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105.決心

 浴場前の、マッサージ椅子とか置いてあるあたりに、自販機はあった。  だが。 「なんっで! ねーんだよペプシ!」  そう、コーヒー牛乳とかフルーツ牛乳とかコーラもあんのに! てかアイスの自販機あるくせに!  イラッとして床を蹴ったりしたけど、それでペプシが現れるわけもない。おまけに金持ってくるの忘れたことに気づいた。  どうしよ。部屋に戻るなんて無理だし。て、……あ。  ─────思い出した。  はるひと喋ってて抜けてたのが、一気に戻って来た。 「あ~くそ!」  しょーがなくマッサージ椅子に転がったら、はぁ~、とため息が出てきた。 「どうすんのが一番イイんかなあ…」  なんかグルグルしてたけど、はるひと話してなんとなく少しだけだけどアタマの中、整理出来た気がする。  ……そうだよな。  すぐ出ちまうくらい、丹生田ってば、たまってたんだよな。  そんで俺、あんとき我ながらかなり必死だったし、丹生田ってば優しいし、そんでたまってたら……ヤっちまうくらい、別に好きじゃなくても出来る。できるって知ってる。俺だって水無月とセックスしたとき、好きとか思ったわけじゃねえもん。  ――――丹生田、おじいさんが倒れた日から、いつもとちょい違ってた。  お母さんのこととか色々あって、そんで丹生田のベッドで一人エッチしてたのバレて、あんときシーツとか替えようとしたのに、丹生田断って自分で替えてた。その背中見て、やっぱ、イヤだとかキモいとか思ったんだなって、そんで悲しかった。  次の朝フツーで、そん時はホッとしたけど、そっからなんか、ちょい違ってた。  なにがどうって言えねえけど違和感つか。  前よりもっと優しい感じてか、いっぱい笑いかけてくれたり、キャンプ行こうとか言ってくれたり。俺って安いから単純に浮かれてたけど、考えたら不自然じゃね? 違うかな?  てか丹生田ってば自制心強いつか、そういうの見せないけど、でも実は色々処理しきれてなくて、ぐちゃぐちゃだったんじゃね?  なんか処理しきれないモンで一杯なって、わけ分かんなくなっても、笑って誤魔化したり、誰でもやるよな。アタマん中ぐっちゃぐっちゃで、逃げちまいたくなるようなときでも、平気なフリくらいできるんだよな、人間って。  だとしたら。  ……丹生田は俺のこと、トモダチ、親友として大切に思ってくれてて。  なぜかずっと同室だし、俺がヘンなってると、みんな丹生田に頼む。逆もそう。丹生田の様子おかしかったらみんな俺に聞く。みんな異常に仲良いとか言って、俺らがつるんでてフツーな感じで。  合宿前に出かけたときだって、伊勢とかに言われて無理矢理休ませようとしてくれたわけだし、この旅行もその延長線上、てことだったら?  ここんとこ忙しかったの気にかけてくれた奴がいて、丹生田になんか言ったのかもしんねえよな? そんでキャンプとか誘ってくれたんだとしたら。  ……原島と別れてから彼女いなかったわけだし、丹生田、……たまってたんじゃねえの?  たまってて、勃ってるちんこ触られて、エッチしてくれなんて言われて、……親友だと思ってた奴に。  ─────混乱しないわけねーじゃん。アタマん中ぐっちゃぐちゃんなって、でも……ヤれると思った。  そんでヤった。  好きじゃなくてもヤれると思ったらヤっちまうことってあんだよ。マジで後先考えず、なんも考えねーでヤって、終わってから後悔すんだよ。水無月とヤったときの俺みたいに。  けど顔見たくないから後ろから。顔見たら萎えるとか、思ったのかも。  そんで……そんで今ごろ、丹生田はきっと後悔してる。  やっちまった、どうしよう、なんてきっと混乱して、自己嫌悪とかになってるかも。ガラスハートだもんな。色々考えすぎるくらい考えてわけ分かんなくなって  ─────俺に悪いことした……とか、思ってっかも。  そんで顔見るの気まずくて、朝を待って帰るとか、ありうる。  ほう、と深く息を吐きながら、髪をぐしゃっと乱した。  けど俺、後悔しないって決めた。  だったらちゃんと考えなきゃだよな。なにをどうしたら後悔しないで済むのか。  まず、すぐ起きそうなことに、どう対処するか、だ。  明日丹生田がこっから帰っちまったら、それはもうしょーがねーし、追っかけて帰るしかねえ。  そんで、色々忘れて大親友だろ俺ら! とか言い張る。  丹生田が友達としてこれからも仲良くやりたいと思ってくれてたら、それでなんとかなんねえかな。  部屋替えしちまうと、部も学部も違うから顔合わせる機会はめっちゃ減る。それでなし崩しに距離が開く。そうなると……なんもできねーな。こっちからガンガン顔出したりしてイイもんか迷うとこだし。  そんでもメシとか風呂とかで顔会わす機会はある。  んで、寮から出て行くって言いそうになったら? マズいな、どこに住むのか教えてもらえねーとかあり得るわけだし。そうなるとストーカーするしかなくなるわけで、そんなん無理だし。  あ、そうか。さきにこっちが出てけばイイんじゃね?  出ちまっても寮内じゃ顔広いから、なんだかんだ、どうにかなりそうな気がする。部外者出入禁止ったって、玄関周りくらいなら入れるし、学食とか剣道の見学とか、出来るよな? たぶん、きっと。  あれ、でも寮から出たら総括の部長ってどうなるんかな?  あっでも仙波大先生が居るわけだし、あとは池町と田口で問題無くやれるか。ああ~、でもそうなると浜村はついてこねえよな。まあしょうがねえか、そこはな。あとは~……  なんて無理に脳天気に考えてたけど、どうしても最悪のパターンが浮かんじまう。  最悪なのは、丹生田がこっち見なくなることだ。  声かけても無視するようになっちまうことだ。  そうなったらなんも出来ねえ。  けっこう打たれ強い方な自覚はある。ガンガン攻めるんなら出来ると思う。けど (それで丹生田が、イヤな思いするんだったら─────)  それはイヤだ。  バカだよな。せっかく旅行に来たのに、よりによって初日に言っちまうなんて。  キャンプとかバーベキューとか、山歩いたり釣りしたり、計画してた楽しいこと、なんも出来ねえで終わる。  ほんと、俺ってバカ。大バカだ。  唇を噛みしめながら、グルグル考え続け、……いつのまにか眠りに落ちていた。

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