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109.はるひ再登場

 帰りは登山道を使って降りた。  やっぱズリッとしたけど、前に丹生田がいて、ガッシリ支えてくれたんで超セーフ。  キャンプ場に戻ると、朝はかなりあったテントがだいぶ減って、まばらになってた。 「午前中に片付けて帰ったんだろう。これから泊まる連中がすぐに来る」  そう、もう昼を過ぎてたのだ。  めっちゃ腹減ってた、けどなんの用意もしてないし食いもんも持ってない。農家の人の店でもナンも買わなかったしな。  とりあえず食うモン、と思ってテントに向かう丹生田に「先行ってて」なんつって管理ロッジへ行った。朝見たとき、パンとか、なぜかカップ麺とか売ってたのを思い出したのだ。  パンは売り切れてて、とりあえず腹満たすんだからなんでもイイや、つってカップ麺ふたつ買う。 「なんでキャンプ場にカップ麺あんのかな~」  なんて朝も思ったこと、くちにだして言いながら、にやけちまいつつテントに戻る。  丹生田はテントの前にバーベキューのコンロ置いて、折りたたみの椅子を並べてた。 「腹へったろ ほらコレ」  なんつって見せてやったら、丹生田がじっと見て眉寄せた。 「お湯は……」 「あっ!」  そうだ忘れてた! ここってキャンプ場でガスとかねーわけだし、てかケトルも鍋もない!  つまりお湯を沸かせない!! 「うーあ、なんだよ食えねえじゃん」  ガックリしてたら、丹生田が椅子に座ってリュックを引き寄せ、中ゴソゴソし始める。なんとなく傍にしゃがんで「どうするよ」とか言ってたら、 「やっぱりね」  呆れたようなため息混じりの声がした。  目を向けると、前髪ぱっつんの黒髪美少女。 「こんなコトだろうと思った」  はるひだった。ストライプ模様の袋持って自慢げに笑ってる。 「キャンプ道具、全部借りるとか言ってたから、借りたもののリスト見たの。コレじゃお湯も沸かせないじゃない、と思ったんだけど」  勝ち誇ったような笑みで、手の袋を持ち上げ、ゆらゆら揺らす。 「とりあえず、携帯食料とアイス買ってきたけど、いる?」 「え、アイス! やった! ……じゃなくて、なんでソレ? 腹減ってんの分かってンなら、もっと食いがいあるモン持って来いよ」 「うるさい。いらないんなら持って帰る」 「うわ、いるいる!」  慌てて言うと、はるひはニッコリ笑った。そうしてっとフツーに美少女だ。  「つかアイスあんなら速攻食わねえと溶けンだろ!」  フッとか、偉そうにため息混じりで差しだした袋を受け取る。 「なにコノ袋」 「保冷バッグ。知らないの?」  馬鹿にした感じで言われたけど、アイスに罪はねえ。中には一本で満足なバータイプの食料と、棒タイプのバニラアイスが二つずつ。わ~い、と早速アイスを取った。保冷剤も入ってるけど、まだキンキンに冷たい。 「どこで買ったんだよ」 「浴場前の自販機。保冷剤はラウンジのキッチンでもらってきた」 「へ~、アタマ良いな」  なんて言いながら早速かぶりつく。ふいー、山登りした後のアイスは旨いぜ。 「……なるほど」  丹生田が低く言って、自慢げニッコリのはるひを見上げる。 「これなら不自然ではないな。湯を沸かす手段があっても」  はるひはフンッと鼻を鳴らし、また生意気に戻った顔で、ツラっと空いてる椅子に座る。つまり俺の座るトコがなくなった。 「バカみたいに大きいリュック背負ってたから、ケトルとか持ってるかも、と思っただけ」 「……そうか」  はるひは、ギッと音がしそうに丹生田を睨んで「あんたはいらないの」と聞いた。丹生田はニコリともせずに「もらおう」とアイスを受け取る。  袋を破った丹生田は、親の敵みたいにアイスを睨んで三口で食った。俺も早々に食い終え、手を差しだした丹生田に棒とかゴミを渡すと、丹生田はリュックから出した袋に突っ込んでる。 「あ、わり」 「いや」 「あのさ、買い物行くなら付き合ってあげてもイイよ」  はるひが言った。見ると腕組んで、ぷんすかの顔だ。 「いらねーし。つかなんだその顔」 「そんなこと言って良いの? あたし車で来てるんだけど」 「は? おまえが運転?」 「大学受かってすぐ免許取って、半年くらい無事故無違反だけど?」 「ホントか~?」 