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108.キャンプ開始
キャンプ場にはけっこうたくさんテント立ってる。ちょうど日曜だったんだけど、ちょい意外。
「みんな昨日の雨、どうしたんだろ」
昨日の夕方、到着した頃はすごい雨でテント張るなんて無理っぽかったのに、「みんな根性あんな!」なんて感心してたら
「昨日の朝からいたのだろう」
丹生田が言った。
「多少、天候が荒れても、テントを張っていればなんとかなる」
「え、そういうモン?」
「ああ」
キャンプって晴れてるときしかやんねえって思ってた。雨降ったら帰るとかホテルに泊まるとか、そういうモンだと思ってた。
「あんな土砂降りでも、キャンプってできるんだ」
「どんな天気でもできる」
「へえ~」
「何度か雨の中テントを張ったこともある」
そういや昨日、バスの中で『俺が張る。大丈夫だ。心配するな』なんて丹生田が言ってたの思い出す。
そっか、丹生田ってばマジであの雨ン中、キャンプするつもりだったんだ。
なんか胸ン中がほっこりあったかいモンで満たされてく感じ。めっちゃ嬉しくなって、ニカッとか笑っちまう。丹生田はいつものまっすぐな目で見下ろしてきて、ドキッとしちまって、やべっとキョロキョロして、まさに庭付き一戸建てかよ! つう感じのテント見つけて
「うっわ、すげえな、でっけーテント! 色々あるもんだな~」
声あげて誤魔化したり。
つうか、走り回ってる子供や、メシ食ってるひとや、水場で洗った食器を持って歩いてるひとや、ホントたくさん色んなひとがいて、もうテント畳んで片付けしてる人たちもいる。九時過ぎなのに。
「次は、ああいうのがいいか」
なんつった丹生田の視線の先には、さっき言ったデッカいテントがあった。
デカいだけじゃなくて、布で屋根が出来てて、その下でのんびりコーヒー楽しんでたりして、優雅なリゾート感出しまくってる。なにげにテレビ見てたり、スマホ弄ってたりの人もいる。
「う~ん、でもああいうの、ホテルですりゃよくね?」
なんて言ったら丹生田は苦笑した。
「アウトドア感ねえよな」
なんつってヘラッと笑って「それより場所探しだって!」とか、やっぱ誤魔化す。
「ここはどうだ」
丹生田が立ち止まったのは、湖畔の狭い場所で、木の枝がせり出したように覆ってる下だった。
「小さいテントだから、コレくらいスペースがあれば問題無い」
「へえ~~」
そこに立って周り見回してみる。正面は湖越しに山が見えて、湖畔までは五歩くらい。丹生田は地面を蹴ったりしながら「木の根を避けて立てれば」なんてぶつぶつ言ってる。
「おっけ! んじゃここにしようぜ!」
ニカッと言うと、丹生田も頷いて、早速作業を始めた。
チャッチャと作業する丹生田が、時々低い声で短い指示くれるんで素直に従ってたら、テントは十分くらいであっさり完成。
「すっげえな、めっちゃ慣れてんな」
「ああ」
テント入ってた袋とか始末しながら低く言った丹生田は、なにげに自慢げで、やっぱカッコカワイイ。
「行くか」
「て、どこに」
「他の道具を借りてしまおう」
なんつってさっさと行く丹生田がキリっとしててカッコイイ! なんてワクドキしながら管理ロッジに行く。
寝袋とコンロや炭、ちっちゃい折りたたみの椅子とか借りて、着火剤を買い、手分けして運ぶ。ついでに湖畔のマップも貰ったし、テントに戻って借りたもんとか中にしまったりした後、丹生田はリュックからウエストポーチになる部分だけ取り外し、それを腰につけながら「とりあえず歩こう」と言った。
「どこで釣りができるか見たい。農家の店も見ておきたい」
「あ~、だな!」
なんつって財布と携帯だけポケットに突っ込んでついてく。
山間の細い道は一応舗装されてるけど、砂利だの散らばってるし、道のすぐ脇まで茂みが繁茂してて、木々の枝が道の上まで伸びてたり、すっげ田舎道って感じ。蝉の声なんかもうるさいくらい。よく分かんない虫も飛んでたりして、「うわなにっ!」とか騒いだりしちまって、丹生田が追っ払ってくれて「なんでもない。もう行った」なんて話しながら、ちょい昇り坂な道をズンズン進む。ときたま車が通ると、道ばたに避けて草踏んで歩いた。
