~っ! とにかく!」  キレ気味に声を荒げると、はるひはくちを噤んだ。やべやべ、女の子ビビらせちゃダメだろ。 「……おまえ、もうヘンなこと言うなよ。動揺させちまうだろ。俺は、あいつの迷惑になるコトしねーの。そう決めてんの。だからもう、ぜってー言うな」 「……バッカじゃない」  そう言って、はるひはようやくココアにくちつけた。 「うっせ、ほっとけ」  言いつつコーヒー飲む。  ふう、とため息が出て、まだ濡れてる髪をぼさぼさにかき乱す。やっぱペプシ飲みてえな。 「……なんでちゃんと言わないの。好きだって言えばいいじゃない。あんた顔はカッコイイし、あのとき、あんたのこと追っかけてたし、なんとかなるんじゃないの」 「バカかおまえ」  そう言って睨んだ。はるひも睨み返してくる。 「なによ」 「ほんとマジでやめろ。あいつは違うんだ、ちゃんと女の子が好きな奴なんだ」 「……ちゃんとってなに。バカなの? ホモがちゃんとしてないってこと? それともアンタがダメだって自覚でもあるっていうの? ならなんでそんなに偉そうなのよ」 「うっせ」  妙にズキズキくること言う、けど妹以上にくちが立つはるひに勝てる気なんてしねえし、それになんか、これ以上しゃべってたら、言っちゃイカンことまで言っちまいそうで、コーヒー飲み干して立つ。 「いいか、もうぜってーヘンなこと言うなよ」 「変なコトってほんとのこと?」  一瞬視線だけを送って、黙ったまま玄関へ向かった。まだ雨降ってるけど、だいぶ小降りだし外に出ようと思ったのだ。とにかく一人になりたかったのに、ドアは鍵がかかってて開かなかった。 「ここ山の中だし夜間鍵かけるの。外出したいならフロントのベル鳴らせば誰か来るよ」  はるひの声にチラッと目をやったら、フンッと横向いたんで、はあっとため息ついて、しかたなく大浴場の方に向かう。あっちなら自販機とかあった気がするし。  つかしっかりココア飲んでたなあ。まあいいけど。

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