「イヤなら良いけど、ふもとのスーパーまで十キロ、ホームセンターならもっと遠いよ。行って帰る間に餓死するんじゃない?」  どうする? と目を向けると、丹生田は低く「藤枝が決めろ」と言った。 「ええぇ~?」  言いつつはるひを見る。 「おばあちゃんには内緒なの。行くんならすぐ決めて」 「え」  はるひはフンッと鼻息を荒くして、俺を見上げ立ち上がった。 「ゴルフしてるって言ってきたの。お昼はクラブハウスで食べるって」  なんつってさっさと歩いてく。 「行くんならついてきて」 「おい、なんだよそれ。内緒って」  追いかけつつ言うと、振り返りもせず、はるひが言った。 「うるさい。きっともうバレてるから、あんまり時間無い。イヤなら良いよ、来なくても」 「くっそ、行くよ、行くっつの」  言いつつ振り返ると、丹生田はテントの中にリュックを戻し、ついてきた。  はるひの車は、真新しくて赤い小型車だった。  丹生田が助手席、俺は後ろで一人。意外にも運転はフツーで、危なげねえ。 「なあ、なんで野上さんにンな反抗的なんだ?」  買い物に便利、つうのもある。けどソコが気になって、この車に乗ったのだ。 「あたし、ゴルフの練習に行く予定だったんだ。けどおばあちゃんがゴルフバッグを持ってっちゃったの。どうしても必要なものが入ってて、だから取りに来た。つまりおびき寄せられちゃったわけ」 「え、マジでゴルフしに来てたんだ?」 「そうよ。悪い?」 「いや、悪いとかじゃなく!」  前を向いて危なげなくハンドル操作しながら、はるひが続ける。 「ゴルフバッグはあったけど、肝心のものがないのよ。機嫌取って聞き出そうとしてもニコニコするだけで言わないし、探したけど見つからない。おまけにあんたたちと一緒に食事とか言いだして、ココに縛り付けとこうって企んでるの丸わかり。イライラもするでしょ」 「あ~、それでかぁ」  最初良い子っぽかったのに、いきなり感じ悪くなったモンなあ。 「ここっておじいちゃんが造ったトコなんだ。今は経営者変わってるけど、おばあちゃんの言いなりになるひとがまだ残ってる。孫娘を正道に戻したい、なんて言ったら同情して言うこと聞くような人たちがね。つまりおばあちゃんに都合の良い場所なの」  はるひは苛立たしげな口調を隠そうともしない。 「正道って、おまえなんかヤバいの?」 「おばあちゃん的にはね」 「なんだソレ。おまえいったいなに……」  聞きかけた声を遮るように「なぜキャンプ場に来た」丹生田が言った。 「あたしは忠告に来たんだよ」 「忠告?」 「あのね、あのひとなんでも思い通りにしようとするし、実際そうしてきてるの。若い頃の話とか、イヤになるくらい聞かされてるんだ。あたしのことだって家を守る道具としか思ってないんだから、あんた達なんて手頃なのが見つかった、くらいにしか思ってないよ。これからもなんか言ってくるかもだけど、絶対言うなりになんてならないって、そう思っておきなさいよ」  野上さんの上品そうな笑顔と口調で、逆らえない感じにあっさりなってたのを思い出し、ちょいゾクッとする。 「…なんか怖えな」  なんて言ってるうちにスーパーに着いた。車を降りて「やっぱ肉肉!」なんて言いながら、俺は入り口に直行し、自動ドアくぐって「涼しぃ~~」とか声上げつつ並んでゆっくり歩いてくる二人を見てた。  だから知らなかった。二人がどんな話してたか、なんて。  野上はるひと歩調を合わせて進んでいた健朗は、藤枝の背が遠ざかったのを確認し、 「見つからないのはなんだ」  ぼそりと呟くような声を出した。 「パスポート」  チラッと目をやって答えた野上を見ようともせず、まっすぐ藤枝を見たまま続ける。 「……どこへ行く予定なんだ」 「イギリス」  黙って足を進める健朗に、野上がからかうような声を出した。 「いいやつだよねえ?」  思わず足を止め、目を向ける。 「大親友、なんでしょ? けど安心していいよ」  野上はニッコリ笑いかけた。 「………………」 「おばあちゃんの思惑通りになるなんて絶対やだから、あいつに近寄る気は無いよ」 「…………」  無言で目を逸らし、入り口へ向かう。 「面倒くさ~い」  なんて呟きながら、野上も微妙な笑みでついてきた。

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