自然なままの山の中なんて、ガキんときの遠足以来だなあ、なんて思いながら歩いて、気づいたら湖が消えてた。緑の茂みの向こうに山が見える。真っ青な空に薄い筋みたいな雲がちょい浮かんで、そこにそびえる山の緑が葉っぱまで見える感じでキラキラしてる。
「なんか不思議と山のてっぺん近い気がする」
「中腹まで昇ってきたからな」
「え、じゃ今山登りしてたのか」
「気づかなかったのか」
フッと息を吐いて、丹生田も山を見上げ、太陽を見て目を細めた。
「標高が高いから涼しいだろう」
「そういや、灼熱って感じじゃねえな」
イイ風も吹いてて、すっげ気持ちイイな~! とかって歩いてたら、緑の中にチラッと赤いモンが見えた気がした。
思わず足止め、そっちガン見する。こんな山ん中に、あんな鮮やかな赤、ねえだろ普通に。誰かゴミとか捨ててったのかな? なんてことするんだよ、拾って帰るかな、なんて思って見てたら「どうした」声かけられた。
「あ、いや。あれ、あの赤いの」
「ああ」
少し目を細めた丹生田が、ガサッと茂みンなか入ってく。
「え、なんだよ」
言ってから気づいた。あ、そか、ゴミだったらチャンと拾わねえとだよな。
「待てって俺も行くよ」
慌てて追っかけ、両手で茂みかき分けてったら、立ち止まった丹生田の背中が少し屈んでる。
「あ、赤いのだ」
「ほら」
振り返った丹生田の、でっかい手の中に赤いツブツブしたモンがコロンと乗ってる。
「これ、さっきの?」
「野いちごだ。食ってみろ」
なんとゴミじゃなかった! 山ん中って赤いモンあるんだ! なんてちょい興奮!
「食えンの?」
聞くと、丹生田は無言でくちン中に実を放り込んだ。
「あ」
「あまり甘くないな」
なんて、ちょい眉寄せて言いながらまた屈んだ。すぐ振り向いて差しだした手に、いくつか野いちごが乗ってる。
さっき丹生田食ったし、とか思いつつ取って、でも洗ってねーし、とか、ふーふー息かけてたら「大丈夫だ」声が降った。
「ここなら排気ガスも届かない」
じっと見てるから口に入れる。プチプチッとしたちっちゃい実が歯で押し潰されて甘酸っぱい味がくちに広がった。
「……うわ。うめえ」
丹生田もまたくちに入れ、小さく頷いてる。
「標高が高いから、まだ実が残ってたんだな」
「マジで野生のイチゴかよ。すげえな」
丹生田は少し目を細めて嬉しそうつか自慢げつか。
「……ここら辺なら色々あるかもしれない」
「色々って?」
「食えるものが。見て回ってみるか」
「うん!」
「……道から離れすぎないようにすれば、大丈夫だろう」
なんつって小さく頷き、丹生田は茂みをかき分けて進んだ。時々上を見上げたり振り返ったりしつつ、「あれはアケビだ。まだ早いな」とか「グスベリは終わっているか」とか言ってて、「へーあんなん食えンの?」とか「そっかー、もっと早く来りゃ食えたんだ」なんて返す。
その他にも丹生田が草とか摘んで、「コレは食える」とか囓ってみたり、「秋になったらキノコも取れそうだな」とか言ってたり、そんな風にしばらく進んでたんだけど、小さくため息ついた丹生田は道へ戻った。
「今食えそうなものは無かったな」
気落ちしてる感じが、なんかおかしくて、笑いながら背に手を伸ばした。いつもと同じように一度叩いて、………二度目が叩けない。手は背中近くで止まってる。
振り返った丹生田にハッとして手を引き、なんとか笑って誤魔化す。
「ほれ! 道草したから急ぐぞ!」
とっとと歩き始めると、後ろから「そうだな」低い声と、足音が聞こえた。
夏の終わりを予感させる太陽は、まだ十分に暑い。けど高原ならではの風が髪を肌をそよがせ、足を速めても汗ばむほどじゃない。
なのにじんわり汗が吹き出てる。背中に足音聞きつつ、一瞬手のひらに目を落とし、ギュッと握った。
やべえ、丹生田の体温やべえ。なんか心臓がヘンなリズム刻んでて、手をグーパーして感触逃がす。
マズイ、迂闊に触れねえ。
すぐ横に並んだ丹生田が、早足で歩きながら「どうした」と聞いてきた。チラッと目をやってからニッと笑い「なんもねえ」とだけ言った。ちょい心配そうなのカッコ可愛くてドキッとしちまうから、あんま顔見れねえ。
風呂入っても、ヤバいとこ見なきゃだいじょぶだった。けど触ったら─────誤魔化しきかねえ感じ。
めっちゃマズイ。俺悪化してる。
朝、決めたから、そっからいつも通りをまあ、意識してるつもり、だったけど。
なのにちょっと触っただけで、ヤバい感じが湧き上がってくるとか、おいコラダメじゃん!
