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110.はるひの忠告
追いついて店に入った丹生田と相談しながら肉とか野菜とかカゴに入れてたら、
「こういうのもいるでしょ」
はるひが紙皿とか割り箸とか紙コップとか持って来てカゴに入れようとしたんだけど、丹生田が腕を伸ばしつつ低く言った。
「戻してきてくれ」
「なんで」
はるひはムッとした顔で言い返す。
「こういうの、いるよ? なにも分かってないのね」
声を高めたはるひをチラッと見て「用意している」低く呟き、丹生田はレジへ向かった。
「え、丹生田?」
追いかけてくと「飲み物はいるか」と聞かれて反射的に「ペプシ」と答えた。ゆっくり見下ろしてくる丹生田の目は少し細まって、少しだけ片方の口の端が上がる。
「え」
笑った。ちょい意地悪っぽいけど、丹生田がこんな風に笑うの、初めて見た。かっけぇ~。
「分かった」
背を伸ばしてきょろっとしてからズンズン進むのについて行きつつ聞いた。
「つか、用意ってなんだよ」
「最低限の用意はしている。食料もある」
「え、そうなの?」
「そうだ。準備はしてきた」
丹生田は飲み物のある通路で立ち止まった。
「さっきも食い物を渡すつもりだった」
呟いてからチラッとこっち見て「ペプシあるか」と言った。
「え、あ、うん、探す」
なんて言いつつ通路に入る。丹生田がついてきて、「ちょっと」とかはるひの声も聞こえたけど、それどこじゃねえ。見つけたペプシを握りながら、ちょい混乱する。
てか準備って?
じゃじゃ、あのデッカいリュックに入ってるつうこと? でもそんなん、ひとっことも言わなかったじゃん丹生田。なんで言わなかった?
「任せておけと言っただろう」
「あんたたち歩くの早すぎ! 一瞬見失ったじゃない」
文句言う声にハッとして、そっちにニカッと笑みを向け
「てめーの短足ひとのせいにしてんじゃねーよ」
なんて言ってやった。はるひがムッとした顔になって「はあ?」とか声を高める。
「なに言ってんの? ちょっと背高いからって威張んないでくれる?」
「威張ってねえし!」
「声を抑えてくれ」
低く呟くような声に遮られ、ふたりともくちを噤んだ。
「目立っている」
眉寄せた丹生田に言われ、「ごめん」と謝ったが、はるひはフンッと顔を背けただけ。
「態度悪いぞおまえ」
とかなんとか言いながら会計してスーパー出て、車に戻ったのだった。
二本買った五百ミリペプシを一気に飲んで、ちょい落ち着いてきた。
「ふい~、じゃあもう戻れば良いのか」
なんて言ってたら、「ちょっと」はるひが固い声で言う。
「持って来てるもの言いなさいよ」
また偉そうになってるはるひにカチンときた。
「は? なんでおまえに言わなきゃなんだよ」
「これからホームセンターに行くつもりだったから。要るもの判断してあげる」
「はあ? いらねえよ!」
丹生田ってば助手席でお茶飲んで黙ってるし、かまいたくねーんだな、なんて分かるから、はるひの攻撃が丹生田に向くの阻止しねーと。
「ちゃんと用意してないと思ったから、車出してあげたんじゃない」
「ほっとけ! 余計なお世話だっつの!」
そうだよ、余計だ!
つか丹生田が任せとけ、つったんだから任せとくんだ!
「頼んでねえし! そっちが勝手に来たんだろ」
てかそれと別に、妙に突っかかってきたゆうべから、なんかあるっぽいな、とは思ってた。ばあちゃんに反抗的だったし。
そんで今日、わざわざ手土産まで持って来たわけだ。忠告とかって言ってたけど、つまりばあちゃんのことでなんか言いてえのかな、なんてことも思って、だから車に乗ったのだ。
「つかこっちが付き合ってやってんじゃん」
だが案の定、はるひは眉毛逆立てた。
「はあ? なに言ってんのよ!」
「だっておまえが野上のばあちゃんから逃げてんじゃん?」
「逃げてなんか……」
「なにあったか知らねえけど、全部ひとのせいにしてんじゃねえよ」
「なによ! あんたたちなんて……」
「黙れ」
やっと丹生田がくちを開いた。
「俺たちを言い訳にするな」
はるひをじっと見てる横顔。
ちょいビビり顔になって、はるひはくちを噤んだ。
丹生田ってデフォルトで目つき鋭いしデカいし声低いし、女の子とか子供はビビるんだ。だから丹生田って子供が集まるとこ行きたがらねえんだよ。ビビられると悲しいみてえでさ。
んだけど、今はいつもよりさらに怖い目になってて、イラッとしてるっぽい。滅多にイラッとしねえんだけどな、なんて思いつつ言った。
「言い訳じゃねえことなら聞いてやるよ。言うだけで楽になることあるし、俺ら無関係だから、なに言っても大丈夫だろ。なんかあんなら言えよ」
ここまでは、怪我したくねえから敢えて触んなかったけど、車出してもらった恩くらい返すぜ。