ダメだダメだぞ、丹生田を不安にさせるな!
ただでさえ色々大変なんだから、俺なんかのことで悩ませるとかありえねーつの! 応援すんだろ? 守ってやんだろ?
くっそ負けるか! しっかりしろ、藤枝拓海! ウザいくらいしつこいんだろ! 意外と根性あるんだろ! 自分で意外とって言ってるけどな!
なんて自分に言い聞かせつつ、背後から土や砂利を踏みしめる足音が聞こえてくることに、やっぱり安心しちまってた。
少し歩いて、農家のひとがやってる店見て、野菜とかソーセージとかあるの確認した丹生田は「また後で来よう」つってアスファルトの道を逸れ、茂みを突っ切って山道に入った。
そんで発見。
『⇧頂上』つう看板が、道ばたに立ってる。
「え、もしかしてこっちが登山道? んじゃ山昇るときって……」
「登山口はキャンプ場近くにあった」
このあたりの生活道路を見てみたかったんだって。そういや歩いてきた道沿いに農家っぽい家とか畑とかあったな、とか思う。
「てか、なんでそんなの見たかったの?」
「……万が一、山で怪我……迷ったら。俺が助けを呼べる」
なんつってうっそり俯いて歩くのを横目で見つつ、ニヤニヤしちまいながら足を上げた。
だってカワイイじゃん? なに心配してんだよ。いくら山とか慣れてねえっても怪我なんてしねーつの。
なんて思ってたけど甘かった。山道は昨日の雨のせいかところどころ滑るんだ。丸太っぽいもんで簡易に造ってある階段とかもあるけど、それも滑る。さっきまでの道とはゼンゼン違ってて、何度かズリッとコケそうになったりした。なんとか耐えたけど。
そっから山の頂上まではすぐだった。
畳二枚分くらいのスペースにちょっとした柵があって、そっから湖とか周りも全部見下ろせた。
天気最高だしイイ風だし、すっげきれいで爽快! なだけじゃない。
ずっと遠くに見える街は、少しけぶってなんとなくしか分かんねえ。そっからこっちに向かってる道をバスで通ってきたんだな。途中で見えた畑とか家とか、そんでゆうべ泊まったホテルとかゴルフ場とかコテージ群とか、そういうのも全部見えて、昇ってくる途中で見た家なんかも分かる。
(なんかちっちぇーな。まして俺なんて)
なんとなく、笑っちまってた。
(マジでもっと、すっげえちっちぇー)
昨日からいろいろあって、ちょい混乱してて、けど意識して通常営業してたけど、実はゼンゼン納得してねえ自分もいたんだ。根性出せ、フツー通りにって、言い聞かせてる感じつか。そんなモヤッとした感じだったのに。
そんないろいろ全部、こんな大して高くない山から見わたせるような、そんな狭い範囲でやってたんだ。
(決心とか、俺ちょい必死ぽい感じなってた、けどなんてコトねえんじゃね? お母さんや妹に会えない丹生田より俺がつらいとか無いんじゃね?)
なんて考えたら、なぜか一気に楽になった。
「っあ~~~っ!!」
だって天気サイコーなんだ。丹生田と一緒なんだ。これからも一緒にいられるんだ。ならいーじゃん? なんも問題ねーじゃん?
「超気持ちイイーーー!」
「……そうか」
チラッと見たら目を細めた丹生田も、くちをムッと引き結んで、おんなじモン見てる。
この景色、丹生田はどんな風に見えんのかな、なんて考えつつ「うん!」声あげてこぶしを天に突き上げる。
「サイッコーーー!」
目が先に見て、顔も動く。こっち向いた丹生田にニカッと笑いかける。
「つうか良いなココ!」
「……そうだ、…な……」
低く言って、丹生田は目を伏せた。
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