「……偉そう」
なのに不満そうに呟いて、はるひは車を発進させた。
「俺らのが年上だし偉いんだよ。参ったか」
「バカじゃない? 参るとかなに言ってんの」
「藤枝は」
丹生田がぼそりと低い声を出した。
「寮で相談を受けてる。部長だ」
「えっ、うそ」
はるひが声を上げ「嘘ではない」と丹生田が答えてる。なんか間抜けな会話に吹き出したりして。
信号で止まって、はるひが首を後ろに向けて疑わしげにコッチ見た。
「絶対見えない」
「おまえマジ失礼だな!」
なんて感じだったんだけど。
「まあそうだね、関係ないしいいか」
なんて呟いて、車走らせながら、はるひは話し始めた。
つまり、はるひには高校ンときから付き合ってる奴がいて、かなり年上なんだって。そんでその相手ってのが『ちょっとしたお嬢様』(とはるひの奴は自分で言った)の家ではNG出されたらしい。それとなく見合いとか言われて、はるひはキレた。そりゃそうだ、ちゃんと付き合ってる相手いるのに見合いって、そりゃダメだろ。
「結婚は家同士が釣り合わないと、なんて意味分かんない。だいたい結婚って、あたしまだ十九にもなってないんだよ? おかしいと思わない?」
しゃべりながらどんどんヒートアップするから、運転こえーし「ちょい落ち着け、ペプシ飲むか」とか言ったけど「バカにしないで!」つって逆ギレされた。
ともかく、高校のときは相手が「高校卒業するまでは」なんて感じでメシ食ったりするくらいの、いわゆる清いつきあいだった。大学生になったら、なんて思ってたのに今年に入って野上さんにバレて、大学合格した途端、いきなり見合いだのって話になって、そこで切れたはるひは「おばあちゃんの思い通りになんてならないからね!」とか言った。その三ヶ月後、相手がロンドンで働くことになってしまった。
「え、それって転勤とか? つってもロンドンって、なんかすげえな」
「詳しくは知らないけど、絶対おばあちゃんがなんかしたんだよ。だってお母さんはあたしの味方だもん」
そんで、はるひは自分もロンドンに行こうと決めた。
「え、だって大学は?」
「知らない。向こうにも学校くらいあるでしょ。行っちゃえば、あとはどうにでもなるよ」
「……すごいな」
丹生田がぼそっと言った。
「なによ、あんたもバカにするの?」
「いや。行動力があるんだな」
丹生田の声に目を向けたはるひは、「ま、まあね」なんてちょい自慢げな声になった。
「あたしゴルフも頑張ってるんだよ。アマの大会出たりしてるんだから」
「へえ~。丹生田も剣道で全国出てんだぞ」
「え、そうなの?」
「……たいした成績は残せていない」
「そうかあ。やっぱり強いひといっぱいいるよね。頑張ってるんだけど、なかなか勝てない」
「その彼氏ってのもゴルフやってんのか?」
「もちろんだよ。だってあたしが高校二年のとき、ゴルフ部の合宿で指導してくれたひとだもん、すっごく紳士で、本場のジェントルマンって感じで、本当に優しくて、あたし、すぐ大好きになった」
はるひの声はソレまでが嘘かってくらい、一気に華やいだ。
「ゴルフやってるジェントルマンなあ~。なんかできすぎっぽいけど。大学生か?」
「ううん、社会人。初めて会ったときは大学生だったけどね。すっごく頭良いんだよ、オックスフォードで学位取ってから東大に行ってて、そのときうちのクラブにゴルフ教えに来てくれたの。そのときで二十四歳。八歳違い」
「ずいぶん年上だ」
驚いたみたいな低い声。けど驚くのソコ!?
「つかオックスフォードってイギリスなんじゃね? そっから東大って、なんで?」
「だってイギリス人だもん」
「は?」
抜けた声出したら、はるひはすっげ嬉しそうに声上げた笑った。
車止めて見せてくれた。
はるひがめっちゃ笑顔でVサイン出しつつ、ほっぺ寄せてるのは、褐色の肌に金髪の男だった。メガネをかけた思慮深そうな黒い瞳を細めてる。知的なイケメンで、大人って感じだ。
「はぁ~、なるほど~」
そっかぁ、野上さんが反対してるのって、人種的なナンカなのか、と納得した。
分かんねえけど、お年寄りとかイイ家とかは、こういうの偏見あんのかもなあ。でもでもだからってはるひのアレはお年寄りに対してダメじゃね? ん? 違うか。この場合ばあちゃんの方が強いから、反抗期的な……えーと……
「つうか腹減った! あんだけじゃ足りねえって」
そう! アイスしか食ってねーし、腹減りだから考え纏まんねえんだ!
「そうだね、あたしもお腹減った」
「ほらアレ、看板! 道の駅!」
「じゃあ、あそこでなんか食べよう、写真もっと見せてあげるよ」
華やいだ声を上げて、はるひはハンドルを切った。
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